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18.先見の目はリベリオのもの

 リベリオがボニートに操られた。

 リベリオの意識を失わせた魔法は、エドアルドにもかけようとしていた傀儡にするものだったようなのだ。

 意識が戻らないことを心配していたエドアルドだが、リベリオが目を覚まして腕から降りたときから妙な胸騒ぎがしていた。

 地面に落ちている警備の兵士の剣を拾い、リベリオは自分の首に突きつけたのだ。

 血が流れる。

 操られているので容赦なく首に突きつけた剣がリベリオの首筋を傷付けている。


 ボニートはリベリオの命が惜しければエドアルドもアウローラも傀儡になれというようなことを言っているが、エドアルドはそんなことを全く聞かず考えを巡らせていた。


 リベリオの体を操っているのは、悪しき魔力だ。

 その魔力をどうにかしてリベリオの体の中から取り去らなければいけない。

 その方法をエドアルドは一つしか思い浮かばなかった。


 首筋に剣を突きつけているリベリオとの距離は、およそ二歩。

 一瞬で詰められる距離だった。


(リベたん、少しだけ我慢して! そんな悪い魔力はぼくが吸い出してあげる! 吸い出して、ぺっしてあげるからね!)


 ボニートが妙な指示を出せないように一瞬で距離を詰め、これ以上リベリオが自分を傷付けないように剣を片手で掴んで、血が出るのも構わずエドアルドは剣をリベリオの首から遠ざけた。抵抗するリベリオの顎を反対の手で少し乱暴に掴んで、唇と唇を重ねる。

 緊急時なので仕方がないと自分に言い聞かせつつ、リベリオの口をこじ開けて口腔内の粘膜を接触させて魔力を吸い取る。

 魔力の受け渡しは手を握ってでもできるが、それは双方の合意があってのことだ。操られているリベリオに合意をさせることはできないし、一番簡単なのが粘膜接触で魔力を一方的に奪う方法だった。


 悪しき魔力を吸い出していると、その魔力がエドアルドを侵しそうになるが、それに耐えて、エドアルドはリベリオを侵している悪しき魔力を全部吸い出して、地面に吐き出した。

 闇のように凝った魔力を足で踏みつぶすと霧散して消えていく。


(強引な方法でごめんね、リベたん! こんなことでリベたんの唇を奪いたくなかった! 緊急時とはいえ、ぼくはなんてことを! リベたん、責任取ってぼくが結婚するから……って、婚約者だった!? 元々結婚するんだった!)


 頭の中はいつも通り騒がしくしているが、くたりと力を失ったリベリオの手から冷静に剣を取って捨て、怪我をしていない方の手で流れ続けるリベリオの首の血を止めるべく押さえて止血をする。

 その間にアウローラがボニートの首筋に剣を突きつけて、動けなくしていた。


 それから、ジャンルカとレーナが警備兵を連れて駆け付けてくれた。

 破天荒なアウローラを心配していたジャンルカが、アウローラの剣に追跡の魔法をかけていたので位置が分かったというのだ。


(さすが父上! ぼくもアマティ公爵として居場所の分かるものを持っておかなければいけないね! 今後気を付けます!)


 リベリオの傷はレーナが治してくれた。

 癒しの魔力を持つ魔法使いは、他の癒しの魔力を受け付けないという体質的なものがある。

 その中でも例外となるのが魔力の質が非常に近いもので、リベリオにとってはレーナ、レーナにとってはリベリオの癒しの力は受け入れられるのだ。リベリオが怪我をしていたときのことを考えてジャンルカはレーナを連れてきてくれたのだろう。

 レーナの魔法でエドアルドの手の傷も治った。


 ボニートは警備兵に連れて行かれて、エドアルドとリベリオとアウローラの証言を受けて、全ての罪が露見して、宰相の地位を降ろされて処刑されることが決まった。


 これでアマティ公爵家を狙うものはいなくなった。


 学園が始まるのだが、リベリオは怪我は治っていたが出血した量が多かったので、貧血を起こしているようで、アマティ公爵家に連れ帰られた。


「リベリオ、お風呂に」

「え、エド!?」


 貧血のリベリオを一人でお風呂に入れることはできないと、エドアルドが手伝うと言えばリベリオは非常に焦っていたが、エドアルドはそれを撤回するつもりはなかった。


(大丈夫! リベたんとぼくは男同士! 同じものがついてるんだし、いずれは結婚するんだから、リベたんのお風呂を手伝っても平気! だと、思う……。リベたんの裸に興奮したりしないでね、ぼく! 落ち着くんだよ、エドアルド!)


 自分に言い聞かせながら、エドアルドは服を着たままで袖とスラックスの裾をまくってリベリオの体を洗って流した。

 白く華奢な体は裸にしても天使のように美しく、エドアルドはリベリオを直視できなかった。


(リベたん、なんて清純で美しいんだ……! あぁ、こんなに美しいリベたんとぼくは結婚するのか! はっ! 夜のことなんて考えたら、鼻血が出てしまう! リベたんをきれいにすることだけ考えなければ!)


 こびりついた血を洗い流し、湯を張ったバスタブに座らせてふわふわの柔らかな蜂蜜色の髪を洗っていく。気持ちいいのか、貧血で意識が遠くなっているのか、リベリオが目を伏せているのにエドアルドはついリベリオの唇を凝視してしまった。


(リベたんのこの唇に、ぼくの唇が……! あれは緊急時だから仕方なかったけど、リベたんの唇は柔らかくて甘かった……!)


 リベリオも気にしていたようで、風呂の中でキスについて言及された。


(ごめんね、リベたん! 嫌だったよね! 急にキスされて! 緊急時だったから許して!)


 心の中で平謝りすると、リベリオは後で改めてキスをしてとかかわいいことを言ってくる。


 どんどん煩悩にまみれて来そうで、必死に嗜好を切り替えてエドアルドはリベリオを風呂から出して体を拭き、髪は魔法で乾かして、パジャマを着せた。

 パジャマを着たリベリオを抱き上げてリベリオの部屋のベッドに運ぶと、エドアルドのシャツの裾をリベリオが握っている。


「エド、そばにいて」

「シャツもスラックスも濡れてる」

「着替えたら、戻ってきて?」

「分かった」


 心細いのか甘えて来るリベリオにエドアルドは心の中で鼻の下を伸ばしつつ、部屋に戻って着替えてリベリオの部屋に行った。

 ベッドにしどけなく横たわっているリベリオはエドアルドに手を伸ばしてくる。


「怖かった……。わたしは死んでも構わないけど、エドやアウローラまで操られて、内乱の種にされるかと思うと」

「言わないで」

「エド?」

「死んでも構わないなんて」


 いつも以上に冷たい声が出てしまってエドアルドは焦る。

 表情も変わらないし、声も冷たかったらリベリオは怖がってしまうだろう。

 それでも、エドアルドはリベリオに「死んでも構わない」なんて言ってほしくなかった。


(リベたんがいないとぼくの人生は真っ暗だよ。死んでも構わないなんて言わないで。リベたんがいないとぼくは生きていけない。リベたんのことを愛しているんだ! リベたん、フォーエバーラブなんだ!)


 心の中で訴えるエドアルドの手をリベリオが握り締める。


「ごめんなさい、エド。わたし、優しいエドが利用されて内乱の種にされるくらいならって思ってしまった。そうだよね。死んではいけない。わたしはエドと幸せになるんだから」


 うまく口に出して言えなかったのに伝わったことが嬉しくてエドアルドはリベリオをしっかりと抱き締める。


 それにしても内乱の予言も当たってしまった。

 エドアルドはそんな気がないのに、リベリオが曲解するといつも当たるのだ。

 これはエドアルドではなくてリベリオにこそ先見の目があるのではないだろうか。


「リベリオ、先見の目……」

「エドの先見の目の能力で今回も助けられたね」

「いや、リベリオこそ」

「え? こういうことはこっそりやるべきってこと? 先見の目のことは知られたらいけないものね。これからもこっそり使っていこうね」


(ちがーう! リベたんこそ、先見の目の持ち主なんじゃない? って言ってるのに、「こっそりやるべき」になっちゃうの!? どうして、リベたんにはぼくの考えが通じないの!)


 相変わらずすれ違いながらも、リベリオとエドアルドは会話を続ける。


「エド、あれがわたしのファーストキスだったんだけど……ちょっと不本意だから、やり直しを要求してもいい?」

「リベリオ?」

「エド……」


 目を閉じたリベリオにエドアルドはそっと口付けした。


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