魔力臓が壊れていたころはベッドで寝込む生活が続いていた。
エドアルドとリベリオの魔力の相性がいいことが分かって、魔力を注いでもらえば普通の子どものように生きられるようになって、それから魔力臓も青い花で治してもらった。それ以降は寝込むようなことはなかったのに、リベリオは九歳のとき以来初めて寝込んでいた。
熱で頭が朦朧として体が起こせない。エドアルドが移転の魔法で飛んできて、すぐにタウンハウスの薬草菜園に行ったようだが、それもぼんやりとしか見送れなかった。
ベッドの上で苦しい息を整えていると、枕元に座る蕪に似たマンドラゴラが心配そうにリベリオを覗き込んでくる。
「びぎゃ?」
「心配、してくれるの?」
大丈夫とは言えなかったが蕪に似たマンドラゴラを引き寄せるとひんやりとして心地いい。蕪に似た丸いマンドラゴラを抱き締めているとエドアルドが戻ってきてくれた。
「リベリオ、体を見せて」
「びょえ!」
「びょわ!」
近付いてこようとするエドアルドとリベリオの間に蕪に似たリベリオのマンドラゴラと大根に似たエドアルドのマンドラゴラが降り立つ。エドアルドを止めるのかと思ったら、二匹とも自分の頭から葉っぱを一枚引き抜いた。
「これを使えと?」
「びゃい!」
「びょぎゃ!」
マンドラゴラが返事をしたような気がした。
エドアルドは素早くタウンハウスの自分の部屋に戻ってマンドラゴラの葉っぱを煎じ薬にしてきてくれた。
煎じ薬を飲むと、青臭い苦い味が口に広がるが、朦朧とした頭が晴れていくのも感じる。
飲み終わるころにはリベリオの熱はすっかりと下がっていた。
「リベリオ、もう大丈夫」
「エド、ありがとう。蕪マンドラゴラも、大根マンドラゴラもありがとう」
ほっと安堵したリベリオの体にエドアルドが手を翳す。魔力を調べているのだと分かっていても、リベリオはエドアルドの手が自分の体に触れそうでドキドキしてしまう。
「エド、わたし、汗かいてて……」
「魔力の流れがおかしい」
「え?」
汗をかいているから恥ずかしいと逃げようとするリベリオに、エドアルドが真剣な眼差しで告げる。
幼いころに魔力臓を壊した経験があるので、エドアルドはリベリオの魔力の流れについては敏感なところがあった。手を翳してじっくりと見られて、恥ずかしいけれどリベリオはエドアルドのするままにしていた。
「リベリオは魔力臓を壊した経験があるから、魔法的な病に強い傾向がある」
「そうなの?」
「魔力臓に抵抗力がある」
こういうときは滑らかに話してくれるエドアルドにリベリオは驚きながら話を聞く。
どうやらリベリオには抵抗力があったために、流行り病になっても嘔吐や下痢まで起こさずに、マンドラゴラの葉っぱ二枚で治ってしまったようだった。
「つまり、この流行り病は魔法的な力が関わっているっていうこと?」
「恐らく」
この国の様々な領地で流行っているこの病は、魔法的な力が関わっている。人為的に起こされたということだった。
「誰がこんなこと……」
領民を病にさせても国の不利益にしかならない。働き手が働けなくなって、治める税金も少なくなって、領主も困るだけだ。
国の不利益になると分かっていてまで流行り病を起こしたのは誰なのか。
「最初にアマティ公爵領が狙われたよね。アマティ公爵領では対応が早かったから大流行にはならなかったけど、アマティ公爵領からこの病が広がったと噂が流れれば、義父上の対応が悪かったということになって、宰相になる道は閉ざされるかもしれない」
「さいしょ……」
「やっぱり、今の宰相が関わっているんだね? その証拠を掴まなければいけない」
「それより、今かかっているひとたちを」
「そうだった。先に今かかっているひとたちの治療を優先させなければいけなかったね」
エドアルドも現在の宰相を疑っているようだが、証拠がない。
魔力の相性がよくて、エドアルドが魔力をよく知っているリベリオがかかったからこそ人為的に起こされた魔法的な病だと分かったが、リベリオがかからなければ分かることはなかった。
「エド、これからどうする?」
「マンドラゴラを送る」
「マンドラゴラを……でも、薬草菜園のマンドラゴラじゃ足りないんじゃない?」
薬草菜園で収穫できたマンドラゴラはせいぜい二十匹ほどで、各領地に送るのには少なすぎる。一つの領地ですら救うことができるかどうか分からないくらいだ。
「ハゲ……」
「そうか! マンドラゴラにハゲてもらうんだね! マンドラゴラは生かしたまま、葉っぱだけを使う! それなら、マンドラゴラの数が少なくても、ハゲたマンドラゴラは土に埋まってまた葉っぱを生やして次の患者に使える!」
リベリオは葉っぱ二枚で治ったが、他の患者は葉っぱ三枚くらいかかるかもしれない。それでも、マンドラゴラ自体を薬にしてしまうよりも、葉っぱで済ませる方がずっと効率はいい。葉っぱは何度収穫しても、マンドラゴラが土に埋まれば生えてくるのだ。
「さすがエド! いい考えを思い付くね! マンドラゴラの葉っぱだけを使ってもらうように連絡すればいいよね」
マンドラゴラの使い道が決定したところで、エドアルドは各領地に数匹ずつマンドラゴラを送る手はずを整えた。リベリオもそれを手伝った。
エドアルドとリベリオのマンドラゴラは、王都に病が流行り始めたときのためにどこにも派遣しないことにする。
「栄養剤も一緒に」
「それだったら葉っぱの回復も早いよね」
マンドラゴラを育てるときに使う薬草から作った栄養剤も一緒に入れて送る準備が整うと、エドアルドは次々とマンドラゴラと栄養剤の入った箱を出荷していった。
「リベリオ、学園で?」
「わたしがかかったのは、学園でうつったんだと思うよ。学園で熱を出して、気分を悪くして保健室に行った生徒がクラスにいた」
「その生徒は?」
聞かれてリベリオが生徒の名前を言うと、エドアルドは納得したように小さく頷いていた。
「領地で流行ってる生徒だ」
「領地に帰ったときにうつったんだね。侯爵家の生徒だから、厳重に看護されるだろうし、酷くはならないと思うけど」
学園を通じて病が広がるのでは、王都も安全な場所ではなくなってしまう。
「流行っている領地には、流行が治まるまで、戻らないように」
「学園で働きかけられるといいんだけど」
エドアルドの言葉にリベリオも頷く。
アマティ公爵から学園に働きかければ、ある程度は影響力があるだろう。
流行り病がこれ以上広がらないように、リベリオは打てる手は全て打っておきたかった。
無事にリベリオが治ると、エドアルドはアマティ公爵家に帰り支度を始める。
リベリオが熱を出したので来てくれたのだが、エドアルドにはアマティ公爵領で仕事が残っていた。
帰ってしまうエドアルドを寂しく見つめていると、エドアルドがリベリオに手を差し伸べる。
「一緒に」
「いいの!?」
「リベリオはもう治った」
熱が出ていたからアマティ公爵家に帰るのを躊躇っていただけで、元気ならば帰りたいに決まっている。エドアルドと一緒に過ごしたいし、王都のタウンハウスは一人で過ごすには寂しすぎた。
「ちょっと待ってね。荷物の準備をするからね」
これから馬車と列車を乗り継いで帰るとなると、アマティ公爵家に着くのは夕食の時間を過ぎたくらいになってしまうが、エドアルドと一緒の旅ならばそれも楽しいだろう。
移転の魔法はお互いのいる場所にしか移転できないし、指輪に埋め込まれた魔石の関係で一週間に一度くらいしか使えない。
今回はエドアルドがリベリオのところに移転して来てくれたので魔力は使い切っていた。
「エド、すぐに来てくれてありがとう」
「リベリオのためなら」
「エド、大好きだよ」
荷物を準備してからエドアルドに抱き着くと、エドアルドは大きな手でリベリオの髪を撫でて深くリベリオの体を抱き締めてくれた。