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29.カメーリアの墓参り

 リベリオの魔力臓は治ったが、魔力核からの魔力の供給が多すぎて魔力が溢れてしまうという問題点が残った。

 魔力臓が壊れていたときには毎朝エドアルドが魔力を注ぎに部屋に来てくれていたが、今日からは全く違う。溢れてしまうリベリオの魔力を、魔力臓が発達して容量の大きなエドアルドが受け止めてくれるのだ。

 ドアがノックされてエドアルドが入ってくると、リベリオはエドアルドと横並びでソファに座る。エドアルドの手を握って魔力を注ぎ込めば、若干ふらふらしていた体が落ち着いてくる。魔力が溢れすぎて軽い魔力酔いになっていたようだった。

 魔力酔いとは魔力が多すぎて、それに酔ってしまい酩酊状態になったり、意識が低下することを言うのだと医者に教えてもらった。

 エドアルドに魔力を受け取ってもらうと体も心も安定する。

 大きなエドアルドの手に手を包まれていると温かく幸せな気分になる。


 魔力臓が壊れていたときには毎朝魔力を注いでくれて、治った後にも魔力が溢れて来るのを受け入れてくれるエドアルドはとても優しい。リベリオはエドアルドのことが大好きで大切で堪らなかった。


 エドアルドが学園に入学するために王都のタウンハウスに住むことになるときに、リベリオもついて行って一緒に暮らすように言われたときには心から嬉しかった。

 アウローラと離れることやレーナと離れることに不安がないわけではないけれど、エドアルドと一緒にいられることは純粋に嬉しいし、ジャンルカとレーナとアウローラも一か月アマティ公爵領で過ごしたら次の一か月は王都のタウンハウスで過ごすというように、エドアルドとリベリオとの時間を大事にしてくれようとしている。

 リベリオはそのことが本当にありがたかった。


 六歳のときに実の父親が死んでしまったときは、小さすぎてあまり実感がなかった。アウローラにしてみれば、レーナのお腹の中にいるときに実の父親が亡くなっているので、実の父親のことなど全く知らなかった。

 リベリオもあまり記憶にないが、一生懸命リベリオの病のために子爵なのに慣れない仕事をしてくれて、リベリオの命を繋ごうとしてくれたことはぼんやりと覚えている。

 実の父親に対して感謝の念もあるし、大事に思う心もあるのだが、リベリオにとってはジャンルカが義父として心の中で大きな位置にあったし、何よりエドアルドが好きで好きで堪らなかった。


 エドアルドの手の温かさを感じて、エドアルドのことを考えると、胸がどきどきしてくるのはなんでなのだろう。その意味が幼いリベリオにはよく分かっていなかった。


 エドアルドとリベリオとアウローラで一匹ずつ飼うことにしたマンドラゴラのために、エドアルドは古い文献を読んで勉強してくれたようだった。

 勉強の時間が終わるとリベリオとアウローラを呼んで、古い文献を読んでくれた。


「生きているマンドラゴラは非常に希少」

「この子たちは珍しいんだね。そんな珍しいものをわたしたちにくれてありがとう、エドアルドお義兄様」

「にんじんたん、かーいーの。あいがちょ、エドアルドおにいたま」


 お礼を言えばエドアルドは無表情のまま頷く。


「生かしておくには魔力が必要」

「マンドラゴラに魔力を注ぐの? わたしとエドアルドお義兄様はいいけど、アウローラにできるかな?」

「あーたん、エドアルドおにいたまにまりょくのせーぎょ、ならった! できる!」


 アウローラが魔力の制御ができたとしても、魔力を注ぐのは小さな体の負担にならないかリベリオが心配になっていると、エドアルドが付け加える。


「魔力が注がれない場合には、自分で土に埋まって体力を回復する」

「それなら安心だね。アウローラ、無理に魔力を注がなくても、自分で土に埋まるんだって」

「にんじんたん、つちにうまるの? あーたん、おみじゅ、あげるからね!」


 アウローラのマンドラゴラも問題なく飼えそうだと分かってリベリオは安心していた。


 アマティ公爵領に帰ってから、アウローラの剣術の練習も始まっていた。

 小さな体ではとても持てないような身長くらいある模擬剣を持ち上げるアウローラに剣術の先生が驚いている。


「アウローラお嬢様はこの年で筋力強化の魔法が使えるのですね」

「あーたん、できる!」

「最初は対人戦ではなくて、模擬剣を振るところから始めましょうね」

「あい!」


 張り切って模擬剣を振るアウローラの姿は、リベリオよりも余程様になっている。エドアルドに相手をしてもらうことは多いのだが、リベリオはどうしても怖くて模擬剣を上手に扱えず、打ち込まれるたびに目を閉じてしまう。


「リベリオ、目を開けて」

「エドアルドお義兄様ぁ……怖くて……」

「絶対に怪我をさせたりしないから、打ち込んできて」

「きゃ、きゃあ!? 無理ぃ!」


 打ち込むのも怖くてへっぴり腰になるリベリオに、剣術の先生も無理はさせなかった。


「リベリオ坊ちゃまは魔力も癒しの方向にありますし、戦うよりも救護班で怪我人を助ける方がいいのかもしれませんね」

「無理しないで」


 エドアルドも優しくリベリオに言ってくれる。貴族の嗜みとして剣くらい扱えて、自分の身は守れるようにならないといけないと分かっているのだが、リベリオが本物の剣を扱えるようになるとはとても思えなかった。

 剣術の先生も無理はさせない方針のようで、リベリオはアウローラと一緒に模擬剣を振るって筋力だけは鍛えておいた。

 エドアルドと剣術の先生が打ち合いで練習をする。

 鋭く切り込んだエドアルドを避けた先生だったが、切り返す模擬剣を受け止められて、下から思い切り打ち上げられて模擬剣を取り落とした。


「エドアルド坊ちゃまにはもう教えることはありませんね。学園でも剣術でいい成績がとれることでしょう」

「ありがとうございます」


 十二歳にして剣術の先生にすら勝ってしまうエドアルドにリベリオは尊敬の念を込めてエドアルドを見詰めていた。


「てやー! わたくち、わるもの、やっちゅけまつ!」


 勇ましく剣を振るアウローラも剣術の才能がありそうだ。

 自分だけ剣術の才能がないことを若干落ち込みつつ、レーナと同じ癒しの魔法を使えるので、剣術の先生が言ったとおりに、リベリオは救護班としては役に立てるのではないかと思っていた。


 リベリオの魔力臓が治った日からレーナとエドアルドの関係も円満だった。

 口数は少ないし、表情は動かないが、エドアルドはレーナを「お義母様」と呼び、アマティ家の女主人としても、義理の母としても認めている様子だった。


「お義母様、学園の制服を見てください」

「はい、見に行きますわ。リベリオもアウローラも見せていただきましょうね」


 注文していた学園の制服が出来上がってきたのを、エドアルドが着て見せてくれる。

 チャコールグレイのスーツに濃紺のタイに白いシャツ。長身のエドアルドのために特注で作られたそれは、少し大きめだったがエドアルドにとてもよく似合っていた。


「エドアルド、とてもよく似合っていますよ」

「エドアルドお義兄様、素敵!」

「エドアルドおにいたま、かっこいー!」


 口々に褒められてエドアルドは僅かに口角を上げて笑ったようだった。儚げにも見えるその笑みは、決して悲しいものではなく、嬉しいものに違いなかった。

 エドアルドと暮らす日々が長くなってリベリオにも少しずつエドアルドのことが分かってきた。


「エドアルドお義兄様、お茶の時間にお義父様が来るまで、制服着たままでいてよ。お義父様も絶対に見たがるよ」

「そうかな?」

「絶対だって。こんなに素敵なんだもん」


 甘えるようにエドアルドの腕に腕を絡ませると、エドアルドが「それなら」と了承してくれた。

 お茶の時間に仕事から戻ってきたジャンルカはエドアルドの制服姿を見て感動しているようだった。


「こんなに立派になって……。カメーリアにも見せたかった」

「エドアルドお義兄様のお母様も見たかったでしょうね」

「わたしはカメーリアの死に向き合えなくて、墓参りも行けていないのだ。レーナ、一緒に来てくれるか? リベリオもアウローラも、もちろん、エドアルドも」

「もちろんですわ、ジャンルカ様」

「行かせていただきます、お義父様」

「パパ、わたくち、いくわ!」

「お父様……いいえ、父上、行きます」


 学園に入学するということで、エドアルドはジャンルカのことを「父上」と呼ぶように改めたようだった。

 制服が届いた翌日には、エドアルドは制服を着て、リベリオはハーフ丈のスラックスのスーツを着て、アウローラは上品なワンピースを着て、レーナとジャンルカも上品なワンピースとスーツ姿で、カメーリアの墓参りに行った。


 カメーリアの墓はアマティ公爵家の墓地にあった。

 アマティ公爵家はジャンルカの兄が王位を継いだときに、ジャンルカが領地を与えられて公爵となった家なので、その墓地にはまだカメーリアしか埋葬されていない。

 カメーリアの墓の前に立ち、カメーリアの好きだった青い花を花束にしたものをジャンルカが備えると、レーナが墓に語り掛ける。


「カメーリア様も先見の目をお持ちだったのですね。そのおかげでわたくしの息子のリベリオが救われました。こんな未来を予見して、おつらかったかもしれませんが、そのおかげでリベリオが助かったこと、本当に感謝しています。カメーリア様が遺されたエドアルドはわたくしが自分の息子として愛して育てていきます。どうか、安らかにお眠りください」


 カメーリアが先見の目を持っていて、リベリオがいつかアマティ公爵家に来ることを予言して青い花を育てていなければ、リベリオが助かることはなかった。カメーリアの先見の目がエドアルドに受け継がれて、リベリオは青い花が魔力臓を治す特効薬になると分かって、魔力臓を治すことができた。


「カメーリア様とエドアルドお義兄様のおかげで、わたしは命を救われました。これからはエドアルドお義兄様と仲良く暮らしていきます。エドアルドお義兄様のことはわたしができる限り幸せだと思ってくれるように努力します。本当にありがとうございました」


 リベリオも礼を言えば、エドアルドがリベリオの肩を抱いて来る。実の母親の墓に始めて来て、悲しい気持ちがわき上がってきたのかもしれない。

 自分が側にいる。その気持ちを込めてリベリオもエドアルドの肩に腕を回した。


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