マンドラゴラの葉っぱを活用する方法はリベリオが考え出したはずなのに、エドアルドが「考えすぎてハゲる」というのを漏らしてしまったがために、エドアルドが見出したことになってしまっていた。
(違うのです、伯父上! これを考え出したのはリベたん! リベたんなのです! ぼくはハゲそうになってただけで! 遠慮とか謙虚とかじゃないの! 本当にぼくは何もしていないんです!)
心の中でどれだけ弁解しようとも、口にも表情にも出ていないので通じるはずがない。
言葉で通じないのならば、手を振ってでも否定しようと思ったが、その手がアルマンドのカップに当たってしまって、紅茶がテーブルの上に零れてしまった。
真っ白なテーブルクロスの上に広がる紅茶にエドアルドは焦る。
(なんてことを!? 申し訳ありません! 否定したいあまりにジェスチャーを使おうとしたら、こんなことに! ごめんね、アルマンド! まだ紅茶を注がれたばかりだったのに!)
まだ一口も飲まれていない紅茶がテーブルの上に広がっていくのを何もできず見ていたら、給仕が素早く布巾で拭き取ろうとしている。その給仕が悲鳴を上げたのにエドアルドは驚いた。よく見れば紅茶が手に触れたところが爛れているようだ。
(え!? なにこれ!? 毒!? 呪い!? ちょっと話してる場合じゃない! みんな、カップにもお菓子にも手を付けちゃダメだ! 危ない!)
エドアルドが心の中で警告を発するのと、ジャンルカが的確に指示をするのと同時だった。
手が爛れた給仕は手当てをされて、他の給仕は警備兵に連れて行かれて、残された国王一家とアマティ公爵家一家はテーブルから離れる。テーブルの上のものは全てそのままにして、警備兵が毒物が入っていたり、呪いがかかっていたりしないかを確かめるようだった。
偶然手が当たっただけなのに、エドアルドの功績になってしまったのは本意ではないが、大事な家族が誰も傷付かなかったのだけはエドアルドは心から安堵していた。
部屋を変えて、紅茶もカップもお茶菓子も全て魔法使いの毒物や呪いを感知する魔法をかけて安全だと証明されてから、お茶会の続きが始まったが、全員がどこか緊張している様子だった。
「エドアルドのおかげでまた助けられたな。アルマンドの紅茶には内臓を腐らせる毒が入っていたようだ。飲んでいたら命が危なかったかもしれない」
「恐れながら国王陛下、アルマンド殿下のカップだけに入っていたのですか?」
「今調べさせているが、そのようだ」
リベリオの問いかけに国王陛下が答えて、一同がざわつく。
「アルマンド殿下のカップに毒など……誰が……」
「あの場でアルマンドが倒れていたら、一番に疑われたのは、エドアルドかもしれないな」
「エドアルドお義兄様が!?」
国王陛下の言葉にリベリオは驚いているが、エドアルドはある意味納得していた。
(アルマンドのカップはぼくの手の届く位置にあった。それに、ぼくはアマティ公爵になるんだけど、王弟の息子として王位継承権を持っている。アルマンドが倒れて王位を継げなくなったら、ビアンカもジェレミアもいるけど、ぼくが王位を狙っていると噂を流してアマティ公爵家を陥れようとしている人物がいるのだったら、今回の事件はそのために仕組まれたとしか思えない)
冷静に判断しつつも、エドアルドは心配そうにエドアルドを見詰めて来るリベリオやアウローラやダリオの視線に心の中で悶えてしまう。
(お兄ちゃんのことをそんなに心配してくれて! もううちの弟妹がかわいくて天使で困るんですけど! お兄ちゃん、偶然カップを倒してしまったから疑われずに済んだけど、そうでなかったら大変だったよね。あぁ、かわいい愛しいリベたんにもこんなにも心配させて! 心配するリベたんもかわいくて抱き締めたいんだけど!)
そんな事態ではないと分かっているのに、リベリオを抱き締めたくなるのを必死にこらえるエドアルド。リベリオは蜂蜜色の眉を下げていた。
「エドアルドお義兄様こそ、狙われているのではないですか?」
「そうかもしれない。エドアルド、これまでの事件もアマティ公爵家を狙ったものだった。エドアルドも、アマティ公爵家のものたちも、これまで以上に警戒するように」
「はい、伯父上」
エドアルドが答えると、国王陛下と王妃殿下はお茶会の席から去って行った。これからアルマンド暗殺事件の取り調べに立ち会うのだろう。
紅茶を飲む気にもならず、お菓子を食べる気にもならない残されたものたちだったが、ダリオが身を乗り出してアルマンドに問いかける。
「アルマンドでんかも、わたしとおなじ、ひとのこころがわかるのですか?」
「ダリオにもその能力が発現してしまったのだったね。ぼくは他人の感情が少しだけ読めるよ」
「アルマンドでんかにこうちゃをそそいだひと、すごくこわがっていた……」
「ぼくも気付いていた。王太子に失礼がないように緊張しているだけだと思っていたけれど、こんなことだったとは」
「アルマンドでんか、だいじょうぶですか?」
「ありがとう。ぼくは平気だよ。こんな私的なお茶会でカップに何か仕込まれるなんて思わなかったけれど、普段から命を狙われることは少なくない」
王太子としてアルマンドは常に命を狙われるような生活をしているのだと思うと、エドアルドはアルマンドが気の毒になってくる。
(大変なアルマンド! 常にこんな悪意に晒されているからこそ、純粋で天使のアウたんを婚約者にしたんだね! アウたんがお嫁に行っちゃうのはものすごく寂しいけど、アルマンドなら我慢するよ! アウたんのことを大事にしなきゃいけないんだからね!)
まだ学園にも入学していないアウローラの嫁入りの日を思って心の中で男泣きしそうになっているエドアルドだが、アルマンドにはその気持ちが通じたようだ。
「アウローラのことは命を懸けて守るよ」
「逆ですわ。わたくしがアルマンド殿下を守ります!」
「アウローラは勇敢な騎士のようだね」
ぷくりと頬を膨らませて言うアウローラにアルマンドは笑っているが、アウローラが本気になれば自分の身長よりも大きな剣を筋力強化の魔法で操って、敵を倒しに行くのでエドアルドは心の中ですら笑ってはいられなかった。
「アルマンドでんかは、こののうりょくでこまったことはありますか?」
「ひとの感情が読めるというのは幸せなことではないよ。口で言っていることと心で考えていることが一致するひとなんてほとんどいないからね。特に貴族社会においては」
「わたしもつらいおもいをするでしょうか?」
「ダリオにはエドアルドもリベリオもアウローラもついている。健やかに大きくおなり。家族に守られてダリオはきっと嫌なものを見ずに大きくなれると思うよ」
嫌なものを見たときには、家族に相談すること。
そのひとの前ではその話はしないこと。
嫌な考えをするひとには警戒をして近付かないこと。
注意点を教えてくれるアルマンドに、ダリオは真剣に聞いているようだった。
お茶会の時間が終わって、ダリオとアウローラは馬車でタウンハウスに帰される。残ったリベリオとエドアルドとジャンルカとレーナは、晩餐会に出席する準備をしていた。
控室でタイが曲がっていないか、ブローチが曇っていないかを確かめているリベリオに、エドアルドはブローチをハンカチで磨いてあげて、タイを整えてあげる。
デビュタントはエドアルドも経験しているが、王妃殿下から国王陛下に紹介されて、国王陛下の前で男性は膝を突いて挨拶をし、女性はカーテシーで挨拶をするのだ。それが社交界へのデビューの証となる。
晩餐会で大広間に移動して、リベリオの名前が呼ばれるのを待っていると、リベリオは王弟のジャンルカの養子で公爵家の子息なので、一番に名前が呼ばれた。
「アマティ公爵家の子息、リベリオ・アマティです、国王陛下」
「挨拶を許す」
「リベリオ・アマティです」
膝を突いて立派に挨拶をするリベリオにエドアルドは感動してしまう。
(初めてアマティ公爵家に来たときには九歳だったリベたんが、もうデビュタントを迎えるだなんて! お兄ちゃん、涙で前が見えないよ! リベたん、かわいいだけでなく、格好よくてものすごく素敵だよ! リベたんが今世界で一番輝いているよ!)
リベリオの周りだけ光り輝いているような気がして、眩しさに目を細めつつ、エドアルドはこの記念すべき日を見届けた。
次々と社交界デビューしていく十五歳の貴族たちの挨拶が終わると、ダンスが始まる。
「リベリオ」
エドアルドは一番にリベリオの元に駆け寄ってダンスに誘った。
「エドアルドお義兄様、もう女性のパートも踊れますよ」
「順番に」
リベリオが女性のパートを踊ったら、次はエドアルドが女性のパートを踊って順番に踊っていけばいい。それはエドアルドの卒業式のプロムでも決めたことだった。
手を取るとリベリオが花が咲きこぼれるように微笑んでエドアルドに身を任せて来る。
(リベたんの最高の笑顔、いただきましたー!)
心の中で拳を天に突き上げてエドアルドが高らかに喜びを歌い上げていた。