リベリオの誕生日はアマティ公爵領で安全に祝われた。
お祝いに来てくれたアルマンドとアウローラは真剣に話していたようである。
「わたくし、王太子妃になりましたら、わたくしが率いる女性だけの騎士団を作りたいですわ」
「親衛隊だね」
「筋力強化の魔法を使えば女性も男性と同じく戦えます。女性に新しい道を開きたいのです!」
「素晴らしいことだと思うよ、アウローラ」
そこは兄としては止めてほしかったリベリオだが、アルマンドはアウローラの暴走を止めようとは考えていないようだった。
「その親衛隊、素敵ですわ! わたくしも魔法騎士として入隊したいです」
「ビアンカ殿下も! 大歓迎ですわ!」
ビアンカまで賛同してしまってリベリオは口を挟めない雰囲気になってしまう。
少人数なので大広間を使わず客間を使っていたが、テーブルに焼きたてのアップルパイにアイスクリームを添えたものが運ばれてくる。蕩けるアイスクリームには勝てないのか、アウローラとビアンカも座って食べ始めた。
「エド、アウローラが……あ!」
エドアルドに相談しようとして、二人きりのときだけの呼称を使ってしまって、リベリオは顔を赤くする。それに気付いている様子だがエドアルドは訂正することはしなかった。
「『エド』か。いいね。二人は本当に仲睦まじい様子で」
「言わないでください、アルマンド殿下」
「ぼくのこともアルマンドと呼んでくれたらいいのに。義理の従兄弟なのだからね」
「それは恐れ多いです」
王太子殿下を呼び捨てにはできないというリベリオに、「エドアルドは『エド』なのにね」とアルマンドが言って、リベリオはますます赤くなってしまった。
「リベリオおにいさま、エドってだれですか?」
「ダリオは知らなくていいんだよ」
「リベリオお兄様がそんな風にエドアルドお義兄様を呼んでいるだなんて、初めて知ったわ」
「忘れて、アウローラ」
弟妹にも言われてしまって恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だったが、エドアルドにアップルパイを勧められてリベリオは冷たいアイスクリームを熱々のアップルパイに乗せて食べる。蕩けるアイスクリームがパイ生地にしみこんで美味しい。
アップルパイで少し気持ちを持ち直したリベリオだったが、アルマンドが食べる前に入念に魔法で毒が入っていないか、呪いがかかっていないか調べているのに胸が痛む。ただでさえ周囲の感情を感じ取ってしまうのに、王太子というのはこんなにも気を付けなければいけないのかと思うと気の毒になる。
アップルパイを食べ終わるとお茶会はお開きになった。
王都に帰って行くアルマンドとビアンカとジェレミアの馬車を見送っていると、エドアルドがリベリオの肩を抱いた。背が高いので肩を抱かれるとエドアルドに抱き締められているような形になってしまう。
「エドアルドお義兄様……」
「リベリオ、ぼくから離れないで」
耳元で囁かれてリベリオはハッとする。今狙われているのはアルマンドだけではない。リベリオもなのだ。
エドアルドは魔法や剣術で戦う術を持っているし、アウローラは肉体強化の魔法と剣術を使えば身を守ることができる。ダリオはまだ小さいのでお屋敷から出ることはないし、出る場合にはジャンルカとレーナがいつもそばについている。
それに対してリベリオは剣術も使えないし、魔法も癒しの魔法しか使えないので、攫おうと狙うとすればリベリオが一番容易い相手だった。
何より、リベリオはエドアルドの婚約者である。
婚約者を攫われては、エドアルドは相手の言う通りにしてしまうだろう。
優しいエドアルドのためにも、リベリオはこれまで以上に警戒して過ごさなければいけなかった。
冬休みが終わればリベリオは学園に通うために王都のタウンハウスに戻る。
護衛はつくのだが、エドアルドとも離れて王都のタウンハウスに一人で暮らさなければいけないのは不安でもあった。
「学園が始まっても、毎週末、アマティ公爵領に帰ってきます」
「指輪は使わない方が」
エドアルドに指摘されてリベリオは気付く。指輪を一度使ってしまえば魔力を補充するのに一週間くらい時間がかかってしまう。指輪を使わずに移動するとなると、馬車と列車で時間がかかるのだが、指輪の魔力はいざというときに取っておいた方がいいだろう。
「分かりました。そうします」
「リベリオ、本当は帰らない方が」
「え……?」
アマティ公爵領で過ごす時間はエドアルドと過ごせる時間でもあるし、安心して家族に守られている時間でもある。アマティ公爵領に帰らないとなると、リベリオはエドアルドと過ごす時間が少なくなってしまうし、王都のタウンハウスで一人で寂しく過ごさなければいけなくなってしまう。
「何か見えたのですか? わたしが襲われる場面……もしかして、移動中に!?」
湖畔の別荘に行くときにも移動中に馬車を狙って襲われた。移動中にも護衛が付いているとはいえ、無防備になる瞬間がないとは言い切れないのだ。
「リベリオの傷は癒すことができない」
癒しの魔力を持っているものは、他者からの癒しの魔法を受け付けない傾向にある。非常に魔力が近ければ癒せることもあるのだが、それで考えると、リベリオの傷はレーナしか癒せないことになる。レーナは元々魔力の高い方ではないし、リベリオが大怪我を負ってしまえば癒しきれない可能性もある。
「わたしが怪我をする場面を見てしまったのですね。分かりました。学園が始まってもしばらくの間はアマティ公爵領に帰らないことにします」
こういうときはエドアルドの先見の目を信じたほうがいい。一人で王都のタウンハウスで過ごすのは寂しいが、自分の身を危険に晒して、エドアルドに迷惑をかけるよりもずっとよかった。
エドアルドと話している間に見送りも終わり、リベリオとエドアルドとアウローラとダリオとジャンルカとレーナはお屋敷の中に戻った。
リベリオの誕生日が終わると、冬休みが終わるのもすぐだった。
荷物を纏めて王都のタウンハウスに帰るリベリオを、エドアルドは馬車に乗り込み、駅まで送ってくれた。
「しばらく会えなくなるけど、通信をする」
「はい。毎日通信で話しましょう」
「リベリオ、大好き」
「わたしもエドのことが好きだよ」
横に座る大きな手がリベリオを引き寄せて抱き締める。
エドアルドの顔が間近に見えて、リベリオは目を閉じた。
エドアルドの唇がリベリオの額に、頬に、閉じた瞼に、鼻先に落ちて来る。唇には口付けられなかったが、それだけでリベリオは胸がいっぱいになってしまう。
「エド……エド……」
「リベリオ」
がっしりとした背中に手を回して抱き着くと、エドアルドも抱き締め返してくれる。甘い抱擁と顔に降ってくるキスに酔っていると、馬車が停まったのに気付いた。
そろそろお別れだ。
「エド、タウンハウスに戻ったら通信する!」
「待ってる」
「エド、大好き」
もう一度深く抱き締め合ってリベリオはエドアルドに手を貸してもらって馬車から降ろしてもらって、列車の個室席に向かった。窓から列車のホームを見ているとエドアルドが手を振っているのが見える。
リベリオも大きく手を振ってエドアルドに何度も呼びかけた。
「エド! エド! すぐに会えるよね?」
「リベリオ!」
エドアルドもリベリオの名前を呼んで応えてくれる。列車が動き出すまでリベリオはエドアルドに手を振り続けていた。
個室席は三人掛けのベンチが向かい合わせになっていて六人座れるのだが、そこにリベリオは一人きり。個室席の入り口には護衛が立っていて、リベリオを守ってくれているはずだ。
家族で乗るときには個室席が狭く感じられるのに、今はがらんと広く感じられて、冬の寒さも相まってどこか冷え冷えとしている。
コートの前を合わせてマフラーも巻きなおして寒さを堪えようとしたリベリオの耳に、護衛の声が響く。
「列車の故障だと?」
「駅ではない場所に列車が止まっている」
廊下に顔を出してみると護衛がリベリオを見る。
「若様、個室席に入っていてください」
「列車が動かなくなったの?」
アマティ公爵領を出発して次の駅に着かないくらいのところで列車は止まってしまっているようだった。
嫌な予感がする。
個室席に駆け込んでドアを閉めたリベリオに、廊下で「ぎゃっ!」という悲鳴が聞こえた。
「アマティ公爵家の御子息はこちらですかねぇ?」
個室席のドアから異様な匂いが流れ込んできて、リベリオは意識が遠くなるのを感じていた。