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二章

1.リベリオの入学

 リベリオは冬生まれで、エドアルドが春生まれで、アウローラが秋生まれである。

 冬に十二歳になったリベリオは、翌年の秋に学園に入学した。

 入学式にはジャンルカもレーナもアウローラも来てくれたし、二年前に生まれた弟のダリオもレーナに抱っこされて参加してくれた。

 エドアルドは在校生としてリベリオを迎えてくれる。

 リベリオの入学式の新入生挨拶は、アルマンドの妹で王女のビアンカだった。


「わたくしたちはこの学園でこれから六年間学んでまいります。貴族、王族としての嗜みを身に着け、紳士、淑女として成長していきたいと思います。卒業の暁にはこの国に貢献できるようになりたいです。どうかこの六年間わたくしたちを見守ってください」


 王族しか現れない漆黒ともいうべき髪と青い目のビアンカはとても堂々として立派だった。

 壇上で優雅に一礼するビアンカに拍手が巻き起こった。


 入学式が終わってから、リベリオはアマティ公爵家の王都のタウンハウスに戻った。

 この三年間で様々なことが変わった。


 ジャンルカと再婚したレーナはダリオという男の子を産み、ダリオはアマティ公爵家の末っ子として可愛がられている。

 不治の病に侵されていたリベリオはエドアルドとエドアルドの母の先見の目の能力で壊れていた魔力臓が治り、逆に魔力核からの魔力供給量が多くてエドアルドに頼ることはあっても、命の危険はなくなった。

 リベリオを癒した青い花は医者の手に苗が渡り、増やされて同じ病で苦しむ者たちを救っているという。

 魔力臓が壊れて苦しむ者たちを救ったとしてエドアルドは国王陛下から表彰されそうになったが、謙虚にそれを断っていた。


「ぼくは何もしていない」

「エドアルドお義兄様はわたしだけでなくたくさんのひとの命を救ったよ」

「表彰なんてとんでもない」


 表彰されて褒美をもらうくらいなら、魔力臓が壊れて苦しむひとたちを救ってほしい。

 エドアルドはそう思っているようだった。

 その思いを汲んで、国王陛下は各地に医者を派遣して、魔力臓が壊れて苦しむ病を患うものを無料で治療するように命じた。


 そのせいで、エドアルドは学園でも非常に有名になっていた。


「あの方が不治の病を治す方法を見出した氷の公子様」

「クールなところが素敵ですね」

「全然驕ったところがない方です。謙虚で素晴らしい」


 そういう噂話を耳にするのは誇らしくもあるのだが、リベリオは複雑な気持ちにもなってしまう。

 タウンハウスの自分の部屋に戻って、チャコールグレイの制服を脱いで、紺のタイを解き、シャツも着替えると、エドアルドも隣りの部屋で着替えて食堂に降りていくところだった。

 食堂では昼食の用意がされている。


「エドアルドお義兄様、一緒に行こう」

「うん、リベリオ」


 三年間でリベリオはエドアルドの表情の微妙な変化を感じ取れるようになっていた。

 今、エドアルドの口角が僅かに動いた気がしたが、エドアルドはリベリオを見て微笑んだのだ。表情の変化は分かりにくいし、声の抑揚もほとんどないので最初はエドアルドを怖いひとだと思ってしまっていたリベリオだったが、すぐにエドアルドと打ち解けることができて、エドアルドが学園に入学してから三年間、タウンハウスで一緒に暮らすうちにエドアルドとは誰よりも仲のいい兄弟になれたと思っていた。


 リベリオの魔力臓は治ったのだが、魔力核から供給過多になってしまう魔力をエドアルドに毎日渡さないとリベリオは普通には生きられない。成長に応じて魔力臓が大きくなって、魔力核の魔力供給と釣り合えばそんなことはしなくていいのだが、三年経ってもリベリオの魔力核と魔力臓は釣り合っていなかった。


 毎朝エドアルドが起こしに来てくれて、リベリオの部屋で魔力の受け渡しをする。

 そうしておけばリベリオはその日を普通に過ごせるのだ。


 最初は渡す魔力の量が分からなくて、エドアルドが返ってくる前に魔力が溢れてしまって魔力酔いの状態になったり、魔力を暴走させて部屋のものを壊してしまったりしていたが、三年も経つとある程度コツは掴めている。

 エドアルドがいなければ普通に暮らせない生活も、リベリオにとってはエドアルドとの触れ合いが多くなるので嬉しいくらいだった。


「リベリオ、体は?」

「平気だよ。エドアルドお義兄様のおかげでとても元気だよ」


 不治の病は治ったというのに、エドアルドはまだ心配そうにリベリオに聞いてくることがある。そのたびにリベリオは大丈夫だと答えるのだが、エドアルドは僅かに眉を顰めているような気がする。


「学園でエドアルドお義兄様の噂をしてたひとたちがいたね。エドアルドお義兄様はわたしの誇りだよ」

「ぼくはなにもしていない」

「そんな謙遜しなくていいんだよ。エドアルドお義兄様は不治の病の治療法を見つけただけじゃなくて、国王陛下から賜るはずだった褒美を国中の同じ病で苦しむひとたちを救うために寄付したって有名なんだからね」


 国中の同じ病で苦しむ患者を救うために寄付をする。そのためにエドアルドは褒美を固辞し、国王陛下にも謙虚に自分の手柄ではなくて、先見の目で全てを見通していた亡き母の手柄だと言いたかったのだろう。


「エドアルドお義兄様のお母様まで先見の目を持っていただなんてびっくりしたよ」

「それは……」

「未来が見えることは決して幸せなことばかりじゃないから、エドアルドお義兄様のお母様がそれを隠していたのも仕方がないよね。でも、わたしは誰にも言わないし、エドアルドお義兄様の弟で家族なんだから、本当のことを話していいんだよ」

「いや……」

「分かってるよ、エドアルドお義兄様が謙虚な方だってことは」


 決して自分から自己主張をしないエドアルドは非常に謙虚な性格だということはリベリオにはよく分かっていた。


 昼食の席に着くと、子ども用の椅子に座らされたダリオが待ちきれずにスプーンでテーブルを叩こうとしてレーナに止められている。まだ二歳なので待ちきれなくても仕方がないのだが、リベリオは自分たちが遅くなったことを謝った。


「遅れてしまってすみません」

「着替えに時間がかかったのだろう。気にしていないよ、リベリオ、エドアルド、座りなさい」

「はい、お義父様」

「はい、父上」


 椅子に座ると、家族での昼食が始まる。

 入学式の数日前に七歳になったアウローラは膝の上にナプキンを乗せて、上品に座っていた。


「リベリオお兄様、入学おめでとうございます」

「ありがとう、アウローラ」

「今日はアルマンド殿下も来られていましたね。ビアンカ殿下の晴れ姿を見に来ていたのでしょうか」


 アウローラは三歳のときにジャンルカとレーナの結婚式でアルマンドにお姫様扱いをしてもらってから、アルマンドのことを慕っているようなのだ。

 王太子のアルマンドとの関係がどうなるのかは分からないが、密かに「王子様」とアルマンドを呼んで慕っている七歳のアウローラにリベリオは口を挟むことはできなかった。


「エドアルド、リベリオ、わたくしたちは明日の朝にタウンハウスを出て、アマティ公爵領に戻ります。来月にはまた王都のタウンハウスに来て、一緒に過ごせると思いますから、それまで二人仲良くしていてくださいね」

「はい、お母様」


 学園に通うためにエドアルドとリベリオは王都のタウンハウスで暮らしている。リベリオは入学する前から、エドアルドに毎日魔力を渡さなければ魔力核から魔力が供給されすぎて体調を崩してしまうので、三年前からエドアルドと一緒にタウンハウスに滞在しているが、ジャンルカとレーナとアウローラとダリオは、ひと月をアマティ公爵領で過ごした後は、次のひと月を王都のタウンハウスで過ごすというような生活をしていた。

 まだ未成年のエドアルドとリベリオを心配してのことだし、家族が一緒に過ごせる時間を持ちたいというジャンルカとレーナとアウローラの願いでもあった。


 学園の夏休みや冬休みにはエドアルドとリベリオはアマティ公爵領に帰っていたが、それ以外の学園がある日は王都のタウンハウスで過ごしていた。


「ダリオにしばらく会えなくなるのは寂しいかな」

「リベリオお兄様、わたくしは?」

「アウローラと会えないのも寂しいよ」


 小さなダリオは黒髪に緑の目でジャンルカとエドアルドによく似ている。目の色はレーナに似たが、漆黒ともいえる髪は間違いなく王族の色だった。


「にぃに! にぃに!」


 小さな手を上げてリベリオを呼ぶダリオに、リベリオは微笑んで「ダリオ」と名前を呼んで返した。


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