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16.攫われたリベリオ

 リベリオにアマティ公爵領に帰ってこないように言うのは、エドアルドはものすごくつらかった。


(リベたんと離れているだなんて、ぼく、無理だよ! でも、リベたんが一番無防備になるのは移動中だから、アマティ公爵領と王都のタウンハウスとの行き来を減らさなきゃいけない! リベたんと毎週末会えなくなるなんてつらい! ぼく、泣いちゃう!)


 心の中で涙をこらえながら、エドアルドはリベリオにアマティ公爵領に帰ってこないように告げた。指輪の魔力もできれば何かあったときに取っておきたかったから、使わないようにしないといけない。

 そうなるとエドアルドとリベリオが次に直に会えるのは学園の夏休みになってしまう。

 それまでにはエドアルドはジャンルカから公爵の座を譲られて、ジャンルカは宰相になっているはずだから、ボニート・フレゴリの企みを退けられるようにはなるかもしれない。

 今はまだ冬。

 夏までは半年近くあって、そんなにも長い間リベリオと離れなければいけないのかと思うとエドアルドは胸を引き裂かれそうだった。


(そうだ! アマティ公爵として王都での仕事を頼まれることがあるかもしれない! そのときに堂々と王都に行けばいいんだ! リベたんには寂しい思いをさせるけど、お兄ちゃんももっと寂しいから、二人で耐えようね!)


 これがリベリオのためだと分かっていても、エドアルドは悲しみを抑えきれなかった。


 リベリオが王都のタウンハウスに帰る日、エドアルドは時間を作ってリベリオと同じ馬車に乗って列車の駅までリベリオを送って行った。離れがたくて馬車の中でリベリオを抱き寄せて、その丸みの残る頬に、秀でた額に、かわいい鼻先に、閉じた白い瞼に唇を落としていると、体が熱くなってくる気がする。


(あぁ、頬を薔薇色に染めてぼくのキスを受けるリベたんの美しいこと! こんなに美しいリベたんが誰かに害されるなんてことはあってはいけない! あぁ、リベたんは美しい! 目を閉じた睫毛の長さなんて、ガン見しちゃう!)


 やましい心と守りたい気持ちが混ざり合うエドアルドにリベリオは気付いていないようだった。

 馬車が停まって、御者が待っているのは分かっていたけれど、エドアルドはなかなかリベリオを解放することができずにいた。


 列車のホームに立つと、個室席の窓側に座るリベリオが見えた。手を振るとリベリオが気付いてくれる。

 エドアルドの名前を何度も呼んで名残を惜しんでくれるリベリオが愛おしくてならない。

 列車が見えなくなるまでエドアルドはリベリオの乗った列車を見送ったのだった。


 リベリオを見送って馬車に乗り込みアマティ公爵家に帰ると、ジャンルカがエドアルドに駆け寄る。


「列車が何者かによって止められて、次の駅に着いていないという報告を受けた」

「リベリオが?」

「そうだ。リベリオが乗った列車に間違いない」


 嫌な予感がしてエドアルドが左手の薬指の指輪を撫でると、自分の身長よりも大きな剣を持ったアウローラが臨戦態勢でエドアルドに突撃してくる。


「リベリオお兄様が襲われているかもしれないのでしょう? わたくし、助けに行きます!」

「アウローラ、どこにいるかも分からないのだ。闇雲に出ても見つからない」


 冷静なジャンルカがそう言うが、エドアルドは左手の薬指の指輪をさすって、もう決めていた。


「リベリオの元に飛びます」

「できるのか?」

「はい」


(ごめんね、リベたん。怖がらせるかもしれないから話してなかったけど、リベたんの意識がなくて僕を呼べなかったりすることがあるでしょう? そのときのために、お兄ちゃんはちゃんと魔法を調整してもらっていたのです! この指輪は相手が呼ばなくても、もう一つの指輪のところに飛んでいける魔法がかかっているんだよ!)


 指輪の魔法を使おうとすると、自然とアウローラがエドアルドの手を握ってくる。リベリオならばアウローラに危ないことはさせたくないと止めるのだろうが、エドアルドはアウローラの剣術の腕も魔法で筋力強化できることも知っていたので、止めなかった。


 アウローラと共にエドアルドが指輪の移転の魔法で飛んだ先は、どこかのお屋敷の離れのような場所だった。薄暗く窓も木で打ち付けられて出られないように閉められている埃っぽい部屋の中に、リベリオが縛られて倒れている。駆け寄ったアウローラが自分の身長より大きな剣を抜いてリベリオを拘束する縄を断ち切っていた。


「だれ……?」

「リベリオ、ぼくだ」

「リベリオお兄様、わたくしです。アウローラよ」

「エド……アウローラ……」


 何か魔法を使われたのか意識がはっきりしないリベリオをエドアルドは抱き起す。魔法で部屋の中に光の珠を作りだして照らすと、部屋には手を縛って立たせる天井から吊り下がった鎖や、鞭が見える。

 すえた臭いがしているのも、ここが拷問に使われていた証拠なのだろう。


「アマティ家の御子息はものすごい美形って話じゃないか」

「手を出すなよ? 交渉材料だからな?」

「ちょっとくらいいいだろう? 男なんだし、一回や二回、ヤっちまったところで、魔法薬がなければ妊娠するわけでもないし」


 下卑た声が閉ざされたドアの向こうから聞こえて、エドアルドが怒りに身を任せて魔法を発動する前に、アウローラがドアを蹴り破っていた。


「うちのお兄様になんてこと考えているのよー! 許さないわ! 全員去勢してやる!」


 身長より大きな剣を振り回すアウローラにごろつきらしい男たちが悲鳴を上げて逃げようとする。


「凍て付け!」


 逃げられないように足を凍らせてエドアルドはリベリオを抱いてその拷問部屋から出た。

 誘拐犯は移転の魔法を使ったようで、この屋敷がアマティ公爵領ではない場所にあるのはなんとなく分かった。


 リベリオをお姫様抱っこしてアウローラが剣の平の部分で男たちをぼこぼこにしているのを眺めながら、エドアルドは母屋の方に向かう。

 歩いて行くエドアルドに男たちに制裁を加えて満足したアウローラもついてくる。


「エド……わたしは……」

「リベリオ、もう大丈夫」

「エド……」


 意識がもうろうとしている中、涙を流してエドアルドを呼ぶリベリオを安心させていると、母屋から一人の見知った老人が出てきた。


(やっぱりお前か! ボニート・フレゴリ! もう逃げ場はないからな!)


 魔法かアウローラの剣か、出てきたボニート・フレゴリにどちらで引導を渡してやろうかと考えるエドアルドだが、ボニートは警護の兵士に命じる。


「わざわざ出向いてきてくれたなら好都合。わたしの計画に乗ってもらおう。お前たち、そいつらを捕らえろ!」


 わらわらとわいてくる警護の兵士たちに、アウローラの剣技が光る。

 致命傷にならないが武器が持てないように手足を重点的に狙って、切りつけるアウローラに警護の兵士たちは全く敵わない。


「風よ! 切り裂け!」


 その上エドアルドの魔法まで加勢するので、警護の兵士たちはすぐに倒れて、ボニートだけが残った。


「くっ……! 一筋縄ではいかないとは思っていたが、ここまでとは」

「王都で魔物の大暴走を起こそうとし、湖畔の別荘に行こうとしていたぼくたちの馬車を襲わせ、アマティ公爵領で流行り病を起こし、アルマンドの暗殺を企んだのはお前だな?」


 これまでにないほど口が滑らかに動くのは、エドアルドの脳が怒りで燃えているからかもしれなかった。


(かわいいリベたんを怪しい薬で意識朦朧とさせたのも、今までの悪行も許さない!)


 ボニートを睨み付けて詰問すれば、ボニートが笑い出す。


「だからどうした? 貴様らはわたしの傀儡となるから、もうそのことを言及するものもいない!」


 懐から香炉のようなものを取り出したボニートが自分の口を覆いながらそれに魔法で火をつける。

 奇妙な香りが煙と共に立ち上ろうとしたとき、エドアルドは素早く魔法を放っていた。


「水よ!」


 大量の水がバケツをひっくり返したようにボニートに降りかかり、香炉の火が消えてしまう。


「な、なにぃ!?」

「アルマンド殿下を狙ったなんて許されないわ! 成敗します!」


 飛び上がったアウローラの剣が、ボニートの持っていたびしょ濡れの香炉を真っ二つにした。


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