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11.アルマンド殿下のカップに仕込まれたもの

 マンドラゴラ自身ではなくて葉っぱを使うことをエドアルドが思い付いたおかげで、他の領地の流行り病も収束に向かっていた。

 週末に短い逢瀬を過ごした後でリベリオはまた王都に戻ったが、王都でも病が流行する気配はなかった。


 季節は過ぎて冬になる。

 学期末の試験を受けて、リベリオは成績表を受け取って王都のタウンハウスで家族が到着するのを待っていた。

 この冬休みはアルマンドとのお茶会もあるので、アマティ公爵家一家は王都に呼ばれていたのだ。

 アルマンドはダリオがアルマンドと同じ能力を持っていることを知って、気にしてダリオと会う機会を作ってくれるようだ。

 その件もありがたいのだが、リベリオはエドアルドと共にお茶会に出ることができるとわくわくしていた。


「リベリオ、筆記試験ではビアンカ殿下に次いで二位だったという話ではないですか」

「そうなのです。実技のテストでは全然振るいませんでしたが」

「筆記試験でそれだけの成績を取れるだけでもすごいよ。リベリオ、頑張ったね」


 試験結果を聞いてレーナもジャンルカもリベリオを褒めてくれる。

 エドアルドが学園に通っていたころは筆記試験は全て首席、魔法の実技試験も、剣術の実技試験も首席という成績を修めていたので、それに届かなかったと恥ずかしく思っていたのだが、両親はそんなことは思っていないようだった。


「リベリオは九歳まで家庭教師の授業も受けられなかったのに、よく頑張りました」

「リベリオは我が家の誇りだよ」


 誇りとまで言ってくれるジャンルカにリベリオは嬉しくなる。

 エドアルドの顔を見上げれば、エドアルドが手を伸ばしてリベリオの髪を撫でてくれる。髪を撫でられるのは子どものようで恥ずかしいが、恋人同士なので触れ合えることが嬉しかった。


 リベリオももう十五歳なのだ。デビュタントを迎える年だ。

 エドアルドのデビュタントの時期にはリベリオはまだ十二歳で、婚約もしていなかったので一緒に踊ることはできなかったが、リベリオのデビュタントではエドアルドがダンスに誘ってくれるだろう。


 お茶会の後の晩餐会ではついに社交界デビューを果たすリベリオのために、新しいフロックコートが仕立てられたし、シャツもアスコットタイも新品が用意されている。


「リベリオには優しい茶色が似合う」


 珍しくエドアルドがそんなことを言ってくれたので、リベリオのフロックコートは明るい茶色で、アスコットタイは白だった。


 エドアルドの好みの自分になれているだろうか。

 ドキドキしながら王宮に向かう馬車に乗ると、エドアルドが手を貸してくれる。馬車のステップを上がるのに困るような身長ではなくなっていたが、それでもエドアルドの手を握りたくてリベリオはその手を借りた。


 誕生日が近くなって、十六歳になりつつあるリベリオは身長は長身のエドアルドの胸くらいまでしかないが、成人女性よりも大きくはなっていて、成人男性の平均に届かないくらいだった。もう少し身長が伸びてくれたら成人男性の平均に届くのだが、最近、リベリオの身長は伸び悩んでいた。

 エドアルドはにょきにょきと身長が伸びていったので悩みなどなかったかもしれないが、リベリオはそろそろ自分の成長が止まるのではないかと考えていた。

 リベリオの実の父親であるブレロ子爵も背が高い方ではなかったと聞くし、レーナも長身ではない。エドアルドはジャンルカが長身で、今はジャンルカと同じくらいになっているので、遺伝なのだろうと一目で分かるが、リベリオはそういう遺伝子は持ち合わせていないようだった。


 馬車に揺られて王宮に着くと、アルマンドの私的なお茶会に招かれる。

 アルマンドとビアンカとジェレミア、ジャンルカとレーナとエドアルドとリベリオとアウローラとダリオだけのお茶会のはずだったが、国王陛下と王妃殿下も同席していた。


「ジャンルカ、よく来てくれた。早くジャンルカに宰相になってほしいのだが」

「兄上、そのようなことを声高に言わないでください。アマティ公爵領は流行り病の収束に向けて努力している最中なのです」

「その件について話したいと思っていた。様々な領地から、アマティ公爵領からの援助のおかげで流行り病が収束していると知らせを受けている。国からは援助金を出すくらいしかできなかったが、アマティ公爵領からは貴重な薬草が届けられたのだとか」

「カメーリアが作った薬草菜園でエドアルドたちが育てていたマンドラゴラが役に立ったのです。マンドラゴラをそのまま使うと足りなくなるので、生えている葉だけを使って、マンドラゴラにまた葉を生やさせて使うことをエドアルドが例の能力で見出したようです」


 「例の能力」というときにジャンルカが声を潜めているのが分かる。

 エドアルドの先見の目の能力は広く知られては、政治的に利用される可能性のある恐ろしいものだった。ジャンルカの兄である国王陛下がそのようなことをしないと分かっているのでジャンルカはエドアルドの先見の能力を打ち明けたのだろう。


「エドアルド、そなたにはこの国を何度も救ってもらっている。魔力臓が壊れる不治の病の治療法を見出し、魔物の大暴走が起きるのを予言して先んじて止め、今度は流行り病も収束させた。エドアルド、そなたに今度こそ褒賞を与えたい」

「いえ、そのようなことは」

「いつも遠慮するのだな。謙虚なのもいいことだが、望みを口に出すのも大切だ」


 望みを叶えてくれると言っている国王陛下にエドアルドは何を望むのだろうか。

 リベリオがエドアルドの顔を見詰めていると、エドアルドは俯いて返事をしない。


「エドアルド、なんでも言ってくれ」


 国王陛下の声に顔を上げたエドアルドが手を動かして、何かジェスチャーをしようとしたときだった。エドアルドの手がアルマンドのカップに当たった。

 アルマンドのカップに注がれていた紅茶が零れ、テーブルに広がる。


「申し訳ありません」

「気にしなくていい。すぐに片付けさせよう」


 国王陛下に命じられて布巾を持って来て紅茶を拭いた給仕が「うわっ!」と悲鳴を上げる。

 紅茶に触れた肌が火傷とは全く違うように爛れていた。


「エドアルドお義兄様、その紅茶は危険だと知らせたかったのですね!」

「そうなのか、エドアルド!」

「兄上、ここにいる給仕を全て部屋から出さないようにしてください! 誰も紅茶にもお菓子にも手を付けないように! 警備兵を呼べ! 給仕を一人一人取り調べるのだ!」


 鋭いジャンルカの命令に警備兵たちが部屋に入ってくる。手を爛れさせた給仕は手当てを受け、他の給仕たちは連れて行かれてしまった。


「これはアルマンド殿下を狙った暗殺計画なのではないですか!? アルマンド殿下、この場にある何も口にしてはいけません」

「分かった。ありがとう、リベリオ」

「エドアルドお義兄様は全てを見抜いていらっしゃいます。エドアルドお義兄様、この犯人もやはり……」

「リベリオ、証拠がない」

「そうでした。魔物の大暴走を起こして王都を襲わせようとしたのも、湖畔の別荘に行くときにわたしたちを襲ったのも、アマティ公爵領から流行り病を発生させたのも、今度の紅茶に何か仕込んだのも、まだ何も証拠がない。そうですね」


 悔しく思いながらリベリオが羅列していくと、国王陛下の青い目がリベリオに向けられる。


「流行り病も誰かが仕組んだものだというのか?」

「エドアルドお義兄様とわたしは魔力の相性がよく、長年魔力を受け渡ししていたので、お互いの魔力の流れを把握することができます。わたしが流行り病にかかったとき、エドアルドお義兄様はわたしの魔力の流れがおかしいと気付かれました。魔力の流れがおかしくなるということは、この流行り病が魔法で意図的に起こされたことを示しています」


 順序だてて説明すると、国王陛下の表情が曇る。


「そんなことをできる魔法使いがこの国にいるのか」

「誰かが雇ったのかもしれません。エドアルドお義兄様はその誰かが分かっているようなのですが、証拠がないのでお知らせすることができません」

「そうか。アルマンドには今後これまで以上に護衛を付けて警戒させる。報告してくれて感謝する、リベリオ」


 口下手で口数の少ないエドアルドの代わりに報告ができでリベリオは胸を撫で下ろしていた。

 大事な情報は過不足なく国王陛下にも伝わったようだ。


「アルマンド、安全が確保されるまでどんなお茶会、パーティーでも飲食物に口を付けないように」

「はい、父上」


 大人しく国王陛下に従う意思を見せるアルマンドに、アウローラが蜂蜜色の目を潤ませている。


「アルマンド殿下を困らせるだなんて許せませんわ。わたくしがその方を剣で一刀両断して見せますのに!」

「しないでね、アウローラ。アウローラの手を汚すのはわたしは悲しいよ」

「でもでも、リベリオお兄様!」


 本当に自分の身長より大きな剣を担いで飛び出していきそうなアウローラをリベリオはそっと止めた。


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