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14.内乱の気配

 リベリオと踊るダンスはとても楽しかった。

 女性パートを順番に交代して、リベリオをリードしたり、リベリオにリードされたり、とても幸せな時間だった。


(夫夫は平等なんて言っちゃったけど、夫夫なんて気が早かったかな? リベたんにびっくりされてないかな? リベたんはぼくと夫夫になってくれる?)


 女性パートをリベリオが一人でしようとしていたときに口から出た言葉が大胆すぎなかったか考えてしまって心の中で赤面するエドアルドに、リベリオはうっとりと体を任せてくれていた。


(細い腰! 長くてしなやかな脚! 薄いけど男性らしくしっかりとしてきた胸板! リベたんはなんてかわいくて格好いいんだろう! ふわふわの髪は天使のようだし、薔薇色の頬はかわいくてたまらないし! あぁ! ここに誰もいなかったら、抱き締めてリベたんの顔中にキスを降らせているのに!)


 下心で鼻の下を伸ばしているのだが、それも脳内だけのことで表情には出ない。こういうときは無表情でいるのも悪くないとエドアルドは思ってしまった。


 ダンスが終わって大広間の隅で休んでいると、ボニート・フレゴリが話しかけてきた。現宰相だが既に齢は七十を超えて、引退を望まれているのにそれを受け入れようとしない老害だ。

 エドアルドは反射的にリベリオを自分の体の後ろに隠していた。


 ボニートとの会話では、自分自身もびっくりするくらい言葉がすらすらと出てきた。

 学園の発表のときには言葉に詰まるようなことはなかったし、普通に授業でも発言できていたので、エドアルドが口下手になってしまうのには、身内に対してだけという制限でもあるようだ。


 リベリオとの婚約や結婚を嫌なもののように言うボニートに怒りを覚えつつ、リベリオの前でしっかりと宣言すると、リベリオがエドアルドを見上げてきているのが分かる。

 その蜂蜜色の瞳には尊敬や愛情が見えて、人前に関わらずリベリオの唇を自分の唇で塞いでしまいたい衝動に駆られて、エドアルドはそれに耐えていた。


(まだダメ! ここは人前だし、リベたんはもうすぐ十六歳と言えども、未成年! リベたんの唇を奪うのはリベたんが成人してからにしなくちゃ! 我慢だ、エドアルド! ぼくなら我慢できる!)


 忌々しそうに舌打ちしてボニートが去った後で、入念に飲み物に細工されていないか確かめてから休憩を続けようとしたエドアルドとリベリオにアルマンドが近寄ってくる。

 アルマンドはボニートとエドアルドの会話を聞いていたようだった。


 他人の感情が読めてしまうアルマンドはボニートから不快な感情を受け取っていたようだ。エドアルドも不快になったと率直に言うと、アルマンドはお茶会での紅茶に異物が混入していた件に関して、ボニートが怪しいと言って来る。

 エドアルドもそうだと思っていたのだが、ここでリベリオが勘違いを発動した。


(リベたん、お兄ちゃんに先見の目なんてないんだからね! お兄ちゃんは状況を見てフレゴリ卿が怪しいって言っているんであって、先見の目で見たんじゃないよ! 違うよ! 違うんだからね!)


 そう言ったつもりで、「いや、ちが」と口にすれば、リベリオはそれを「血が」と言ったと勘違いしてしまう。


(待って! リベたん、内乱ってどういうこと!? 血が流れるなんてぼく、言ってないよ!? 違うって否定しようとしただけだよ!? リベたん、ちゃんとぼくの話を聞いて!?)


 それなのにジャンルカの元にリベリオとエドアルドとアルマンドで行って、報告をする羽目になっていた。

 内乱という単語を聞いてジャンルカは思い至ることがあったようだった。


 現在の王朝は前の国王陛下の代から始まっている。その前の王朝は前の国王陛下の従兄弟が国王陛下で、娘を産んだときに母親が死んでしまって、一人娘に王位を継がせるのは酷だと考えた前の王朝の国王陛下が、自分の従兄弟に王位を譲ったのだ。

 それが現在の国王陛下とジャンルカの父親である。

 前の王朝の国王陛下の娘は、ジャンルカの妻であり、エドアルドの母親のカメーリアだった。


(え!? 待って! 内乱、起こすとしたら、ぼくを担ぎ上げるんじゃない!? それで負けたとなれば、アマティ公爵家はお取り潰しになる! それを狙ってるんじゃない!?)


 先見の目などなくてもそんなことは分かる。

 愕然としたエドアルドはジャンルカに告げていた。


「フレゴリ卿が担ぎ上げようとしているのは、ぼく?」

「エドアルドがそんなことに加担するはずはないと思って頭になかったが、そうかもしれない。エドアルドは前の王朝の王女だったカメーリアの血を引いているのだからな」


 他の従兄弟の子を担ぎ上げるよりも、エドアルドを担ぎ上げた方がずっと信憑性があるはずだし、何よりも内乱を失敗に終わらせてアマティ公爵家を取り潰しにすることができる。


「エドアルドお義兄様を狙っているというのですか? エドアルドお義兄様がそんなことに加担するとは思えないのですが」

「いや、リベリオ、エドアルドが人質を取られたとすれば?」

「人質!?」


 アルマンドの低く抑えた声に、リベリオが口元を押さえて青ざめる。


「リベたん……」

「リベリオは王都のタウンハウスに一人で暮らしている。リベリオは剣術も優れていなければ、攻撃魔法もないと聞いている。狙うのならばリベリオではないのかな?」

「そうでした。エドアルドお義兄様が『隙』と言ったのです。決して隙を見せるなと。それはこういう意味だったのですね」


 話がどんどんエスカレートしているが、それもあり得ないことではない。何より、リベリオが内乱の話を言い出したのだ。


(よく分からないけど、リベたんがぼくの言葉を曲解するときって、不思議と当たるんだよね。リベたんにこそ先見の目があるんじゃないかと思ってるんだけど、間違いないのかな? リベたんの言うことなら信じてもいいと思う)


 エドアルドには先見の目はないが、エドアルドの口にしたことをリベリオが曲解するとなぜか予言になってしまって当たることには気付いていた。先見の目を持っているのはリベリオなのではないかとエドアルドは思うのだが、それをうまく口に出すことはできない。


「指輪を」

「はい。指輪を肌身離さず身に着けておきます。何かあったときには、エドアルドお義兄様を呼べるように」


 呼び合う移転の魔法がかかった指輪を作っておいてよかったとエドアルドは心から思っていた。何かあればリベリオはエドアルドを呼べるし、閉じ込められればエドアルドの元に飛んでこられる。


「父上、リベリオの護衛を」

「護衛を増やそう。学園に通学する馬車も魔法のかかった頑丈なものにして、護衛たちに取り巻かせて移動させよう」


 約束してくれるジャンルカにエドアルドは少しだけ安心していた。


 王都での晩餐会が終わると、その日はタウンハウスに戻って、翌日からはアマティ公爵領に家族全員で帰る。学園は冬休みの期間に入っていたから、アマティ公爵領で平穏に過ごすことができる。


 リベリオの誕生日にはアマティ公爵家でお茶会が開かれた。

 招待しているのも少数で、リベリオのクラスメイトが数名と、アルマンドとビアンカとジェレミアくらいだったので、少数のお茶会でリベリオは祝われた。


「リベリオ様おめでとうございます」

「十六歳になられたのですね。結婚まで残り二年、エドアルド兄上は待ちきれないのでは?」

「ジェレミア、婚約者をからかってはいけないよ。リベリオ、おめでとう」


 ビアンカとジェレミアとアルマンドに祝われたリベリオはからかわれたのも含めて、恥ずかしそうに頬を染めていた。


(薔薇色に頬を染めるリベたんのかわいさ無限大! 百点満点どころか一億点、いや一兆点でも足りない! リベたんのかわいさと平穏を守るためにお兄ちゃんはこれまで以上に頑張っていくよ!)


 十六歳になったリベリオを見詰めながら、エドアルドは心に強く思うのだった。

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