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8.流行り病とリベリオの熱

 マンドラゴラを育てる事業をアマティ公爵領で立ち上げる。

 そのためには土地の確保から労働者の確保までやるべきことがたくさんあった。マンドラゴラは簡単には育たない。エドアルドがマンドラゴラを育てられているのは、亡き母カメーリアが工夫したことを日記に残してくれているのと、マンドラゴラの研究論文が次期アマティ公爵という立場で手に入ったからだった。

 マンドラゴラを育てるには、薬草から作った栄養剤が必要だった。その薬草を育て、栄養剤にして、マンドラゴラの種を植えて、栄養剤を与えて育てるとなると、年単位で時間がかかる。

 今アマティ公爵領で流行っている病に関しては、エドアルドの薬草菜園で採れたマンドラゴラで落ち着くかもしれないが、これから流行り病が別の土地に広がっていくとしたら、悠長なことはしていられない。


 エドアルドが持っている栄養剤を最初はそちらに回して、マンドラゴラを育てるとして、その間に次の年のための栄養剤を作っておいて、マンドラゴラを次の年にはもっと大規模に育てられるようにしていけばいいのだろうか。

 ジャンルカはエドアルドにこの事業を全てさせる気でいるようだ。


 仕事のないものたちが暮らす宿舎の近くに土地を確保して、マンドラゴラ栽培をさせる。これからマンドラゴラがアマティ公爵領の特産品になりそうだった。


 甘い時間はあっという間に過ぎてしまうもので、休みの一日目はリベリオと庭を散歩したり、二人で過ごしたりできたのだが、二日目になると、リベリオは朝食を食べると帰る準備を始めていた。

 週末の逢瀬ももう終わりになってしまう。


「リベリオ」

「エド……また来週、わたしを呼んでね」


 行きは魔法のかかった婚約指輪で転移してこられたが、帰りはリベリオは馬車と列車を乗り継いで王都のタウンハウスまで帰らなければいけない。

 名残惜しくリベリオの体を抱き締めると、リベリオもエドアルドの背中に腕を回してくれる。


「寂しいよ、エド」

「ぼくも」

「冬休みになったらずっといられるから待ってて」


 早く学園を卒業したい。


 小さくリベリオが呟くのが聞こえてしまって、エドアルドの心臓が脈打つ。


(学園を卒業したら、リベたんはぼくのものになるんだよ! リベたんとぼくは結婚する! その日が早く来てほしいってことで合ってるよね? リベたんもぼくと同じ気持ちなんだよね?)


 心の中で聞いても答えるはずがないのだが、エドアルドはすっかりと興奮してしまっていた。鼻血が出そうなくらい興奮するエドアルドがそっと鼻を押さえると、リベリオがエドアルドの顔を見上げて来る。


「エド、泣いてるの?」


 鼻を押さえたのに、リベリオはエドアルドが泣いているのかと勘違いしたようだった。


(違うけど! リベたんがかわいすぎて鼻血が出そうなんて! そんなこと! 言えない!)


 否定できないエドアルドにリベリオが背伸びをして、頬に柔らかな感触がした。

 驚いてリベリオを凝視すると、リベリオは恥ずかしそうに体を離し、トランクを手に持っている。


「エド、また次の週末に」

「リベリオ、また」


 平静を装って返事をするエドアルドの心の中では一人ラインダンスが始まっていた。


(リベたんからほっぺにちゅー、いただきましたー! 尊い! 尊いよ! リベたん! お兄ちゃんはこの日を「初めてのリベたんからのほっぺちゅーの日」に制定するよ! 一昨日の「初めての左手の薬指にちゅー」の日と合わせて、記念日にする! 一生この日を忘れない!)


 これからマンドラゴラ事業を立ち上げる苦労も、リベリオのかわいさの前では癒されて消えていくようだった。


 エドアルドが送ったマンドラゴラで公立の病院に来ていた流行り病の患者は皆治ったようで、流行り病がそれ以上広がることもなかった。アマティ公爵領は上下水道も魔法で完備された清潔な領地なのでそれだけで済んだが、他の領地でも流行り病は広がっている様子だった。

 違う領地から助けを求められても、エドアルドが育てていたマンドラゴラは種を取る株を残して、全て公立の病院に出荷してしまったし、エドアルドができることは何もない。

 他の領地にはアマティ公爵領のように上下水道が完備されていなかったり、無償で医療を受けられる公立の病院がなかったりして、流行り病は広がっているようだ。


 高熱を出して、嘔吐と下痢を発症するこの病は、なかなか治らず、抵抗力の弱い子どもや老人は命を落とすほどだった。


 何かがおかしい。

 この流行り病も誰かが仕組んだものなのではないか。


 真っ先にアマティ公爵領で流行り病が起きたことから、エドアルドは流行り病について懐疑的な思いを抱いていた。


 マンドラゴラは融通できないが、薬草菜園の薬草やアマティ公爵領で育てている薬草を送ってはいるが、なかなか流行が治まりそうにない。

 それどころか、広がってきている気すらする。


 助けを求める外の領地に対して、エドアルドは書状を書いて届けた。


『流行り病が治まるまで、領民を領地の外に出さないようにされること。領地の外に出た領民が違う領地に流行り病をまき散らしては治まるものも治まりません』


 アマティ公爵領が薬草や薬を融通しているので、他の領地もエドアルドの言葉に重きを置いて自分の領地から領民を出さないように、また他の領地から領民を受け入れないようにしたようだった。

 これで流行り病が別の領地にまで広がることは一旦防げるだろう。


 どの領地にどれだけの患者がいて、どれだけ薬草や薬を融通するか考えているうちに一週間が経っていた。

 リベリオが来る週末になって、エドアルドは仕事をなんとか終わらせて、部屋でリベリオの通信を待っていた。


 リベリオから通信が来たのは、お茶の時間の後だった。


『エド……ごめんなさい。頭が痛くて、熱を測ってみたら、発熱してるみたいなんだ』

「リベたん!?」


 王都で流行り病が広がっているという話は聞いていなかったが、リベリオは発熱していて、学園で病をもらってきたようだった。


『まだ嘔吐と下痢の症状は出てないから、流行り病じゃないとは思うんだけど、アウローラやダリオやエドにうつしちゃいけないから、今週末はタウンハウスで過ごすよ』


 待ちに待った、週末にこんなことが起きてしまって、エドアルドはがっくりと肩を落とすが、悪いのはリベリオではないのでできるだけリベリオが気にしないように口を開く。


「薬草を送る。大事にして」

『薬草は、大丈夫。タウンハウスの薬草菜園で育てているのがあるからね。アマティ公爵領は他の領地に薬草や薬を援助しているんでしょう? わたしの分はタウンハウスの薬草菜園でなんとかなるはず』


 そうだった。

 タウンハウスにも薬草菜園はあるのだ。

 王都のタウンハウスの薬草菜園にも、アマティ公爵領ほどではないが、マンドラゴラを植えて栽培している。


「リベリオ、ぼくを呼んで」

『ダメだよ、エド。うつっちゃう!』

「タウンハウスのマンドラゴラを役立てたい」


 タウンハウスのマンドラゴラが収穫できれば、免疫力と体力の落ちている老人や子どもを優先して命を救うことができるのではないか。

 エドアルドの申し出にリベリオも発熱している赤い顔で納得してくれた。


『そういうことなら。でも、わたしに会わないようにして』

「それは、無理」


 消毒もするし、マスクもするのでリベリオには会いたい。抱き締めることも、顔中にキスを降らすこともできなくても、エドアルドはリベリオに会いたかった。


(苦しむリベたんを看病しないなんて無理! 熱を出したときにリベたんが王都のタウンハウスで一人きりなんて寂しすぎる! お兄ちゃんがすぐに行きますからね! リベたん! すぐに治してあげる!)


 押し切る形でエドアルドはリベリオに呼んでもらった。


 リベリオの部屋に移転の魔法でやってきたエドアルドは、マスクもしていたし、手袋も付けていたが、ベッドで横になっているリベリオを見て、昔のことを思い出して胸が痛くなった。


(リベたんの魔力臓が壊れていたころみたいだ。リベたん、苦しかったよね! 今助けに来たからね!)


 タウンハウスの庭の薬草菜園に向かって歩き出すエドアルドに、リベリオは潤んだ目でエドアルドを見送ってくれていた。


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