ボニート・フレゴリは宰相の座から降ろされて、処刑されることになった。
それに伴い宰相がいなくなったので、ジャンルカは予定よりも早く宰相になることが決まりそうだった。できる限りはエドアルドに執務を教えてから宰相になるつもりだったが、ボニート・フレゴリの悪事が露見し、捕らえられたのだから仕方がない。
出血が多かったリベリオは貧血状態になって半月ほどアマティ公爵領で療養するように医者に言われた。毎月血を失う女性に対して、男性は出血に弱いようで、リベリオも貧血がすぐには治らないようだった。
ベッドで過ごす日々は、魔力臓を壊していたころを思い出させる。
そのときと違うのは、執務の合間を見てエドアルドが見舞いに来てくれるし、アウローラもダリオも頻繁に部屋に顔を出してくれることだった。
ベッドに座って本を読んでいると、エドアルドが薔薇の花を持って来てくれる。春を前にまだ雪の積もっている庭には薔薇は咲いていないが、どこかの温室で育てた薔薇を買って来てくれたのだろう。
白い大輪の薔薇を受け取って、リベリオはエドアルドにお礼を言う。
「こんな豪華な薔薇、嬉しいよ。ありがとう」
「リベリオ、大丈夫?」
「体は平気だけど、動くとふらつくから薬は飲んでる。早く動きたくてうずうずしてるよ」
幼いころから魔力臓が壊れて寝込んでいたリベリオだったが、ベッドから出たい気持ちは常にあった。それが叶わぬ夢だったころと違い、回復さえすればリベリオは動けるようになっている。
メイドに薔薇の花を活けてもらって、リベリオはエドアルドに支えられてソファに移動する。ソファに座ると横にエドアルドが座ってリベリオを気遣ってくれる。
「お茶の時間には食堂に行こうと思っていたんだ。エドが一緒なら、心強いな」
「支える」
「ありがとう。エドに何かあったときにはわたしが支える。こうやって、ずっと一緒に暮らしていけたら……なんて、気が早かったかな」
「ぼくも同じ」
同じ思いを抱いていると答えてくれるエドアルドにリベリオは胸が温かくなる。
お茶の時間が近かったので、着替えて食堂に向かうと、ふらつくリベリオをエドアルドが支えてくれる。エドアルドの逞しい腕に抱かれてリベリオは小さく呟いていた。
「エド……魔法薬を飲んで子どもを産むのなんだけど……」
いつかはしっかりと話しておかなければいけないことだった。リベリオはまだその覚悟ができていないが、エドアルドはアマティ公爵になるので、後継ぎをどうしても求められる。
妊娠、出産は女性でも命を懸けなければいけない。実際にエドアルドの母親もエドアルドを産むときに亡くなっている。
魔法薬を飲んで男性が妊娠、出産できるようになっても、危険なのは変わりないのだ。
「ぼくに任せて」
「エドに、全部任せていいの?」
男性同士がどのようにして子どもを作るのかもリベリオは朧げにしか分かっていない。学園の性教育の授業で男女の交わりについては雄しべと雌しべを例に出して習ったのだが、それもよく分かっていない。
そんな状態なのでエドアルドに全てを任せていいというのはリベリオはありがたかった。
交わりに関してはエドアルドが全部リードしてくれるという意味なのだろう。
「怖いけど、わたし、精一杯頑張る」
エドアルドは生まれたときに母親を亡くしている。そんなことにならないようにリベリオは生きて妊娠、出産をやり遂げなければいけなかった。
生まれて来る子どもに悲しい思いはさせたくないし、何よりエドアルドを遺して死んでしまうわけにはいかない。
ボニート・フレゴリに操られているときに、死んでも構わないと思ったリベリオに対して、エドアルドはそんなことを言わないでほしいと言ってくれた。エドアルドを遺して死ぬことはできないとリベリオが強く思ったのはそのときだった。
「リベリオ、怖くない。ぼくが」
「そうだね、エドがついてる」
微笑んでエドアルドと共に歩き出すと、エドアルドはまだ何か言いたそうにしていたが、それ以上何も言わなかった。
お茶の時間には食堂に移動できて、リベリオはエドアルドの横に座ってお茶を飲んだ。アウローラとダリオが仲睦まじいリベリオとエドアルドを見て目を輝かせている。
「エドアルドお義兄様と、リベリオお兄様、キスしてたのよ!」
「キスしたの? ふたりはけっこんしたの?」
「まだ結婚してないけど、もうすぐするわ」
そういえばボニート・フレゴリに操られていたときにエドアルドから悪しき魔力を吸い上げてもらった場面をアウローラはしっかりと見ているのだ。
「アウローラ、言わないで!」
「あれは緊急事態だったから」
「そうなの? 結婚する恋人同士はキスをするものだと思っていたけれど」
「きんきゅうじたいって、なぁに? エドアルドおにいさま?」
「そうしないとリベリオが助からなかった」
「リベリオおにいさま、おけがをしたんでしょう? それをおかあさまがなおしたっていってた!」
説明すればするほどダリオは追及してきそうだし、アウローラは婚約者のキスに興味津々だし、リベリオは話題を変えることにした。
「義父上の宰相の座に就く日は決まったのですか?」
息子たちのキスの話題に触れられなかったジャンルカが話を振られて、紅茶を一口飲んで答えた。
「リベリオの体調がよくなってからにしようと思っている。今年の秋からはアウローラも学園に通うようになるし、リベリオが回復したら、全員で王都のタウンハウスに行って、宰相の地位をお受けした後は、エドアルドだけがアマティ公爵領に帰る形になると思う」
これまではリベリオだけが王都のタウンハウスに住んでいたが、今度はエドアルドだけがアマティ公爵領のお屋敷に住むことになるのか。
家族がいない間の寂しさはリベリオにもよく分かっていたのでエドアルドが寂しくないかが心配だった。
「エドアルドお義兄様、お一人で平気?」
「毎日リベリオが通信してくれるなら」
「通信するよ。週末にはアマティ公爵領に帰るし」
「待ってる」
テーブルの上でエドアルドに手を握られてリベリオはその手を握り返した。
リベリオが回復するまでの半月間、エドアルドは頻繁にリベリオの部屋を訪ねてきてくれたし、お風呂に入るときにはドアの前に立ってリベリオが倒れないかを見張っていてくれた。
怪我をした日のようにバスルームの中までは入ってこなかったが、ドアの前で待たれているのも恥ずかしい気がしたが、それだけエドアルドがリベリオを心配してくれているのだと思うと、断ることはできなかった。
朝食のときも、昼食のときも、お茶のときも、夕食のときも、エドアルドは部屋まで迎えに来てくれてリベリオを支えて食堂まで連れて行ってくれた。回復してくると立ったときにくらりとするだけでそれ以外は平気だったのだが、エドアルドに甘やかされているのが嬉しくてリベリオはそのままにしておいた。
「エド、忙しいんじゃないの?」
「リベリオが最優先」
アマティ公爵として引き継ぎを行っているエドアルドは決して暇とは言えない身だ。それでも時間を作ってリベリオを気にかけてくれる。
優しいエドアルドにリベリオはこれまで以上に愛情を感じ、結婚後にはちゃんと覚悟を決めて自分が妊娠、出産するのだと考えていた。
「わたし、頑張るね!」
「リベリオは頑張りすぎないで」
「エドがいてくれたら、きっと大丈夫」
「ぼくはリベリオのそばにいる。ずっと」
決意を述べるリベリオにエドアルドは心配そうにしていたが、リベリオは自分の考えを曲げる気など全くないのだった。