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17.操られたリベリオ

 エドアルドとアウローラの声が聞こえるような気がする。

 頭にもやがかかったようにはっきりせず、リベリオは目を開けられずにいた。何が起きているのか分からないが、エドアルドの力強い腕で抱き締められていることだけは感じる。

 逞しい腕からはエドアルドの体温が感じられて落ち着くのだが、リベリオはどうしても体を動かすことができずにいた。


 何かが割れる音が響いた瞬間、ボニートの声がリベリオの頭の中に響いた。


『目を覚まし、剣を拾うのだ。その剣を自分の首筋に当てろ!』


 命じる声に抗えず、体が勝手に動く。目を覚ましたリベリオが腕から降りたがるとエドアルドはそっと優しく地面に降ろしてくれたが、その温かい手から逃れてリベリオの手は勝手に地面に落ちていた警護の兵士の剣を拾って首筋に当てていた。

 ふつりと皮膚が切れる感触がして、痛みが広がる。

 血が流れている気配もするのに、リベリオは自分の思うように体を動かせない。


「アマティ公爵家の氷の公子様、婚約者を見捨てることができますか?」


 いやらしい口調でボニートが言っているのに、リベリオは自分の頬を涙が伝っているのに気付いていた。

 恐らくリベリオはボニートに傀儡にする香を吸わされてしまったのだろう。

 自分の意思で体を動かすことができない。


「さぁ、婚約者に哀れっぽく命乞いをするのだ!」


 命じられて口が勝手に動く。


「エドアルドお義兄様、助けてください。殺されてしまう」

「リベリオ……」

「リベリオお兄様を人質にするだなんて卑怯だわ!」

「卑怯とは誉め言葉だな。さて、どうなさいますか? わたしが命じれば彼は自分の首を落としますよ?」


 エドアルドとリベリオの距離は二歩ほど。

 エドアルドならば一瞬で詰められる距離だった。


「それより先にわたくしがあなたの首を落とすわ!」

「勇ましいお嬢さんだ。ほらほら、兄上の首が切れていきますよ?」


 命じられるまま剣に力を込めたリベリオの首から血が流れていく。自分の意思がないので躊躇いなく切っているようで、首の血管を傷付けたようだ。どくどくと流れる血に意識がもうろうとしている中でもどうすればいいのか必死に考えていると、ボニートがエドアルドに囁く。


「婚約者殿は完全にわたしの傀儡になっているのですよ。傀儡になる香の魔力に侵されているのです。命を救いたければ、あなたたちもわたしの傀儡になるのだ!」


 エドアルドを自分と同じになどさせられない。

 自分の命はなくなっても構わないから、エドアルドとアウローラを助けたい。

 リベリオは必死に抵抗しようとするが、指一本自分の意思では動かせない。


 エドアルドとアウローラに逃げろと言いたいが、それもできない。


 ただ首の痛みと流れ出る生暖かい血だけが鮮明で、それ以外がもやのかかったようにもうろうとしているリベリオに、エドアルドが無言で近付いてきた。

 エドアルドの手が無造作に剣を掴む。刃の部分を掴んでいるのでエドアルドの手も切れているのだが気にせずにエドアルドはリベリオの唇に自分の唇を押し付けた。


 操られている体が勝手に抵抗しようとするが、それを許さず、もう片方の手でしっかりと顎を掴んだエドアルドがリベリオの魔力を吸い取っていく。


 頭の中にかかるもやが晴れていくような感覚と共に、リベリオは自分の体の自由を取り戻していた。

 吸い出した魔力をエドアルドが地面に吐き捨て、足で踏み躙る。

 黒い凝った闇のようなものは霧散して消えて行った。


「え、どあるど、おにいさま……」

「リベリオ」


 剣で切れた手でリベリオの手から剣を取って捨て、怪我をしていない方の手でエドアルドがリベリオの首の傷を押さえて止血してくれる。


「傀儡の魔法を吸い取っただと!?」

「これでお終いよ!」


 魔力を急激に失って、首からの出血も多くて倒れそうになっているリベリオをエドアルドがしっかりと抱き上げて、アウローラがボニートの首に剣の切っ先を突きつけた。


「エドアルド、リベリオ、アウローラ! 無事か!」

「父上!」

「お義父様、なんでここに!?」

「お前たちが心配で、アウローラの剣には追跡の魔法をかけていたのだよ」


 ジャンルカが現れて、それに伴い、警備兵たちもぞろぞろとボニートの屋敷に入ってきて、ボニートを確保した。


「なぜわたしが……! 謀反を企んでいたのはアマティ公爵家だ!」


 最後までそんなことを口にしながら、ボニートは連れて行かれた。

 ジャンルカが連れてきた警備兵の中には移転の魔法を使えるものがいたようで、ジャンルカはアウローラの剣にかけられた追跡の魔法を使ってアウローラの位置を確認して、移転の魔法で飛んできたようだった。


「リベリオ!? 血まみれではありませんか!?」

「義母上、リベリオを」

「はい、すぐに治療します」


 癒しの魔法が使えるリベリオは、他の相手の癒しの魔法を受け入れられないという体質だった。それでも血が近くて魔力が限りなく近いレーナの癒しの魔法なら受け入れられる。

 大きなエドアルドの手で止血されている首の傷をレーナが癒してくれた。


 レーナはエドアルドの手の傷も癒す。

 服は血塗れになったが、傷も治ったのでエドアルドから降ろしてもらったが、失った血液は戻っていないのでふらつくリベリオをエドアルドが支えてくれる。


「リベリオが心配だったのは分かりますが、エドアルドとアウローラだけで行くようなことをしてはいけませんよ」

「心配したのだよ」

「すみません、父上、義母上」


 涙ぐんで言うレーナと、心から心配そうなジャンルカに、エドアルドが謝っている。


「もとはと言えば、わたしが攫われたから……」

「リベリオは悪くない」

「リベリオのせいではないよ。リベリオは無事で本当によかった」

「リベリオ、取り調べが終わったらみんなでアマティ公爵領に帰りましょう。リベリオには休息が必要です」


 エドアルドもジャンルカもレーナもリベリオのことを全く責めないどころか、心配してくれている。優しいエドアルドとジャンルカとレーナに、リベリオは涙が出そうになった。


 警備兵の詰め所で取り調べが行われて、ボニートが傀儡の魔法でリベリオを操って、エドアルドとアウローラにも傀儡の魔法をかけて、王座を狙う内乱を起こさせてアマティ公爵家を取り潰しにさせようというボニートの企みも明らかになった。

 ボニートは即座に宰相の座を降ろされて、宰相の座は空席となり、ボニートは国の転覆を諮った政治犯として捕えられ処刑されることになった。


 取り調べの後でリベリオたち一家は移転の魔法が使える警備兵に移転の魔法を使ってもらって、アマティ公爵家に帰った。

 怒涛のような一日だったが、リベリオは血で汚れた服を早く着替えたかったし、血や埃を落としたかった。


 血を大量に失っていたので貧血になっているリベリオを、エドアルドが抱えて体を流してくれて、バスタブに座らせて髪も洗ってくれる。

 裸を見られるのはものすごく恥ずかしかったが、エドアルドは自分がすると言って譲らなかった。


「リベリオ、無事でよかった」

「エドのおかげだよ」


 そう口にしてから、リベリオはエドアルドが傀儡の魔法を吸い出すためとはいえ、口付けしたことを思い出して真っ赤になる。感覚はあったので、エドアルドの唇の感触はしっかりと覚えていた。


「え、え、エド……」

「リベリオ?」

「き、キス……」

「傀儡の魔法を吸い出すために仕方がなかった。嫌だった?」

「い、嫌じゃなくて……」


 あんなことで初めてのキスをしてしまったことがすごくもったいなくて悔しい。

 リベリオにとっては唇へのキスは初めてだった。


「後で改めてちゃんとキスして」


 耳まで真っ赤になりながら言ったリベリオに、エドアルドが「ぐふっ!」と奇妙な声を出した気がしたが、きっと気のせいだろう。

 髪を流されて、体を拭かれて、髪は魔法で乾かされて、パジャマを着せられたリベリオは、エドアルドの手によってベッドに横たえられた。


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