リベリオが学園に入学した。
この三年間、エドアルドは困ったこともあったが、リベリオとずっと一緒にいられてとても幸せだった。
(伯父上がぼくが不治の病を治したとかいって、表彰して褒美をくれようとしたときにはびっくりしたけど、ぼく、何もしてないからね! ぼくが渡したかったのはマンドラゴラであって、あの青い花はお見舞いで飾ってもらおうと思っただけなんだから!)
表彰も褒美も断ると、国王陛下は「わたしの甥はなんと謙虚なのだ!」と感激して、褒美を青い花の栽培に当ててくれて、この国の各地に医者を派遣し、リベリオと同じ病で苦しむものを無償で治療するように命じたのだが、それもエドアルドの功績になってしまった。
(ぼく、そんなこと一言も言ってないのに! 本当に何もしてないから、何もしてないって言っただけなのに! 謙虚ってなに!? 無償で治療されるようになったのはよかったけど、ぼくは何もしてないよ!?)
そんな心の叫びも虚しく、エドアルドは学園でも不治の病を治す方法を見つけ出し、その褒美を断って同じ病のものが無償で治療を受けられるようにした、弟思いの兄として有名になってしまっていたのだった。
その上、リベリオはエドアルドの母まで先見の目を持っていたと勘違いしている。そもそもエドアルドに先見の目はないし、母にも恐らくなかったはずだ。
何度否定しても、リベリオは「分かっているよ」と言って聞いてくれない。
(何も! 分かって! ない! 先見の目を持ってるなんて言われたら、天国で母上はびっくりしてるんじゃないだろうか……。そんなものないからね! 先見の目は母上からの遺伝でもないし、母上は王族の血を引いていたけど、そんなもの持ってないからね!)
一応、本当に先見の目を持っていなかったか亡き母の日記を隅から隅まで読んだのだが、そんな記述は全くなかった。
ただ、『ジャンルカ様に! 気持ちが! 通じない! 動いて! わたくしの! 表情筋!』とか『ジャンルカ様、わたくしは「氷の淑女」なんてものではございません! わたくしはただ表情筋が不器用なだけなのです!』とか『誤解は解けてないけど、ジャンルカ様はわたくしを愛してくださってるって仰っていたわ! わたくしは世界一幸せな奥方よ! なんて嬉しいのでしょう! 心の中でパレードを始めてしまいそうだわ!』とか、エドアルドに似すぎていて若干怖いくらいだった。
チャコールグレイの制服に紺色のタイを付けたリベリオを思い出し、エドアルドは心の中で噛み締める。
(リベたんとお揃いの制服! リベたんがついに学園に入学してきた! これから三年間、リベたんとお屋敷でも一緒、学園でも一緒! なんて嬉しいんだろう! 学年が違うから授業は別々だけど、お昼は一緒に食べられるよね? リベたんを誘おう!)
リベリオとの生活は毎日楽しくて幸せに満ちているが、エドアルドには新しい幸せが生まれていた。
それが弟のダリオだ。
まだ二歳のダリオはお喋りは上手ではないが、王都のタウンハウスに来るとエドアルドに懐いてくれるし、アマティ公爵領に戻るとエドアルドの手を引いて子ども部屋に連れて行こうとする。
顔立ちはどことなくエドアルドとジャンルカに似ているが、エドアルドとジャンルカのように髪がストレートではなく、リベリオとアウローラのようにふわふわとしているし、目も青ではなくレーナと同じ緑色だ。
かわいい弟の誕生にエドアルドは浮かれていた。
(ダリたん……いや、なんだか音がよくないな。だーたん! これだ! だーたん、お兄ちゃんがたくさん一緒に遊んであげるからねー! 大好きだよー! だーたん!)
ダリオのことはかわいい。アウローラのこともかわいい。
そうなのだが、エドアルドはなぜかリベリオに対しては、かわいいだけで言い表せないような感情を持っていた。弟妹全て平等に扱わなければいけないと思っているのに、リベリオに関しては、一時期魔力を毎日分け与えていたし、今もリベリオから溢れる魔力を受け取ってリベリオが平穏に過ごせるように手助けをしている。
そのせいか、リベリオは特にかわいくてかわいくてたまらないような気分になるのだ。
入学式の翌日、ジャンルカとレーナとアウローラとダリオがアマティ公爵領に帰ってしまう朝も、エドアルドはリベリオの部屋を訪ねた。早起きのエドアルドが毎朝リベリオを起こすのが日課になっている。
起きたリベリオが身支度を整えるのを待って部屋に入り、ソファに並んで座ってリベリオの手を握る。この三年でリベリオは身長も伸びて手も大きくなっていたが、それ以上にエドアルドの身長がにょきにょきと伸びてしまって、成人男性の平均を超すくらいになっているので、リベリオの手はエドアルドの手にすっぽりと包まれてしまう。
エドアルドの魔力臓はかなり容量が大きくて、リベリオの魔力を受け入れても少しも溢れる気配は見せない。
魔力には相性があって、それが合わない場合には、魔力の受け渡しができるが、お互いに不快感や吐き気などを覚えてしまうらしい。偶然だがリベリオとエドアルドは魔力の相性が非常にいいので、リベリオから魔力が流れ込んでくるとエドアルドは温かく心地いいくらいだった。
魔力の受け渡しをすると、タウンハウスの庭にも作ってもらった温室に行って、薬草の世話をする。この三年間で分かったことだが、マンドラゴラを飼うためには薬草で栄養剤が作れるというのだ。栄養剤を使えばマンドラゴラは艶々として生きるという。
エドアルドとリベリオはマンドラゴラの栄養剤のための薬草を育てていた。
エドアルドはリベリオが選んでくれた大根に似たマンドラゴラを、リベリオは蕪に似たマンドラゴラを、アウローラは人参に似たマンドラゴラを飼っている。アウローラのマンドラゴラをダリオが羨ましがっているというから、冬休みにアマティ公爵領に帰ったら、ダリオのためにマンドラゴラを収穫しなければいけないかもしれない。
「リベリオ、今日のお昼……」
「エドアルドお義兄様、学園にお弁当を持って行っているよね?」
「一緒に」
(お兄ちゃん、よく分からないけど、「氷の公子様」とか言われて一緒に食べてくれるひとがいないんだ。アルマンドは学友と食べてるけど、混ざるのなんとなく気が引けるし。リベたん、お兄ちゃんとお昼一緒に食べない?)
勇気を出して誘ってみると、ゾウさん如雨露で水を上げていたリベリオが蜂蜜色の目を輝かせる。
「エドアルドお義兄様と一緒に食べていいの? お邪魔じゃない?」
「いつも一人で食べてる」
「わたしもエドアルドお義兄様と一緒にお昼を食べたいと思っていたんだ。嬉しい!」
了承してくれるリベリオにエドアルドは胸の中でガッツポーズを作る。
(リベたんとお昼の約束、いただきましたー! やった! 食堂で食べると知らないご令嬢が隣りに座ってこようとするから怖くて食べられないし、秘密の場所を見つけてあるんだよね! リベたんにも教えてあげる!)
十五歳になったエドアルドだが、まだ婚約はしていなかった。何度か見合いのようなものはさせられているのだが、相手のご令嬢が「氷の公子様」と呼ばれるエドアルドの無表情を怖がっているのと、エドアルド自身がまだ結婚など考えられないので、婚約をしていないのだが、そうなると学園内でエドアルドを狙ってくるご令嬢もいるのだ。
そういうご令嬢と距離を置くためにも、エドアルドは学園の庭の隠れた場所で昼食を一人で取っていた。
今日からはリベリオも一緒に食べられる。
学園で学年が違うので授業中は一緒にいられないが、お昼くらいは一緒に過ごしたい。
婚約をしない理由が、リベリオとの時間が減ってしまうかもしれないというものが大きいことに対して、エドアルドは何の疑問も抱いていなかった。