春になるまでリベリオはアマティ公爵領と王都のタウンハウスを行き来していた。
王都のタウンハウスにはジャンルカもレーナもアウローラもダリオも住んでいて、ジャンルカは毎日王宮に宰相として出向いている。
毎週末リベリオはアマティ公爵領に帰ってエドアルドとの時間を過ごした。
エドアルドも執務を終わらせて週末には一日は休みを取ってリベリオと過ごす時間を作ってくれた。
学園の宿題を教えてもらったり、二人で庭を散歩したり、部屋の中で静かに過ごしたり、恋人同士の時間をリベリオもエドアルドも大事に過ごせた。
春になってエドアルドの誕生日が来ると、エドアルドが王都のタウンハウスにやってきた。
久しぶりに会える兄にダリオも大喜びでエドアルドを待っていたが、それ以上に喜んでいたのはリベリオだった。
行きは指輪の移転の魔法ですぐに飛んでこられる。
エドアルドは教えてくれていなかったが、何かあったときのために、リベリオが呼ばなくてもエドアルドはリベリオの元に飛んでこられるようだった。それでも取り込み中だったときのことを考えて、エドアルドは通信をしてからリベリオのところに飛んできてくれた。
『今、大丈夫?』
「待ってるよ、エド」
返事をすれば指輪が光を放ってエドアルドの姿がリベリオの部屋に現れる。エドアルドが来たことをすぐに知らせなければいけない気持ちと、エドアルドのことを独り占めしたい気持ちが混ざって、リベリオが立ち尽くしていると、エドアルドはリベリオにハグをする。
「リベリオ、会いたかった」
「わたしも会いたかったよ、エド。ダリオもエドが来るのを楽しみにしてる」
「少しだけ、このままで」
大きなエドアルドの体にすっぽりと抱き締められているとリベリオは幸福感で胸がいっぱいになる。エドアルドの体温を感じ、匂いを吸い込んでしっかりと抱き締め合っていると、頬に手を添えられる。
顔を上向けられて、期待を込めて目を閉じると、エドアルドの柔らかな渇いた唇がリベリオの唇と重なった。
「エド……」
「リベリオ」
優しい口付け以上のことをリベリオはよく知らない。
一度だけ悪しき魔力を吸い出すためにエドアルドはリベリオの口を無理やり開かせて、口の中に舌を差し込むようなことをしてきたが、あれは緊急事態だったからであって、今はそんなことはしない。
唇が触れ合うだけの口付けでリベリオの顔は耳まで赤くなるし、エドアルドに愛されている喜びに泣きたくなるほど嬉しくなる。
「ダリオが」
「うん、ダリオが待ってるね。行こうか」
名残惜しく体を離して手を繋いで部屋から出ると、ダリオは自分の部屋の前の廊下でじっと待っていた。
緑色のレーナそっくりの目にエドアルドを映すと、つまらなそうだった顔が一転笑顔になる。
「エドアルドおにいさま! いらっしゃい! おたんじょうびおめでとう!」
「ありがとう、ダリオ」
「リベリオおにいさまも、エドアルドおにいさまも、とてもうれしそう!」
ほんの少しだけ感情の読めるダリオはにこにこしてエドアルドの手を握った。小さな弟に手を握られて、もう片方の手をリベリオに握られて、エドアルドは二人に挟まれて階段を降り、リビングに向かった。
リビングではアウローラとジャンルカとレーナが待っていた。
「エドアルド、お誕生日おめでとう。もうわたしの身長を越したようだね」
「エドアルドももう十九歳ですものね。立派になりました」
「エドアルドお義兄様、お誕生日おめでとうございます」
アマティ公爵としてお茶会でも開いてパーティーをしてもよかったのだが、エドアルドはそれをせず家族だけで祝うことを望んだ。お茶会を開いて社交の場を作ることもアマティ公爵として必要なのだが、エドアルドは今は王都のタウンハウスで家族そろって祝うだけで満足なようだった。
お茶の時間までには少し時間があるので、リベリオがエドアルドを見ると、エドアルドがリベリオの手を取って部屋に招く。王都のタウンハウスのエドアルドの部屋に行くと、エドアルドとリベリオは二人きりになった。
アマティ公爵領でも二人きりの時間は過ごしているが、家族がいるのに二人きりの時間を求めてくれるエドアルドにリベリオは心拍数が早くなってくる。
ソファに座ったエドアルドがリベリオの横でぽんぽんと自分の膝を叩いている。
どういう意味かと考えるリベリオに、エドアルドがリベリオの脇に手を差し込んで抱き上げて、膝の上に乗せてしまった。
「え、エド!?」
「リベリオ」
後ろから抱き締められながら耳朶を擽るように囁かれて、リベリオは飛び上がりそうになる。
エドアルドと二人きりで過ごすときにスキンシップは多くなるような気がしていたが、膝の上に抱き上げられたのは初めてだった。
「こ、子どもみたいじゃない?」
「恋人だ」
「そうかな」
鍛えようとしても全然筋肉の付かない薄い腹に腕を回してエドアルドがリベリオを背中から抱き締める。鼻先は肩に埋もれている。
こんな風に密着したのはいつ以来だろうか。
「エドに魔力の制御を教えてもらったときに、体という器の大きさを教えるためにこんな風にしたよね」
「そうだった」
「ひゃっ!?」
肩口に鼻を埋めたまま囁くのでくすぐったくてリベリオは変な声を上げてしまう。
密着しているエドアルドの体温を感じて、エドアルドの逞しい体付きを感じて、リベリオはエドアルドの膝の上で身を縮めて小さくなっていた。
「え、エド、ちょっと恥ずかしいかも」
「誰も見てない」
「でも……いつダリオが部屋に飛び込んでくるか分からないよ」
ダリオを口実に腕から逃れようとしても、エドアルドの腕はがっちりとリベリオを抱き締めて離さない。
リベリオは誕生日で十六歳になった、エドアルドは誕生日で十九歳になる。
残り二年と少しでリベリオとエドアルドは結婚するのだ。
結婚にあたってリベリオは不安なことがないわけではなかった。
「エド……わたし、癒しの魔法を受け付けないでしょう?」
「癒しの魔力を持っているから」
「そうなんだよね。男性同士で子どもを産むとなると、出す場所がないから、帝王切開になっちゃうでしょう? そうなると、お腹を切った後で癒しの魔法を母上にかけてもらわないといけない」
癒しの魔法を使える魔法使いは、他の癒しの魔法を受け付けない体質をしている。例外的に魔力が近い身内のものは受け付けるので、リベリオはレーナの癒しの魔法を受け入れられるのだが、レーナは魔力が強い方ではない。
帝王切開は非常に大変な手術であると聞くし、レーナの魔力だけでリベリオを癒しきれるのか心配だったのだ。
「それは、ぼくが」
「エドは癒しの魔法は使えないでしょ?」
「だから、ぼくが」
「母上の魔力で足りるかなぁ……。子どもを産んだ後何か月も寝込んでしまうのは困るでしょう? 子どもには兄弟も作ってあげたいし」
一人目を授かってもいないのに二人目、三人目を考えてしまうのは、リベリオ自身が四人兄弟だからかもしれない。一人っ子だったら父が亡くなったときに耐えられなかっただろうし、アウローラがお腹にいたからこそ父が亡くなっても病気のリベリオを抱えながら母は必死に生きてくれた。
その後で再婚して生まれたダリオはエドアルドにとってもリベリオにとっても血の繋がった大事な弟だ。
「リベリオは、ぼくでは、無理?」
「え!? な、なにが!?」
急に肩口から鼻先を外してエドアルドが真剣な口調で呟くのに、リベリオは慌ててしまう。
子どもを産むのは貴族として当然のことと思っていたが、それより前にエドアルドとリベリオが結ばれなければいけないことも理解していないわけではない。
学園の性教育の授業で男女の子どもの作り方は習ったのだが、男性同士はしっかりとは習っていない。リベリオはどのようなことをするのか朧げにしか分かっていなかった。
「無理って、どういうこと?」
「ぼくのこと」
「エドになら何をされても平気! いや、平気じゃなくて、嬉しいよ! エドのことが大好きだから、どんなことをされても嫌いにはならない」
「本当に?」
「うん、本当だよ」
男性同士の行為がどのようなものかあまり想像ができていないが、エドアルドがこんなことを言うということは、妊娠、出産よりも前に大変なことがあるのかもしれない。魔法薬を飲んで一緒にベッドに入って眠れば子どもが授かるというような、幼い考えは持っていなかったが、何か男性同士の行為には困難を伴うようだ。
「わたし、よく分からなくて……」
「ぼくに任せて」
「う、うん。頼りにしてるよ、エド」
薄いお腹に回された大きな手の上にリベリオの筋張っている男性らしくなってきた手を重ねると、エドアルドがリベリオのうなじに唇を寄せた。
「ひぁっ!?」
熱い吐息が髪を揺らし、襟足に隠れている白いうなじに唇が触れるのが熱くて、リベリオは飛び上がってしまいそうになる。
体中が熱くて息が上がるリベリオがいっぱいいっぱいになっていると、ドアがノックされて、リベリオは慌ててエドアルドの膝の上から滑り落ちた。