首の傷で血液を失ったリベリオには半月の療養が言い渡された。
エドアルドはリベリオを頻繁に見舞い、食事のたびに付き添って食堂まで行き、お風呂のときにはバスルームの中で倒れないようにドアの前で聞き耳を立てていた。
それだけ心配していたが、リベリオは順調に回復している様子である。
一週間もすれば部屋の中を歩き回れるようになり、体力を持て余している様子だった。
療養中にリベリオが妙なことを言い出したのがエドアルドには気がかりだった。
(リベたんが魔法薬を飲む!? 違うよ!? 魔法薬を飲むのはぼく! ぼくが妊娠、出産するんだよ? もしかして、リベたん、ぼくのこと抱けない!? それは困るけど……でも、妊娠、出産は病弱で華奢なリベたんではなくて、頑丈で大きなぼくがする方が安全だと思うんだ! ぼくに任せて!)
その気持ちを込めて「ぼくに任せて」と言ったつもりなのに、リベリオにはなぜか通じていない気がする。
男性同士なのだからどちらかが抱く、抱かれるの関係になるのだが、エドアルドはリベリオを抱くなんて全く考えられなかった。
(リベたんの華奢な体にぼくを受け入れさせるなんて無理無理無理! リベたんが壊れちゃう! 絶対ダメ! ぼくがリベたんを受け入れる! ぼくに対してそういう欲がわかないなら、養子を取ることも考えるけど、リベたんはダメ!)
リベリオに子どもを産ませる気は全くないのだが、エドアルドの気持ちがどうしても伝わらないのだ。
思い込みの激しいところがあるリベリオはエドアルドの話を聞いているようで聞いていない。聞いていても曲解するので話が嚙み合わない。
(リベたん……この件に関しては、もっと時間をかけて話し合わないといけないね)
エドアルドも長期戦で挑むことに決めた。
リベリオの体調が回復すると、ジャンルカが宰相に就任する日が来る。
馬車と列車を乗り継いで王都に来たエドアルドは、感慨深くこの日を迎えていた。
(これからは、ぼくがアマティ公爵領に一人か。毎日リベたんと通信もするし、週末にはリベたんが帰ってくるといっても、寂しいものは寂しいな。でも、ぼくも春でもう十九歳! 立派な大人だ! リベたんと結婚する日のために頑張るよ!)
改めて決意をしてエドアルドはリベリオと一緒の馬車で王宮の門を潜った。
国王陛下も王妃殿下もアルマンドもビアンカもジェレミアも揃っていて、国の重鎮たる貴族たちも揃った大広間で、就任の儀式は行われた。
「ジャンルカ・アマティ、そなたをこれより宰相に任命する。この国を支え、わたしと共にこの国をよりよい国にしていくために尽力してほしい」
「お受けいたします」
「書類にサインを」
差し出された書類にサインをして、ジャンルカは正式な宰相の地位に就いた。
続いてエドアルドが呼び出される。
「ジャンルカ・アマティを宰相とするにあたり、アマティ公爵の座をエドアルド・アマティに継承する。今後はアマティ公爵としてこの国のためにより一層力を尽くしてほしい」
「心得ました」
膝を突いて頭を下げるエドアルドにも書類が差し出される。国王陛下の印章の捺された書類にサインをして、エドアルドは正式にアマティ公爵となった。
宰相就任とアマティ公爵継承の儀式の後で、エドアルドとリベリオとアウローラとダリオとジャンルカとレーナは、国王陛下主催の私的なお茶会に招かれていた。
国王陛下と王妃殿下とアルマンドとビアンカとジェレミアだけのお茶会は、前回は暗殺事件が起きたが、今回は警戒もされていて平和に始まった。
「ジャンルカ、やっと宰相となってわたしを支えてくれるのだな。嬉しいよ」
「兄上、フレゴリの件ですが」
「取り調べでやったことが全部露見しておる。王都の魔物の大暴走の件も、アマティ公爵家を狙った暗殺未遂も、アルマンドの暗殺未遂も、エドアルドを操って内乱を起こそうとしたことも、全て自白の魔法で自分の口からはっきりと証言しておる」
「やはり、そうだったのですね」
「エドアルドは内乱の件も先見の目の能力で見通していたようだな。エドアルドのおかげで今回も助かった」
エドアルドに視線を向ける国王陛下にエドアルドは内心で慌てる。
(ぼくじゃないんです! ぼくには先見の目なんてないんです! 先見の目を持っているのはぼくじゃなくて、多分、リベたんなんです!)
「リベリオが」
口に出せたのはそれだけの単語だったので国王陛下は誤解してしまう。
「リベリオが助かればそれでいいというのか。エドアルドは本当に欲がない」
「リベリオこそ」
「『リベリオこそ我が命』ということか。それだけ愛し合っているのだな。エドアルドとリベリオの婚約を勧めたときには、王家の問題でアマティ公爵家の仲のいい義兄弟を自分の意思と違う方向に向かわせてしまうのではないかと思ったが、エドアルドがそんなにリベリオのことを大事に思っていて、二人が愛し合っているのならばこれ以上にめでたいことはない」
結婚が楽しみだな。
などと言って、大らかに笑う国王陛下に、エドアルドは心の中で頭を抱えていた。
(ぼくじゃなくてリベたんが先見の目の持ち主なんですー! どうして通じないの!? そりゃ、「リベリオこそ我が命」って思ってるけど、伝えたいのはそれじゃないのー! 伯父上、ちゃんとぼくの話を聞いて!)
必死に心の中で言っても国王陛下には届かない。
アルマンドもダリオも感情を読めるのだが、心の中を読めるわけではないので、エドアルドが焦っていることしか伝わっていないだろう。
「エドアルド、そんなに照れなくてもいいんだよ。愛し合うっていうのはとても素晴らしいことなんだからね」
「エドアルドおにいさまとリベリオおにいさまがしあわせになってくれたら、わたしもうれしいです」
アルマンドにもダリオにも頭を抱えるエドアルドの感情は照れ隠しにしか感じられていないようだった。
お茶会が終わるとアマティ公爵一家は王都のタウンハウスに戻る。
今日はエドアルドも王都のタウンハウスに泊まることになっていた。
明日にはアマティ公爵領に帰らなければいけないが、週末にはまたリベリオが来てくれる。
誕生日には王都のタウンハウスでみんなで祝うだろうし、夏休みにはリベリオはアマティ公爵領に帰ってきてくれることだろう。
夕食後にお風呂に入っているリベリオが倒れないかバスルームのドアの前で待っていると、ほかほかになったリベリオがパジャマ姿でバスルームから出て来る。
「エド、もう大丈夫なのに」
「今日で最後だから」
リベリオの心配をして見張れるのも今日で最後である。
リベリオは回復しているし、明日にはエドアルドはアマティ公爵領に帰らなければいけない。
石鹸とシャンプーのいい香りのするリベリオを見詰めていると、手を引かれてリベリオの部屋に招かれる。
リベリオの部屋に入ると、エドアルドはソファに座らされた。リベリオはエドアルドの横に座って、エドアルドの手を握り締める。
「し、しばらく直には会えないから……」
「リベリオ?」
「エド、大好きだよ」
長い蜂蜜色のきらきらした睫毛を伏せてじっと待っているリベリオの意図が分からないようなエドアルドではなかった。
頬に手を置いて、そっと引き寄せると、エドアルドはリベリオの唇に自分の唇を重ねる。
触れるだけのキスだったが、唇を離したときリベリオは耳まで真っ赤だった。
「国王陛下の前で愛してるって言ってくれて嬉しかった」
「あれは……」
「『リベリオこそ我が命』なんて情熱的で」
「リベリオ……」
国王陛下の勘違いなのだが、そんなことは口に出せない。
「リベリオ、愛してる」
「わたしも、エド」
逞しいエドアルドの胸に体を寄せるようにして力を抜くリベリオをエドアルドが壊さないように優しく抱き締めた。
(リベたんとのちゅー! そして、恋人の甘い時間! 勘違いされてるのは困るけど、幸せすぎて死にそう! いや、死にません! ぼくは死なない! リベたんと結婚して幸せに暮らして、二人とも年老いて寿命で死ぬまでは死なないんだ!)
年老いたリベリオもきっと天使なのだろう。
いつになってもエドアルドにとってはリベリオは天使でしかなかった。