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13.ボニート・フレゴリ宰相

 エドアルドにダンスに誘われて、リベリオが一番に思ったことは、今日はエドアルドに女性パートを踊らせるようなことはあってはならないということだった。

 学園のエドアルドの卒業のときのプロムではリベリオはダンスに女性パートと男性パートがあるということをすっかりと忘れていた。そのためにエドアルドに女性パートを踊らせてしまったのだ。

 リベリオが踊れない女性パートをエドアルドがどうして踊れたかについては、「練習した」と言っていたが、リベリオと踊ることを考えてくれていたのだろう。リベリオの方はそんなこと全く頭になくて、エドアルドに恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれない。


 自分の方が体格がきゃしゃでエドアルドは身長も高く体格もいいので、女性パートを踊ると似合わなかったのではないかと思っていたが、堂々と女性パートを踊るエドアルドは周囲も認める格好よさだった。

 今度こそ間違いなくリベリオが女性パートを受け持つべきだ。

 結婚したらリベリオの方が魔法薬を飲んで子どもを産むのだから。


 気合を入れてエドアルドの手を取ったリベリオだったが、エドアルドは「順番に」と言って、リベリオが女性パートで踊った後には、エドアルドが女性パートを受け持ってくれて、公平にしてくれた。


「いいのですか、エドアルドお義兄様?」

夫夫ふうふは平等」


 飾り気のない言葉を使うので素っ気なくも感じられるが、エドアルドはいつも格好いい。口数が少ないのも、素っ気ない喋りもリベリオには格好よくしか感じられなかった。


 エドアルドが女性パートを踊ってもリベリオが女性パートを踊っても、誰も笑うことはない。


「アマティ公爵家の御子息たちの素敵なこと」

「仲がいいのですね」

「わたしも結婚するならあんなに仲のいい相手としたいものです」


 噂になっている内容も好意的なものでリベリオは安堵していた。

 交代で女性パートを踊って休憩して大広間の隅に行くと、エドアルドが給仕から飲み物を受け取ってくれる。飲み物に手を翳して毒物が入っていたり、呪いがかかっていたりしないことを確かめて、エドアルドはリベリオにグラスを渡してくれた。

 ダンスで熱くなった体に冷たい葡萄ジュースが心地よい。


「これは、次期アマティ公爵殿ではないですか」


 声をかけてきた相手にエドアルドがリベリオの前に立ってリベリオを庇うようにする。挨拶をしたかったがリベリオはエドアルドの大きな体に隠れてしまった。


「エドアルド・アマティです。こちらは婚約者で義弟のリベリオ・アマティ」

「ボニート・フレゴリと申します。国王陛下も酷いことをなさる。アマティ公爵家のアウローラ嬢を王太子殿下の婚約者とする代わりに、次期アマティ公爵は義兄弟で、しかも男同士で結婚を命じるなど」


 痩せて枯れた気配の老人だが、その目がどこかぎらついているのが分かる。

 ボニート・フレゴリとは、現宰相の名前だった。エドアルドの後ろからボニートを観察しつつ、リベリオは眉間に皴が寄らないように一生懸命笑顔を作っていた。


「リベリオとの婚約はぼくも望んだものです。フレゴリ卿は、国王陛下のお決めになったことに文句がおありなのですか?」


 普段はほとんど喋らないエドアルドが怒気すら込めてボニートに向き合っている。


「まさか、そんなことはありません。お二人が幸せならばいいのです。ずっと幸せでいられるとよろしいですね」


 言葉の裏を返せば、自分の言うことを聞かないとずっと幸せにはさせないぞ、とでも言っているようなボニートだが、エドアルドもリベリオも、形だけの宰相のボニートにそんな権力はないことは知っていた。

 できることは嫌がらせくらいだろうが、それもいつかは露見する。

 魔物の大暴走の事件から、湖畔の別荘に向かうアマティ公爵家の馬車を襲った事件、アマティ公爵領から流行り病を発生させた事件、そして今日のアルマンドの暗殺未遂事件。全てがリベリオにはボニートが怪しく思えてならなかった。


「フレゴリ卿、ぼくとリベリオはずっと幸せなので、ご心配なく」


 リベリオを引き寄せて抱き締めるようにして見せつけるエドアルドに、ボニートは皴の刻まれた顔を引きつらせて笑って離れて行った。

 エドアルドはボニートが離れた後でリベリオとエドアルドの飲み物をもう一度手を翳して調べ、異変がないことを確かめて飲み始めた。


「エドアルドお義兄様、あんなに喋れるのですね」

「ぼくも貴族だから」

「格好よかったです」


 貴族としての責務があればエドアルドはあんな風に長文もすらすらと喋れるのだろう。エドアルドの格好よさに痺れていると、アルマンドがエドアルドとリベリオに近付いてきた。


「宰相殿と話していたようだね」

「不快だった」

「ぼくも不快だよ。あの宰相からは悪意が伝わってくる」


 他人の感情を読めるアルマンドにとっては、宰相の悪意が言葉尻だけでなく、実際に感じられるのだろうからそれは深いだろう。

 気の毒に思っていると、アルマンドが声を潜めてエドアルドに囁いているのが聞こえた。


「お茶会の件、ぼくは彼を疑っている」

「ぼくも」

「エドアルドもか。特別な能力を持つエドアルドが言うのならば、間違いなさそうだな」


 納得するアルマンドに、エドアルドが「いや、ちが」と言っているが、リベリオはそれを聞いてしまった。


「血が……流れるというのですか?」

「そうなのか、エドアルド?」

「どこかで血が流れる。エドアルドお義兄様はそれを予見したのですね」


 先見の目でエドアルドはどこかで内乱でも起きて血が流れる場面を見たのだろう。そうに違いないとリベリオはエドアルドの手を引いてアルマンドと共にジャンルカとレーナが踊り終えて大広間の隅で休んでいるところに行く。


「義父上、エドアルドお義兄様から言いたいことがあるそうです」

「ちが……」

「どこかで内乱でも起きて血が流れる事態になるのではないかとエドアルドお義兄様は見たようなのです」


 他人のいる場所なので「先見の目」という具体的な内容は口には出せなかったが、ジャンルカはそれだけでも理解したようだった。


「アルマンドのお茶会の件といい、アマティ公爵領に仕掛けても意味がないどころか、アマティ公爵領の名を上げるだけと分かったから、次は内乱を起こそうというのだな」

「そうだと思います」


 アルマンドをお茶会で暗殺しようとした件に関して、リベリオも考えていることがあった。アルマンドがいなくなってもビアンカやジェレミアはいるが、まだ成人になっていないので、すぐに王位を継げるわけではない。

 アマティ公爵領を狙って流行り病を発生させたが、それでアマティ公爵領は名を落とすどころか、すぐに対処して、他の領地まで救って名を上げてしまった。

 こうなったら、国王陛下に対して反乱を起こして国を乗っ取ってしまおうとまでボニートは考えたのではないだろうか。


「カメーリアの実家はこの王朝が建つ前の王朝の王家だった。カメーリアは王女となるべき存在だったが、王位とは決して幸せなものではない。カメーリアが生まれてすぐに母親が亡くなって、一人娘にそんなものを継がせるのは忍びないと前の前の国王陛下は従兄弟だったわたしの父上に王位を譲った」


 ジャンルカの話では、前の前の国王陛下に他にも従兄弟がいて、その子どもとボニートが接近しているのではないかという話だった。


「フレゴリ卿の動きを止めなければ!」


 内乱が起きればこの国は分裂して争うことになる。前の王朝の血を引くものを国王として立てて今の国王陛下と争わせる企みが水面下でもう始まっているのならば、それを止めなければいけない。


 ボニート・フレゴリの思うままにしてはいけないとリベリオはエドアルドの顔を見た。

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