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30.エドアルドの入学式

 カメーリアの死を受け入れられなくて、一度も墓参りに行けていなかったというジャンルカと共に、エドアルドはカメーリアの墓参りに行った。

 墓の前でレーナがカメーリアに感謝を述べているが、エドアルドは心の中で困惑していた。


(お義母様、多分、母は先見の目なんて持ってません! ぼくも先見の目なんて持ってません! あれは! 単なる! 偶然です!)


 エドアルドと本当の息子のように愛して育ててくれるというのは嬉しいのだが、レーナは完全に誤解している。その上、リベリオもカメーリアとエドアルドが先見の目で予言して、カメーリアが青い花を庭に植えさせて、エドアルドがそれをリベリオに煎じて飲ませるように言ったと勘違いしているようだ。


(誤解だってば! お兄ちゃん、そんなこと全く知らなかったの! リベたんを助けたかったのは本当だけど、煎じて飲んでほしかったのはマンドラゴラの方だし、青い花はお見舞いで飾ってもらえればいいと思ってたの!)


 どれだけ胸中で言い訳しようとも、エドアルドの気持ちが届くことはなかった。


 エドアルドが学園入学のために王都のタウンハウスに行く数日前に、アウローラのお誕生日が来た。

 アウローラもこれで四歳になる。

 まだ拙かった喋りもかなりはっきりしてきた。


「わたくし、よんさいになるの。そろそろ、おねえさまになってもいいころじゃないかしら?」

「アウローラはお誕生日お祝いに何が欲しいのかな?」

「わたくし、おねえさまになりたいの」


 アウローラがお誕生日お祝いに望んでいるのは弟妹のようだった。

 それに関しては授かりものなので何とも言えないのではないかとエドアルドは思っていたが、頬を薔薇色に染めたレーナがそっとアウローラに囁いた。


「来年の春、アウローラはお姉様になれるかもしれません」

「ほんとう? おかあさま、わたくし、うれしい!」


 人参に似たマンドラゴラを抱き締めて椅子から飛び上がらんばかりに喜んでいるアウローラに、エドアルドも心拍数が上がった。


(お義母様と父上の間に赤ちゃんが!? これはものすごく嬉しい! アウたんのお誕生日にこんなハッピーな報告を聞けるだなんて、ぼくはなんて幸せなんだ! アウたんおめでとう! お義母様、父上、おめでとう!)


 床の上で手を取り合って踊っているエドアルドの大根に似たマンドラゴラとリベリオの蕪に似たマンドラゴラのように、エドアルドも踊ってこの喜びを伝えたかった。


 従兄弟のアルマンドにはビアンカとジェレミアという弟妹がいるのに、エドアルドには弟妹がいない。そのことをずっとエドアルドは寂しく思っていた。

 それがジャンルカの再婚によって、リベリオとアウローラという最高に可愛い弟妹ができただけでなく、レーナが次の春には赤ちゃんを産むかもしれない。


(赤ちゃんの性別はどっちだろう? 男の子でも女の子でも、お兄ちゃん、かわいがるよ! リベたんみたいな男の子か、アウたんみたいな女の子か……どうか、ぼくみたいな子ではありませんように。ぼくの表情筋が動かないのは母上の遺伝だから、きっと大丈夫……。生まれてくる赤ちゃんはにこにこ笑って、ハッピーな子でありますように!)


 どうか自分のような表情が動かない子は産まれないように願うエドアルドは必死だった。


 アウローラのお誕生日を祝うお茶の時間には、桃のショートケーキが運ばれてくる。生クリームを塗ったスポンジの間に桃を挟んで、上にも桃を飾ったショートケーキはとても美味しそうだった。


「わたくし、こんなかわいいケーキでおいわいしてもらえるの?」

「アウローラのお誕生日のために厨房で作らせたケーキだよ。お代わりもあるからね」

「ありがとう、おとうさま!」


 大きな丸いケーキを切り分けてもらって、お皿の上に乗せてもらったアウローラは目を輝かせてケーキを見ながらも、全員に行き渡るのを待っている。


(四歳なのに、ちゃんと空気を読んでみんなに行き渡るのを待てるだなんて、アウたんは天才なの!? アウたんは才女に違いない! この素晴らしき日を一緒に祝える幸せに感謝します!)


 手を祈りのポーズにして心の中で天を仰ぎ見るエドアルドに、アウローラが同じように手を組んで祈りのポーズを取った。


「アウローラ?」

「エドアルドおにいさまと、カメーリアさまにかんしゃのおいのりをささげるの。ふたりのおかげで、リベリオおにいさまもげんきになって、わたくしのおたんじょうびをいわえるのだから」


 そんな言葉が四歳のアウローラから出て来たとは思えなかった。


「そうだね、わたしもアウローラを見習って、カメーリア様とエドアルドお義兄様に感謝の祈りを捧げるよ」

「わたくしもそうしますわ」


 リベリオとレーナも同じく祈りのポーズを取るのにエドアルドは内心で慌ててしまう。


(お兄ちゃんがリベたんを助けられたのは、ただの偶然! 天国の母上もそんなことで感謝されたらびっくりしちゃうと思うよ! ぼくに先見の目なんてないし! 天国の母上にも! 先見の目なんて! なかったと思うな!)


 そのことを自己主張しようとしても、もう祈っているアウローラとリベリオとレーナには何の言葉も届かない。

 どうしてこんなひどい誤解をされているのか。

 この誤解がいつ解けるのか。エドアルドには全く分からなかった。


 アウローラの誕生日の数日後に、エドアルドはリベリオとアウローラとジャンルカとレーナと一緒に列車に乗って王都に行った。

 ジャンルカとレーナとアウローラはエドアルドの入学式を見届けてくれるのだ。

 その後はリベリオとの二人暮らしになる。


 とはいえ、タウンハウスには使用人がたくさんいるし、執事もいるので、エドアルドとリベリオだけでも全く不安はない。それどころか、一人でタウンハウスに住まなければいけなかったことを思えば、リベリオが一緒にいてくれるのはとても心強いし、楽しみでもある。


 入学式ではアルマンドが入学生代表の挨拶をした。


「これから六年間、わたしたちはこの学園で学び、国を守る立派な貴族、王族となります。先生方、先輩方、これから六年間どうぞよろしくお願いします。素晴らしい学園生活になるように、努力していきたいと思います」


 壇上で堂々と発言するアルマンドの姿に、保護者席でアウローラがはしゃいでいる姿が見える。アウローラは王子様と結婚するという夢をまだ持っているようだ。


(アルマンドがいい奴なのは知ってるよ! 間違いなくいい奴だよ! でも、アウたんを嫁にはやれない! お兄ちゃん、アウたんが結婚して家を出て行くだなんて寂しすぎて耐えられない!)


 この国の成人年齢は十八歳で、それまでは結婚できないのだが、四歳のアウローラが結婚してしまう日を心配して、エドアルドは気が気ではなかった。


 入学式が終わると、保護者席で国王陛下と王妃殿下とビアンカとジェレミアが、ジャンルカとレーナとリベリオとアウローラに話しかけていた。


「ジャンルカには早く宰相になってわたしを支えてほしい。そうすれば、王都で暮らして、かわいいエドアルドとも離れずにすむだろう?」

「兄上、わたしはエドアルドが成人して結婚したら、アマティ公爵の座をエドアルドに譲って、宰相になるのもやぶさかではありませんが、今は少し早すぎます」

「エドアルドが成人して結婚するまでに六年間もかかるではありませんか。エドアルドはまだ婚約もしていないようだし、結婚まではもっとかかるかもしれません」

「義姉上、アマティ公爵領を放置して宰相になることはできないのですよ」


 ジャンルカも王妃殿下もエドアルドの結婚の話をしているが、エドアルドはまだ結婚など考えられなかった。


(ぼくは婚約できるはずがない! だって、ぼくの顔を怖がらないのは、リベたんかアウたんか、従兄弟たちだけだよ? 顔を怖がるような令嬢とぼくは婚約できないし、結婚もできない)


 それならばエドアルドは誰と結婚すればいいのだろう。

 アウローラはアルマンドと結婚すると言って聞かないし、リベリオは……。


(リベたん!? え……リベたんとお兄ちゃん、結婚しちゃう!? 同性での結婚も珍しくはないけど、リベたんと……いやいやいや、リベたんの気持ちもあるし、お兄ちゃんはリベたんのこと大好きだけど、でも、いや、しかし、だが、それでも……)


 リベリオのことを考えていると頭が混乱してくる。

 ジャンルカは小さなころ自分の意思も何もなくカメーリアと婚約したが、カメーリアのことを深く愛することができていた。

 エドアルドも婚約すれば相手のことを愛することができるかもしれないと考えるのだが、なぜかリベリオの顔がちらついてしまう。


(リベたんがきゃわいすぎて、お兄ちゃんを惑わせて来るー! リベたん、お兄ちゃんはもうわけわかんないよー!)


 大混乱の中で入学式は終わった。

 これからエドアルドとリベリオは王都のタウンハウスで二人で暮らすようになる。

 妙なことを考えてしまったせいか、エドアルドはリベリオの顔が普通に見られるか心配になってしまった。


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