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3.学園初日

 朝食の席でジャンルカがエドアルドに言っていたのをリベリオは聞いてしまった。


「エドアルド、お前もそろそろ婚約を考えなければいけない。気になるご令嬢はいないのか?」


 それに対するエドアルドの返事は短いがきっぱりしたものだった。


「いいえ」

「見合いも大量に届いている。誰かと会ってみる気はないか?」

「ぼくは、まだ」


 婚約はする気がないとでも言うように緩々と首を左右に振るエドアルドにジャンルカはそれ以上無理強いをするつもりはなかったようだ。

 エドアルドが婚約してしまうと思うと、リベリオは落ち着かなくなる。

 婚約すれば婚約者との触れ合いを持たなければいけないし、エドアルドがリベリオと過ごす時間は短くなってしまう。

 どうしてそれがこんなにも嫌なのか自分でも分からなくて困惑しているリベリオに、エドアルドが目を伏せる。


「エドアルドお義兄様には先見の目があるのです。将来自分が結婚する相手がもう分かっているのではないでしょうか?」

「そうなのか、エドアルド? それで、今は婚約できないと言っているのか。それならば仕方がないな。将来のこと、話せるようになったらわたしに話してほしい」


 思わず口に出してしまったが、本当にそうだったらどうしようとリベリオは不安になってしまう。エドアルドには将来結婚する相手が分かっていて、今は婚約できないので誰とも婚約しない。そうだったら、エドアルドはリベリオを置いていつか結婚してしまうのだ。


 貴族にとっては結婚も義務のようなもので、家同士の繋がりを強くするために行うのだが、アマティ公爵家はジャンルカが王弟であり、この先宰相になるように望まれている。他の家がアマティ公爵家と繋がりを持ちたいと思うことがあっても、アマティ公爵家の方から繋がりを持ちたいと思う家は特にない。それくらい今の時点で権力を持っている家なのだ。

 他の公爵家と繋がりを持ってしまうと国の中で力が強くなりすぎるということまで有り得る。

 ジャンルカがエドアルドの婚約に慎重になっているのは仕方のないことだった。


「エドアルドも社交界デビューする年になっている。そろそろ相手を決めてほしいのだが……もしかして、わたしに言いにくい相手なのかもしれない。年の離れた相手かもしれない。それならば、言えるときになったら教えてほしい」


 先見の目を持つエドアルドに対して、ジャンルカは鷹揚に受け止めている様子だった。

 エドアルドがいつか結婚するときには祝わなければいけないのだろうが、それが妙に寂しくてリベリオは朝食を食べるフォークが止まってしまった。


「わたくしはアルマンド殿下と結婚するのです! 待っていてください、アルマンド殿下!」

「アウローラはまだ早いかな」

「早くはないのです。アルマンド殿下は十五歳! わたくし、急いで婚約しなければアルマンド殿下に縁談が入ってしまうかもしれません!」

「アルマンドも婚約の話は聞かないな」


 エドアルドの同じ年の従兄弟で王太子のアルマンドも婚約をしていない。早いものは生まれたときから婚約が決まっているし、大体学園に入る十二歳のときに婚約を決めることが多く、学園を卒業する十八歳のときには結婚することが多いこの貴族社会。アルマンドの年で婚約者が決まっていないというのは王太子として遅いような気はしていた。

 アルマンドもアウローラの誕生日にはお祝いに来てくれていたし、アウローラのことを可愛がっている様子である。もしかするとアルマンドもアウローラとの婚約を望んでくれているのだろうか。


 そうであれば兄としては嬉しい。

 そこまで考えて、リベリオは混乱してしまった。

 エドアルドの婚約が決まってしまうのも、将来結婚してしまうのも、弟としてとても寂しくて耐えられそうにないのに、妹のアウローラがアルマンドと婚約して将来結婚するのに関しては嬉しいとまで思ってしまう。

 どうしてエドアルドの幸せを願ってあげられないのだろう。

 自分が寂しいからという理由で幸せを願ってあげられない弟なんて、エドアルドも嫌なのではないだろうか。


 この気持ちは誰にも話してはいけないとリベリオは俯いたままアウローラとジャンルカの声を聞いていた。


「エドにぃに、リベにぃにー!」


 朝食を終えて馬車に乗せられるダリオがエドアルドとリベリオに手を差し伸べて、別れるのが嫌だと泣いている。かわいい弟のダリオを抱き寄せてその丸い頬にキスをしてやると、ぽろぽろと緑色の目から涙が零れた。


「にぃに、にぃに!」


 今回はアウローラの誕生日もあったので、ひと月前くらいから滞在していたジャンルカとレーナとアウローラとダリオ。別れのときにはダリオはエドアルドとリベリオを慕って泣いてくれる。


「ダリオ、いい子にしているんだよ。大好きだよ」

「ダリオ、大好き」


 リベリオもエドアルドもダリオを順番に抱っこして頬にキスをして、送り出した。


 アマティ公爵領に家族を送り出すと、リベリオは制服に着替えて制服に着替えたエドアルドと一緒に馬車に乗って学園まで行く。リベリオの小さめのショルダーバッグは魔法で中を拡張してあって、クローゼット一つ分くらいの量が入るようになっている。そこに入れると中では時が止まって腐敗をしなくなるのでエドアルドはお弁当のバスケットもバッグに入れていた。

 もちろん、重さも感じない。


「お茶の時間には、アルマンドから招待されると思う」

「アルマンド殿下のお茶会に参加できるんだね」

「リベリオ、ぼくも一緒」


 自分も一緒だということを強調するエドアルドにリベリオはなんとなく落ち着かなくなって挙動不審になってしまう。

 エドアルドと一緒というのは嬉しいが、王族と一緒のお茶の時間は緊張する。

 学園はマナーを学ぶ場でもあるので、毎日お茶の時間までが授業の一環となっている。お茶の時間には食堂で集まる者たちもいれば、アルマンドのように身分の高いものから招かれてお茶会用の会場を借りて開催するものもいる。

 アルマンドは学園のサンルームを借りているのだという。


「失礼がないようにしなくちゃ」

「リベリオは従兄弟」

「従兄弟同士でも、アルマンド殿下は王太子殿下だからね」


 アルマンドの義理の従兄弟という地位にあっても、貴族社会ではリベリオはアマティ公爵家に後妻に入ったレーナの連れ子という認識をされている。レーナの評判を落とさないためにも身の振り方は大事だった。


「エドアルドお義兄様が一緒だから安心ではあるんだけど」


 本心を口にしたリベリオに、エドアルドは笑ったようだった。


 馬車を降りてクラスに行く。

 学園内は平等だという建前はあるが、基本的に学園内は身分できっちりと分けられている。リベリオのクラスは王族や公爵や侯爵の子息令嬢が集まっていて、その中でも一番地位が高いのは王女のビアンカだ。

 その次がリベリオになるのだから、クラスでも緊張してしまう。リベリオが元はブレロ子爵の息子であっても、今はアマティ公爵の息子になっているので、王弟でそのうち宰相になる人物の息子ということで地位が高いのだ。

 クラスだけではなくて、寮もはっきりと身分で分けられている。

 公爵家、侯爵家の子息令嬢の入る寮と、侯爵家、伯爵家の子息令嬢の入る寮と、伯爵家、子爵家、男爵家の入る寮とは分けられていて、食事は共通で広い食堂を使うのだが、身分によって寮の施設も差があるようになっている。

 学園が平等ではないというのは明らかに決まっているのだ。


 入学してから最初の日だったので、クラスでは委員長と副委員長を決めることになった。

 リベリオが迷っていると、ビアンカが手を上げる。


「わたくし、委員長に立候補します。リベリオ様、副委員長になってもらえないでしょうか?」


 クラスの中のリーダーとなるのにビアンカは相応しいと思うが、リベリオは副委員長を務めることができるだろうか。不安はあったが、指名されてリベリオは席から立ち上がる。


「ビアンカ殿下の御指名ならば、やらせていただきます。リベリオ・アマティです、よろしくお願いします」

「わたくし、ビアンカ・カノーヴァですわ。皆様よろしくお願いします」


 これから一年、リベリオはクラスの副委員長にもなってしまった。

 緊張するリベリオにビアンカはエドアルドとよく似た青い目で「大丈夫」と言うように微笑みかけていた。


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