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7.薔薇の花に銅貨を

 エドアルドに告白した。

 エドアルドからも「愛してる」、「恋人」と告白に応える言葉をもらった。

 ベッドの中でリベリオは幸福感に包まれていた。


 翌朝はエドアルドが起こしに来てくれて、薬草菜園の世話をした。ダリオとアウローラもいるので昨日の話はできなかったけれど、ゾウの如雨露を手渡してくれるエドアルドと指先が触れて胸が高鳴ったり、エドアルドの姿を見ているだけで顔が熱くなったりしてリベリオは大変だった。


 薬草菜園の世話をしていると、ダリオの蕪に似たマンドラゴラと、リベリオの蕪に似たマンドラゴラ、アウローラの人参に似たマンドラゴラ、エドアルドの大根に似たマンドラゴラが畝を取り囲んで踊っている。

 その畝にはマンドラゴラが植えられていたはずだった。


「エドアルドお義兄様、マンドラゴラが畝から出てきそう」

「マンドラゴラがおはなししてるよ?」


 畝の土が動いてマンドラゴラが出てこようとするのに気付いたリベリオとダリオが指摘すると、エドアルドがそれを止める。


「種を取るから、そのままでいて」

「びぎゃ!」

「びょえ!」

「ぎょわ!」


 畝の中に植えたままでいてほしいというエドアルドに、土の中からは不満そうな声が響いてくる。


「エドアルドお義兄様、マンドラゴラが必要になるんじゃないかな」

「マンドラゴラが?」

「マンドラゴラが自分から土から出たがっているなんて、これまでになかったよ」


 マンドラゴラの変化にリベリオが言ってみると、エドアルドは考えた末に、畝の幾つかのマンドラゴラを収穫することに決めたようだった。

 収穫したマンドラゴラは洗われて箱に詰められる。


 マンドラゴラを箱詰めしたところで、エドアルドたちのところに伝令の兵士が駆け込んできた。


「アマティ公爵家の公子様、アマティ公爵領で妙な病が流行り出しております。伝染病のようなので、公子様たちはどうか、町へ出ることがありませんように」

「伝染病!? エドアルドお義兄様、マンドラゴラが必要なんじゃない?」

「病気のものはどこに?」

「アマティ公爵領の公立の病院に運ばれております」


 アマティ公爵領では貧しいものでも十分な医療が受けられるように公立の病院を建てている。そこに入院すれば費用はかからずに最低限の医療は受けられるようになっているのだ。


「そこに、これを」


 病気のものの居場所を聞いたエドアルドはマンドラゴラの入った箱を伝令の兵士に渡した。伝令の兵士は深く頭を下げて箱を持って公立の病院に行く。


「マンドラゴラが予見したみたいだ……いや、これもエドアルドお義兄様の力?」

「きっとそうだよ! エドアルドおにいさまは、さきみのめをもっていらっしゃるから!」

「さすがエドアルドお義兄様ですわ」


 口々に褒める弟妹たちに、エドアルドはいつも通りに無表情だった。


 それにしてもアマティ公爵領で病が流行るなど、珍しいこともあるものだとリベリオは思う。

 アマティ公爵領は上下水道が魔法で完備されていて、王都と同じくとても清潔な街なのだ。貧しいものたちもいるが、家のないものには仕事と共に寝る場所が支給されるし、福祉もしっかりとしている。

 アマティ公爵領に他の領地から移り住みたいという要望もたくさん来ているとリベリオは学園で習っていた。


 朝食の席で報告を受けたジャンルカは、エドアルドに提案した。


「今、住処がなくて仕事を求めているものたちに、マンドラゴラを育てさせるという事業を立ち上げてはどうだろうか?」

「流行り病、アマティ公爵領だけで済むとは思えない」

「エドアルドもそう思うのか。いや、先見の目で予見したのだな。王都や別の領地にまで広がったら、それを治す薬が必要になる。マンドラゴラは栄養価が高いだけでなく、病気のものの薬にもなる」


 マンドラゴラを育てる事業がアマティ公爵領で立ち上げられることになりそうだった。


 その日は結局どこにも行かなかったが、リベリオが朝食後に部屋にいるとエドアルドが来てくれて、散歩に誘ってくれた。

 天気がよかったので秋の風は冷たいが、それほど寒いとも感じず、エドアルドに手を引かれてリベリオは庭を散歩した。庭には秋に咲く薔薇が花を付けている。

 いい香りの薔薇の花に近寄ると、エドアルドが近くにいた庭師に声をかけた。


「この花を数本」

「心得ました、若旦那様。怪我をされないように棘を取りますので、少しお待ちください」


 薔薇の花はピンク色で花弁が多く重なっていて、とても美しい。

 庭師が棘まで取って用意してくれた薔薇の花を、エドアルドはリベリオに差し出してきた。


「リベリオ、これを」

「ありがとう、エド」


 薔薇の花を受け取ると、甘い香りがして心拍数が上がる。リベリオのためにエドアルドが切ってもらった薔薇なのだ。


「枯れないようにしたいな」

「花瓶に銅貨を一枚入れるといい」

「銅貨を?」

「銅には殺菌、抗菌効果があって、花を長持ちさせる」


 長く薬草菜園を切り盛りしてきたエドアルドは、切り花のことまで詳しかったようだ。感心しながらリベリオは花瓶の中にきれいに洗った銅貨を入れようと決めていた。


「この花、三本あるから、ダリオとアウローラに一本ずつ分けてもいいかな? 一本で十分豪華で飾れる薔薇だと思うんだ」


 この幸せを独り占めしてはいけないとリベリオが口に出すと、エドアルドがリベリオの頬を撫でる。大きな暖かい手で頬を撫でられて、リベリオは顔が熱くなってくるのを感じる。


「リベリオがそうしたいなら」

「エドの気持ちを受け取らないとかそういうことじゃないんだよ! 嬉しすぎて、わたし一人じゃもったいない気がしてしまって」

「気にしていない」


 必死に言い訳するリベリオに、エドアルドは落ち着いた様子で頷いてくれる。

 エドアルドの気持ちはものすごく嬉しいし、薔薇の花を贈ってくれたのも嬉しかったが、自分ばかり受け取っている気がして部屋に残されたアウローラやダリオに罪悪感がないわけではない。

 ダリオなど、エドアルドとリベリオが散歩に行くといったら絶対ついてくると言って聞かなかっただろうから、内緒で出てきてしまった。


「リベリオは優しい」

「え、エドだって」

「そういうところが好きだ」

「エド……」


 口数が少ないだけに、エドアルドの口からこぼれる「好き」という言葉には重みがあった。

 熱い頬を押さえたいのだが、片方の頬にエドアルドの手が添えてあるので、それができない。このまま口付けされるのだろうか。

 庭師は気を利かせて遠くに行ってくれている。


 まだ唇には口付けられたことはないが、エドアルドはリベリオの額に、頬に、鼻先に、瞼に口付けてくれたことがある。


 期待する目をしていたのかもしれない。

 エドアルドの手が離れたとき、リベリオは半分安堵して、半分がっかりしてしまった。


 口付けてほしかった。

 もうすぐリベリオは十六歳になるのだ。

 唇へのキスが無理でも、頬や額や鼻先や瞼には、もっと頻繁に口付けてほしい。

 それも、エドアルドが大人として未成年のリベリオには刺激が強すぎると思っているのかもしれないと、リベリオはもっとエドアルドが自分を求めてくれたらいいのにと思いながら散歩から戻った。


 屋敷に戻ると、エドアルドとリベリオがいないことに気付いていたダリオとアウローラが駆け寄ってくる。

 リベリオは屈んでダリオの目線に合わせて、もらった三本の薔薇の花の内一本をダリオに差し出す。


「エドアルドお義兄様からのお土産だよ」

「きれい! エドアルドおにいさま、ありがとう!」

「アウローラにも」

「きれいな薔薇! 大輪ですごく立派だわ! エドアルドお義兄様ありがとう!」


 無邪気に喜ぶダリオとアウローラに、エドアルドが小さく頷いている。


「銅貨を一枚水に入れておくと長持ちするんだって」

「リベリオおにいさま、ものしり!」

「わたしじゃなくて、エドアルドお義兄様が教えてくれたんだよ」

「銅貨……わたくし、お金を持ったことがないわ。お義父様にお願いして一枚もらいましょう」

「そういえば、わたしも」


 アマティ公爵家で暮らしているアウローラとダリオはお金を持たなくても生活ができる。リベリオは王都で学園に通っているので、学園で文房具やお菓子など小さな買い物をするためにお金をもらっていた。


「ダリオ、アウローラ、銅貨だ」

「エドアルドおにいさま!」

「エドアルドお義兄様、ありがとう!」


 エドアルドも自分の財布を持っていて、自分の買い物は自分で支払うようになっていたので、財布から銅貨を取り出して一枚ずつダリオとアウローラに渡している。

 薔薇を飾る場所をメイドと相談するために部屋に戻ったダリオとアウローラに、リベリオは一本残った、自分の薔薇の花を持って、部屋に戻り、一輪挿しに薔薇の花を挿して洗った銅貨を一枚水の中に入れたのだった。


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