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28.一匹ずつのマンドラゴラ

 レーナがエドアルドに感謝してきたときに、エドアルドは自分を呼び捨てで呼んでくれるようにと願い、レーナのことは思い切って「お義母様」と呼ばせてもらった。


(ぼくのことは「エドアルド」でも「エド」でも「エドっち」でも、「エドたん」でも、もっとフレンドリーに呼んでください! だって! ぼくたち! 親子じゃないですか! それに、レーナ様のことは『お義母様』と呼ばせていただきます! あぁ、ずっとこうやって呼びたかった。ずっとエドアルドと呼んでほしかった!)


 エドアルドが心の内を上手に言えたかどうかは分からないが、気持ちは伝わったようで、レーナはエドアルドを「エドアルド」と呼んでくれて、エドアルドがレーナを「お義母様」と呼ぶことも認めてくれた。


(これでお義母様とも仲良くなれた。馴れ馴れしくなんてなかったよね。これは自然な流れだよね! あぁ、お義母様、お父様と出会って結婚してくれたことを感謝します! きゃわいいリベたんとアウたんを産んでくださったことを感謝します! お義母様は女神さまです!)


 マンドラゴラと踊っているアウローラの仲間に入りたいくらい、エドアルドの心は浮かれ弾んでいた。

 その後で医者から説明された、リベリオの問題については、エドアルドは最初から協力するつもりだった。


(魔力暴走? 魔力酔い? そんなものが起きないようにすればいいんでしょう? 前と逆のことをすればいいんでしょう? リベたんの魔力をお兄ちゃんがもらってあげればいい! そんなの簡単です! お兄ちゃんはリベたんのためならば何でもやります!)


 医者の提示する解決策もその通りだったので、エドアルドは喜んでそれをすることにした。


 これまで毎朝リベリオの部屋に行って、リベリオに魔力を注いでいたのがなくなると思うと妙に寂しくなっていたのだが、これからはリベリオの溢れ出してしまう魔力をエドアルドが受け止めてあげることになるのだ。毎朝のリベリオとの触れ合いは変わらず続きそうだった。


 医者が帰った後にアウローラは泣いたのと踊ったので疲れて眠ってしまって部屋に戻り、レーナとジャンルカも部屋に戻った後で、床の上で楽しそうに走り回っているマンドラゴラを見ながら、エドアルドはソファのリベリオの横に座った。


「エドアルドお義兄様、母のことを認めてくださってありがとう。エドアルドお義兄様の中には複雑な気持ちがあったと思う。お母様の日記を読んでいたときにエドアルドお義兄様はあんなにショックを受けていたし、母と打ち解けられなかったのも分かるよ。でも、エドアルドお義兄様が母を認めてくれたおかげで、わたしたち本当の家族みたいになれるよ」

「もう本当の家族だ」

「そうだね、エドアルドお義兄様!」


(笑顔のリベたんのかわいさ無限大! もうぼくたちは本当の家族なんだよ! リベたんが思春期で「お兄ちゃん嫌い!」って言っても、アウたんが成長して「お兄ちゃん嫌!」って言っても、お兄ちゃんはリベたんとアウたんをかわいがることは絶対にやめないからね! 覚悟してよね! って、母の日記でショックは受けたけど、あれは母もぼくと同じ表情が動かないことを嘆いていたからで……。そう、この表情が動かないのは遺伝だったんだよ!)


 こんなところで遺伝子に活躍してほしくないと心の底から思うエドアルドだったが、遺伝子はしっかりと仕事をしていて表情はやはり動かない。そんなことよりも表情筋に仕事をしてほしいのだが、表情筋の方は仕事をさぼっている状態だ。


(お母様、これが遺伝だったなんて……。そういえば母方のお祖父様も非常に厳しい方と言われていた気がする。お祖父様、もしかして、あなたもぼくと同じなんですかー!?)


 この表情の動かなさが代々遺伝してきたものだったらどうしよう。

 エドアルドが結婚して子どもができたとしたら、この無表情を遺伝してしまうのだろうか。


 そこまで考えてエドアルドはふと気付いた。


(結婚? ぼく、結婚できるの? ぼくの顔を見て怖がらないのなんて、従兄弟たちか、リベたんかアウたんくらいだよ? それ以外のひとには「氷の公子様」なんて呼ばれてるの、ぼく、知ってるんだからね! 従兄弟たちを結婚するわけにはいかないから、ぼくが結婚できるのは……いやいやいや、アウたんは「王子様」と結婚するって言ってるし、リベたんはぼくの弟だよ! 結婚なんて! でも、結婚したら一生一緒にいられるんでしょう! いやいやいや、ない! ないからね!)


 妙なことを考えてしまって必死にそれを追い払おうとするエドアルドは無意識に緩く頭を振っていたようだった。

 リベリオの不安そうな顔がエドアルドを見上げてきている。


「エドアルドお義兄様は、母のために、わたしたちのために、無理をしてくれたの?」

「そんなことはない」

「エドアルドお義兄様は優しいから……」


 妙なことを考えて首を振ってしまったのがリベリオには、何かを否定するように感じられてしまったようだ。慌ててエドアルドは言葉を探す。


(リベたん、誤解しないで! ぼくは本当にお義母様のことを慕っているし、リベたんのこともアウたんのことも大好きなんだよ!?)


「リベリオ、大好きだよ」

「エドアルドお義兄様……」

「アウローラも、お義母様も」


 なんとか必死に絞り出した言葉でエドアルドはリベリオを安心させられたようだ。


「わたしも、言葉にならないくらいエドアルドお義兄様が大好き!」


 明るい表情になったリベリオに安心して、エドアルドはリベリオの手を取る。小さな手で必死にレーナに癒しの魔法をかけたリベリオ。自分の命を懸けてまでレーナを救おうとしたリベリオにエドアルドは心臓が千切れそうな気持になった。


「リベリオ、もうあんなことはしないで」

「エドアルドお義兄様……」

「リベリオが死んでしまったら、ぼくも生きていけない」


 真剣に語り掛けると、リベリオの目から涙が零れる。


「わたしも、死んでしまうかと思った……。でも、母が死んでしまうなんて我慢ができなかった。わたしは何度あの場面に戻っても、同じ選択をすると思う」

「リベリオ」

「エドアルドお義兄様が助けてくれなかったら命が危なかったのも分かっているんだ。でも、わたしは母を見捨てられなかった」


 その気持ちは痛いほど分かるが、リベリオが失われてしまうかもしれないという恐怖にエドアルドはリベリオの体を強く抱き締める。九歳という年齢の割りには小さな体は温かく、魔力に満ちている。


 魔力は生命力でもある。魔力が枯渇すればリベリオは命を危うくするし、魔力が満ちればリベリオは健康に暮らしていける。

 魔力が溢れすぎているというのは多少問題があるが、命の危険があるよりもずっとましだ。エドアルドが魔力を受け取ればリベリオは普通に暮らしていけると医者からも言われている。


(リベたんに何かあれば何度でもお兄ちゃんが助けるよ! 母の好きだった花でリベたんの魔力臓が治ったって言うのは予想外だったけど、結果オーライということにしよう! 本当はマンドラゴラを使ってもらう予定だったんだけど……)


 マンドラゴラはリベリオの部屋で楽しそうに円を作ってマイムマイムを踊っている。

 人参に似たもの、大根に似たもの、蕪に似たものがいて、どれも非常に楽しそうに踊っている。


 エドアルドの心もリベリオが完治したことで一緒に踊りたいくらいの気持ちだったが、マンドラゴラは小さすぎてエドアルドを仲間に入れることは難しい。アウローラくらいの大きさならばぎりぎり入れるだろうか。


「そういえば、マンドラゴラだけど」

「リベたんに」

「わたしに一匹、エドアルドお義兄様に一匹、アウローラに一匹で分けない? とても珍しい魔法生物なのでしょう? 飼って育ててみたい」

「飼う……」


 それに関して何も文句はなかったが、エドアルドの胸中は複雑だった。


(お兄ちゃん、そのマンドラゴラ、リベたんの治療のために持ってきたつもりだったんだけど。煎じてリベたんに飲ませるつもりだったんだけど。それなのに、飼っていいものなの!? お兄ちゃんはマンドラゴラをリベたんのための薬草としか思ってなかったんだよ!?)


 リベリオに煎じて飲ませるつもりだったマンドラゴラをリベリオは飼おうと言ってきている。確かに珍しい魔法生物で簡単には手に入らないので、研究してみたい気持ちは分かる。

 エドアルドも乾かして煎じ薬にするために処理されたマンドラゴラなら見たことがあるが、生きて土から出て駆け回っているマンドラゴラを見たのは初めてだ。


(これって飼えるものなの? ほっといたら乾いてしおしおになっちゃわない!? そんなことになったら、リベたんとアウたんがショックうけない!? 大丈夫!?)


 懐疑的な眼差しでマンドラゴラを見詰めるエドアルドにリベリオが立ち上がり、隣りの部屋の様子をうかがっている。隣りの部屋ではアウローラが起きたようだった。


「にぃにー!」

「アウローラお嬢様、先にお手洗いに行きましょうね」

「にぃに、くるちくない? エドアルドおにいたま、にぃにはだいじょぶ?」

「大丈夫だよ」

「アウローラ、お手洗いに行っておいで」


 眠っていたのでこれまでのことが少し頭から抜けてるのか、リベリオを心配するアウローラにエドアルドは「大丈夫」と言って安心させて、リベリオがお手洗いに行くように促している。

 お手洗いに行って着替えて戻ってきたアウローラにリベリオが聞く。


「マンドラゴラ、わたしとアウローラとエドアルドお義兄様で一匹ずつ飼おうと思うんだけど、アウローラはどれがいい?」

「んー……にんじんたん! うさぎたんがすきだから!」

「それじゃ、アウローラは人参だね。エドアルドお義兄様はどれがいい?」

「リベリオが選んで」

「では、エドアルドお義兄様が大根でわたしが蕪にしましょう」

「わたくちのにんじんたん! かーいーねー!」


 大喜びで人参に似たマンドラゴラを抱き締めているアウローラに、マンドラゴラはされるがままになっていた。


(優しいリベたん! 自分が欲しいものを最後にして、アウたんに最初に選ばせて、次はお兄ちゃんに選ばせようとするなんて! リベたんが選んでくれた大根マンドラゴラ、お兄ちゃんは大事に育てるよ!)


 マンドラゴラの育て方を調べなければいけないと、エドアルドは真剣に考えていた。


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