レーナの突然の怪我で、癒しの魔力を持つレーナは自分とほぼ同じ魔力でないと受け入れられず、癒しの魔法が効かないと分かっていたので、リベリオがレーナを癒すことにした。
病で苦しんでいるときにレーナは何度もリベリオに癒しの魔法をかけてくれていた。リベリオに癒しの魔法が使えるのならば、レーナと同じように自分と似た魔力しか受け入れないはずだから、レーナとリベリオの魔力は似ているはずなのだ。
手を翳してレーナに癒しの魔法をかけている間、リベリオはエドアルドのことを思っていた。
エドアルドはこの状態を予見してリベリオに魔力の制御や魔法を教えたのだろう。魔力臓が壊れている状態で魔法を使ってしまったらリベリオの命が危ないかもしれないことも感じていたが、リベリオにレーナを癒さない選択肢はなかった。
その結果として倒れてしまって、エドアルドの魔力を注がれても普通の子どものように生きていけなくなったこともリベリオは受け入れていた。
大好きな母のレーナが死んでしまうくらいならば、自分がずっと床に臥せることになっても構わない。生きていればいつかはリベリオの病を治せるときが来るかもしれない。それまで待つだけだ。
そう思っていたら、エドアルドが持ってきた青い花でリベリオの魔力臓はあっさりと治ってしまった。特効薬がアマティ公爵家の庭に生えていて、それをリベリオが倒れたタイミングでエドアルドが持って来てくれたということは、やはりエドアルドは先見の目でこのことを予見していたのだろう。
「この花はカメーリアが好きだったものだが、この季節の短い時期にしか咲かない。エドアルドはそれを知っていて、持って来てくれたのだな」
「いえ……」
「ありがとう、エドアルド。リベリオのおかげでレーナは助かり、エドアルドのおかげでリベリオも助かった」
感動して涙を流すジャンルカに、寄り添うレーナも涙を流している。
アウローラはリベリオが治ったと知ると、マンドラゴラたちと喜びのダンスを踊っていた。
ベッドから起き上がったリベリオに、エドアルドがおずおずと近付いてくる。
大きな手で頬を撫でられて、リベリオはエドアルドに両腕を広げてみせる。
エドアルドの腕がリベリオの背中に回って、リベリオはすっぽりと抱き締められていた。
「エドアルドお義兄様」
「リベリオ……」
エドアルドが泣いている。
無表情なのにその青い瞳からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちている。
「エドアルドお義兄様、もう大丈夫だよ。わたしはエドアルドお義兄様のおかげで治ったんだから」
「リベリオ、よかった。大好きだ」
「わたしもエドアルドお義兄様が大好き」
表情は凍て付いたままでも涙を流すほどエドアルドがリベリオを心配してくれていたというのが伝わって、リベリオは胸が温かくなる。
抱き締め合っていると、マンドラゴラとダンスを踊っていたアウローラが間に入ってきた。
「にぃに、エドアルドおにいたま、あーたんもぎゅーちる!」
「アウローラ、抱き締めさせて」
「アウローラ」
三人で団子のようになりながら抱き締め合ってリベリオとエドアルドとアウローラは喜び合った。
三人の団子が解けると、レーナがエドアルドに頭を下げている。
「リベリオを助けてくださってありがとうございます。わたくしが怪我をしたせいでリベリオの命を危うくさせたのに、エドアルド様は的確に薬草を持って来てリベリオを助けてくださった」
「エドアルド、と」
「え?」
「エドアルドと呼んでください、お義母様」
「わたくしを『お義母様』と呼んでくださるのですか? それに、エドアルド様ではなく『エドアルド』と呼んでいいのですか」
「はい、お義母様」
実の母親の日記を読んだり、新婚旅行でみんなで過ごしたり、今回の件があったりして、エドアルドの心にも変化が起きたのだろう。
エドアルドはレーナに「自分のことは『エドアルド』と呼ぶように」と伝えて、レーナのことは「お義母様」と呼んでいる。
「エドアルドお義兄様、母を認めてくださったんだね」
「ずっと、ぼくのお義母様」
「嬉しいです、エドアルド。十二歳にもなって後妻が来たところで認められない気持ちは分かっていました。それでもエドアルドは大人になってわたくしのことを『お義母様』と呼んでくれる。なんて嬉しいことでしょう」
リベリオの完治に濡れていたレーナの瞳が再び喜びの涙に濡れる。
泣いているレーナをジャンルカが肩を抱き寄せ優しく宥めていた。
魔力臓は完治したリベリオだが、その後、専門の医者に診てもらうことになった。
そのときに新しい問題が発見された。
「これまで魔力臓が壊れていたので、そこを少しでも満たそうと魔力核が発達して魔力の供給量が魔力臓と比較すると多い傾向にありますね」
「先生、そうなるとどういうことが起きるのですか?」
「これまでは魔力の枯渇で倒れていましたが、今後は魔力の供給過多で倒れる可能性があります」
「どういうことですか?」
「魔力は少なすぎると生命力と同じなので命に関わりますが、多すぎると魔力臓で溜めきれずに漏れ出すような形になります。そうなると、常に魔力を使っているようなことになって、魔力暴走や魔力酔いの状態になります」
「魔力暴走や魔力酔いとは具体的には?」
「魔力暴走は魔力が暴走して周囲にまき散らされることで小爆発や自分の体を傷付けることがあります。魔力酔いは魔力に酔った状態で、意識が酩酊して正常に保っていられなくなります」
魔力暴走や魔力酔いが起きてしまうのならば、リベリオはどうすればいいのだろう。
魔力が枯渇して生命の危険はなくなったのだが、今度は魔力暴走や魔力酔いが起きるだなんて思っていなかった。
「どうすればいいんですか、先生?」
「魔力臓が発達した相手に魔力を渡しておくのがいいですね。アマティ公爵家の御子息は、もう一人の御子息と魔力の相性がよかったはずです。もう一人の御子息に、溢れ出しそうになったら魔力を渡すのです」
「それでエドアルドお義兄様が魔力が溢れたりしませんか?」
「アマティ公爵家のもう一人の御子息は、魔力臓が非常に発達している。少しくらい魔力を渡したところで困るようなことになる魔力臓ではありませんよ」
そう言ってもらえたのでリベリオは安心したが、これからもエドアルドにはお世話になりそうだ。
エドアルドの顔を見ると、いつものように無表情だが、軽く頷いて了承の意を示しているのが分かる。
「リベリオのためなら」
「ありがとう、エドアルドお義兄様」
もうエドアルドに魔力を注ぎ込まれるような温かな触れ合いはなくなってしまうと心のどこかで寂しく思っていたが、これからはリベリオがエドアルドに魔力を渡して助けてもらうことになるのだ。
また毎朝エドアルドが部屋に訪ねてきて、手を握り合うのは変わらないだろう。
「エドアルド、秋からお前は王都のタウンハウスから学園に通うが、こういう事態だから、リベリオも王都のタウンハウスに滞在させようと思う。わたしもひと月アマティ公爵領にいたら、次のひと月は王都のタウンハウスに滞在するというような形を取ろうと思っている。エドアルドには負担をかけるが、リベリオのこと、任せてもいいか?」
「はい、お父様」
十二歳のエドアルドにとって九歳のリベリオの面倒を見るのは大変だと分かっているのに、エドアルドは迷いなく答えた。
これでエドアルドが学園に通うようになってもリベリオは一緒にいられると嬉しくなってしまう。
「アウローラ、エドアルドお義兄様が学園に通うようになったら、ひと月ごとにしか会えなくなるけど、我慢できる?」
「わたくち、にぃにといっちょにいたい……」
「お母様とお義父様が一緒だよ?」
「でも、にぃに……」
蜂蜜色の目に涙をためて泣いてしまいそうになっているアウローラをレーナが抱き締める。
「リベリオも十二歳になったら学園に行くために王都のタウンハウスに住むのです。それが三年早くなっただけのこと。アウローラ、わたくしが一緒にいます。ジャンルカ様も一緒にいます」
「にぃに……エドアルドおにいたま……」
「どうしても寂しくなったらわたくしがアウローラを連れて王都まで行きます!」
「それは、わたしが寂しいな」
「ジャンルカ様も一緒に着たらよいではないですか」
明るい声で言うレーナはリベリオが治って本当に安心しているのだろう。
今後もエドアルドには世話をかけるが、適切に処置をしていればリベリオが倒れることも寝込むこともない。
「魔力臓は体の成長と共に容量が増えていきます。御子息が学園に通うころには魔力核の魔力の供給量を受け止められるくらいにはなっているのではないでしょうか」
医者もこう言ってくれているし、リベリオはこれから先の未来を悲観したりしていなかった。何より、未来を見ることができるエドアルドがリベリオのそばにはいてくれるのだ。