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22.エドアルドの誕生日

 リベリオが妙なことを言っている。


(リベたん、なんでそんなに頑なに自分が妊娠、出産する方だって思い込んでるの!? それはぼくがするんだよ? リベたんはぼくを癒してくれればいいんだから! リベたんを癒せるのは義母上だけだし、病弱でこんな折れそうに細い腰のリベたんに赤ちゃんを産ませるなんてこと、ぼくにはできない!)


 自分がするとどれだけ自己主張してもリベリオは納得してくれない。

 それどころか、自分が抱かれるのだと勘違いしているようだ。


(そりゃ、リベたんがぼくのこと抱くのが無理なら、仕方ないけど、無理じゃないなら、ぼくはリベたんと結ばれたい! 大丈夫! ぼくがちゃんと学習して、リベたんを受け入れられるように準備すればいいんでしょ? 努力するのは得意だよ! リベたん、ぼくに任せて!)


 その気持ちを込めながらリベリオを抱き締める腕に力を込め、うなじに口付けをしたのだが、リベリオに通じたのかどうかは分からない。


(それにしてもお膝抱っこ、幸せだなー! リベたんとこんなに密着していられる! リベたんの甘い香りが胸いっぱい吸い込めるし、リベたんの体温を感じて、リベたんの体に触れて……あぁ、ぼく、我慢できなくなりそう! まだダメ! リベたんは成人してないんだから! リベたんが成人したらぼくはリベたんと結ばれて、魔法薬を飲んで赤ちゃんを作るんだ!)


 基本的に子どもを作るのにも魔力的な相性のよさが必要になる。魔力の相性がよくなければ結婚してもなかなか子どもができなかったり、お腹の中の子どもの魔力が強すぎて魔力を吸われて母体が亡くなってしまうこともある。

 その点においても、エドアルドは魔力が高い方なのでリベリオよりも妊娠、出産に向いていると結論付けられるし、魔法薬を飲めばリベリオとエドアルドの魔力の相性のよさならばほぼ確実に子どもはできるだろう。


 膝の上にリベリオを抱いて堪能していると、ドアがノックされて、驚いたリベリオがエドアルドの手を振り払って床に滑り落ちてしまった。

 元気よくドアを開けたのはダリオだった。


「エドアルドおにいさま、リベリオおにいさま、おちゃのじかんですよー! いっしょにケーキをたべましょう!」


 誘いに来たくてたまらなかったのだろうが、二人の時間を邪魔せずにお茶の時間まで待ってくれたことにエドアルドは感謝する。


「ダリオ、ありがとう」

「いっしょにいきましょう!」


 リベリオとの時間は大切だが、ダリオはまだ幼い。兄たちとの時間をもっと必要としてもおかしくはなかった。


 食堂に行くとジャンルカもレーナもアウローラも揃っていた。ダリオが席に着き、エドアルドとリベリオは隣り合わせに座る。


「アマティ公爵としてお茶会を開いてもよかったのだがな」

「結婚したら」

「結婚するまでは家族だけで祝いたいのですね」


 ジャンルカは社交の場を持とうとしないエドアルドを心配しているようだが、お茶会を開くよりもエドアルドは今は家族全員で祝ってほしかった。アマティ公爵としての義務は、リベリオと結婚してから果たすと告げればレーナも納得してくれる。


「エドアルドお義兄様も十九歳になるのね。結婚まで残り二年じゃない?」

「待ちきれない」

「わたしもエドアルドお義兄様と同じ気持ちだけど、学園を卒業して、エドアルドお義兄様のお役に立てる存在になってから結婚したいから、エドアルドお義兄様、あと二年待っていてね」


 健気なリベリオの言葉に、家族の前だがリベリオを抱き締めたくなってしまって、エドアルドは必死に我慢した。

 エドアルドはいいのだが、家族の前でリベリオを膝の上に乗せてしまうと、リベリオが恥ずかしがるだろう。何よりも、お茶会のマナーとしてなっていない。


 カップに紅茶が注がれて、ケーキが運ばれてきて、エドアルドの前にも皿が置かれた。

 春なので苺のショートケーキだ。生クリームはエドアルドの好みに合わせて甘さ控えめにしてある。


「エドアルドおにいさま、たまにはタウンハウスにきてくださいね! わたしもエドアルドおにいさまとあいたいです」


 毎週末にリベリオとはアマティ公爵家で甘い時間を過ごしているが、ダリオは王都のタウンハウスから出ることは基本的にないので、エドアルドとあまり会えない日が続いていた。慕ってくれるかわいい弟が頼むのだから、たまには週末にエドアルドの方が王都のタウンハウスに来てもいいかもしれない。


「分かった」


 短く答えると、ダリオは笑顔でショートケーキにフォークを突き刺して食べていた。


 その日は王都のタウンハウスに泊まることになっていたが、リベリオとの時間はあまりとれなかった。

 リベリオと二人きりになろうとするとダリオが割って入ってくるのだ。

 到着からお茶の時間までは我慢ができたダリオだったが、兄二人に構ってほしくてたまらなかったようで、その後は我慢ができなくなってしまった。

 夕食後にお風呂に入ったダリオの部屋に行って、リベリオがダリオに絵本を数冊読み聞かせるのを聞いていると、やっとダリオは眠ってくれた。

 リベリオとエドアルドの順番にお風呂に入って、リベリオがエドアルドの部屋に来てくれる。


(湯上りでパジャマ姿のリベたん、尊い! 清らかでいい香りのするリベたん、最高! 今日も生きててくれてありがとう、リベたん!)


 生きて呼吸してくれているだけでエドアルドはリベリオに感謝したくなる。

 昼間膝の上に抱っこされたのを警戒しているのか、少し離れた位置に座っているリベリオに寂しさを感じていると、リベリオがおずおずと自分の膝を軽く叩いた。


「エド、お疲れでしょう? どうぞ」


(こ、れ、は! 膝枕、キター! 初膝枕です! 最高です! ありがとうございます! リベたん、重くない? 大丈夫? それじゃ、お邪魔します)


 テンションがマックスになりながらそっとリベリオの膝の上に頭を乗せると、リベリオがエドアルドの髪を撫でて来る。普段は前髪は上げているのだが、湯上りなので全部降ろしていた。


「エドの髪、さらさらで気持ちいい」


 うっとりと呟いて優しく髪を撫でてくれるリベリオの手に、エドアルドは心の中で涙を流す。


(リベたんがぼくの髪を撫でてくれている! アマティ公爵領で週末はリベたんが来てくれるけど、それ以外は忙しいし、寂しかったけど、これで報われました! リベたんに癒されて疲れが取れるー!)


 疲れが取れるどころか元気になってきそうな自分を抑えて、エドアルドはリベリオの膝に頭を委ねていた。

 しばらく撫でられた後で、おずおずとリベリオがエドアルドの頬に手を当てて、顔を近付けてくる。

 伏せた長い蜂蜜色の睫毛を凝視していると、リベリオの唇がエドアルドの掻き上げた前髪の下、額に落ちる。


 唇に口付けなどという大胆なことはできなかったようだが、額に口付けでもエドアルドは感激のあまり鼻をそっと押さえた。


(リベたんからのでこちゅーいただきました! ありがとうございます! これでぼくは安らかに眠れます! リベたんのちゅー、最高! ぼくの誕生日だからって、リベたんったらサービスしてくれて嬉しい! 最高の誕生日だよ!)


 心地よい髪を撫でる手に寝るどころか、ギンギンに目がさえてしまっているエドアルドだったが、リベリオは恥ずかしそうにエドアルドをソファに座らせて、自分はソファから立ち上がった。


「お休みなさい、エド」

「お休み、リベリオ」


 リベリオが部屋から出た瞬間、エドアルドはローテーブルの上のティッシュを引き抜き鼻に当てた。とろりと鼻から赤いものが伝って来るのが分かる。


(セーフ! よくぞ耐えた、ぼくの鼻の粘膜! これは危なかった! リベたんの前で鼻血を吹いてしまうところだった!)


 リベリオが部屋に帰った後で鼻を押さえて鼻血が止まるまで待って、エドアルドはベッドに横になったが、湯上りのリベリオの姿を思い出してなかなか寝付けなかった。

 薄いパジャマ越しにリベリオの太ももに頭を乗せた。リベリオの繊細な手がエドアルドの髪を丁寧に撫でた。リベリオの唇がエドアルドの額に口付けた。


 十六歳になったリベリオはこの国の平均的な男性の身長くらいにはなっていたが、それでもエドアルドにとっては変わらず天使のままだった。


(リベたんは天使! リベたんと二人きりの時間を過ごせてよかった! なんていい日だったんだろう!)


 感動でシーツの上をごろごろと悶えて転がり、エドアルドは寝付けぬ夜を過ごした。


 翌日にはエドアルドはアマティ公爵領に帰らなければいけなかった。

 朝食は家族で取り、リベリオが学園に行く馬車を見送ってから、エドアルドは自分も馬車に乗ってアマティ公爵領に帰る。

 これから次の週末までエドアルド一人の寂しい日々が始まるが、リベリオをしっかりと堪能してきたのでなんとか耐えられそうだった。


(リベたん、また膝枕してくれないかな? いや、今度はぼくがする? リベたんの頭をぼくの膝の上に乗せて、ふわふわの髪を撫でて、リベたんの小さな桜色の唇に口付ける……あ、ダメ、鼻血出そう!)


 昨日の夜に鼻血を出してしまったのは内緒にしているが、リベリオの前で鼻血を出してしまったらきっと心配されてしまう。

 馬車の中で鼻を押さえて我慢しながら、エドアルドは列車の駅で列車に乗り継いだ。

 六人掛けの個室席はエドアルド一人では広くて寂しく感じられる。


 毎週末リベリオも同じような気分で王都のタウンハウスに帰っているのだろう。

 リベリオに耐えられることならばエドアルドも耐えなければいけない。


 夏になればリベリオは夏休みで長期でアマティ公爵領に帰ってくる。

 エドアルドは今からその日を楽しみにしていた。


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