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23.アウローラ、十二歳

 夏休みの間、リベリオはアマティ公爵領で過ごした。

 エドアルドと二人きりかと思いきや、ジャンルカも休みを取って一週間くらいは帰ってきていたので、家族で過ごす時間もあった。

 ジャンルカとレーナとアウローラとダリオが王都のタウンハウスに帰ると、リベリオとエドアルドだけの生活が始まる。

 アマティ公爵であるエドアルドは毎日は休めなかったが、食事とお茶のときには必ずリベリオと同席してくれて、毎朝薬草菜園の世話にも行っていた。

 エドアルドの薬草菜園から広がったマンドラゴラ栽培は、アマティ公爵領内で順調に進んでいるようだ。


「リベリオ、これ」

「書類、わたしが見てもいいの?」


 報告の書類を見せてくれたエドアルドにリベリオは書類を受け取って目を通す。

 マンドラゴラ栽培は最初はマンドラゴラを育てるために必要な薬草で作る栄養剤の材料を育てるところから始まっていた。来年からはマンドラゴラを育てて収穫できそうな見込みだと書かれている。


「マンドラゴラ栽培地の面積も増えたんだね。来年から収穫が見込めそうなら、国中の病院や治療所に届けられるね」

「アマティ公爵領の新しい特産品になる」

「わたしも薬草学を学んで、エドと結婚したら補佐ができるようにしないと」


 夏休みが終わればリベリオも五年生になる。五年生からは六年生での卒業論文のためのテーマを決めて行かなければいけなかった。


「わたしの卒業論文は薬草学に関するものにしようかと思っているんだ。エドの青い花のおかげでわたしは命を救われたし、この国の同じ病を患っているひとたちも命を救われた。マンドラゴラではボニート・フレゴリがばらまいた流行り病を収束させることができた。エドの功績をわたしもアマティ公爵の伴侶として学びたいんだ」


 魔力臓が壊れる病を治す特効薬となった青い花の研究も、今、進められている。あの青い花にはまだ謎が多いのだが、魔力臓を壊す恐ろしい病を治すということは間違いないと研究結果が出ている。

 マンドラゴラについては、まだまだ謎が多い。魔力を帯びた魔法生物ということは分かっているが、栽培方法もエドアルドが実際にしているものを広めているだけで、それが魔法学的にどのような意味があるかも解明されていないのだ。研究の余地はどれだけでもあった。


「マンドラゴラの研究もいい結果が出せたら、アマティ公爵領にも、この国にも利益をもたらすと思うんだ」

「リベリオは立派だ」

「エドが立派だから、わたしはそれに倣いたいんだよ」


 お茶を飲みながら話していると、エドアルドがリベリオの方に手を伸ばし、優しく頬を撫でる。九歳のとき、湖畔の別荘で魔物が出たときにも、エドアルドは怖がるリベリオを宥めるように頬を撫でてくれた。あの手の優しかったことをリベリオはよく覚えている。

 書類をエドアルドに返すと、エドアルドがリベリオの頬から手を引いてしまったのが少し寂しい。

 大きな温かな手に包まれているのは、九歳のときから魔力を受け渡ししていた記憶を思い出させる。


「エド、胸がいっぱいになる」

「リベリオ?」

「エドといると話したいことがたくさんあるのに、胸がいっぱいになってその中の少ししか口に出せない」


 口数の少ないエドアルドは時々何を考えているか分からないが、リベリオは無表情のエドアルドの感情を少しずつ理解できるようになっていた。エドアルドは簡潔な短い言葉で話すが、そこにはいつも愛情がこもっている。


「ぼくも」

「エドが格好よくて、わたしは……」


 顔立ちも整っているし、体格も立派だし、声も低くて心地いいし、エドアルドは格好よすぎてリベリオは胸が苦しくなってしまうことがある。同じ男性としてリベリオももっと格好よくなりたいのだが、エドアルドの方が年上だし、体格はいいし、背は伸びたのだが体付きはひょろひょろのリベリオは羨ましくてならない。


「夜に時間ある?」

「ある」

「それじゃ、夜にエドの部屋に行くね。それまでしっかり勉強しておくから、エドも執務を頑張ってね」


 お茶の時間が終わるとエドアルドは執務室に戻って行く。同じ屋敷内にいるのだし、いつでも会えるのだから寂しくないはずなのに、リベリオはエドアルドと離れたくないと思ってしまう。

 学園を卒業してリベリオがアマティ公爵の補佐となることができれば、執務の間も離れていなくていいし、いつでも一緒にいられるのだが、それにはまだ二年の歳月が必要だった。


 夏休みの最後の一週間はエドアルドも休みを取って王都のタウンハウスに来ていた。

 アウローラの誕生日があるのだ。

 アウローラは今年で十二歳になって、学園に入学する。

 入学式まで見届けてエドアルドはアマティ公爵領に帰る予定だった。


 エドアルドはアマティ公爵になって、リベリオは学園の五年生になって、アウローラは学園に入学するということで、残されたダリオが年の離れた兄姉たちを見て何か思うことがありそうだった。


「わたしもはやく学園に入学したいです」


 春に誕生日を迎えて一つ大きくなっていたダリオは喋り方もしっかりしている。家庭教師が付けられて勉強しているようだが成績もいいと聞く。剣術も才能があるようで、剣術の先生はダリオに木刀を持たせて毎日指南していた。


「わたくしも学園に入学するのには、ずっと待っていたのよ。ダリオも家庭教師と勉強をして学園入学に備えることね」

「アウローラお姉様、おめでとうございます」


 アウローラの誕生日は簡単なお茶会が開かれた。

 お茶会には婚約者のアルマンドも、その弟妹のビアンカとジェレミアも来てくれていた。


「ついに学園に入学するんだね、ぼくのお姫様」

「アルマンド殿下、わたくし、リベリオお兄様とビアンカ殿下とジェレミア殿下のお茶会に招かれますわ」

「ぼくのことを、もう『王子様』って呼んでくれないの?」

「アルマンド殿下は一生、わたくしの王子様ですわ」


 年齢差はあるが仲睦まじい婚約者同士に、リベリオも頬が緩む。

 収音した音楽を流す魔法具で、会場には音楽が流れており、アルマンドがアウローラの手を取ってダンスに誘っていた。

 リベリオもエドアルドの方をちらちらと見ていると、エドアルドが手を差し伸べてくれる。


「リベたん」

「エドアルドお義兄様」


 時々エドアルドがリベリオの名前を「リベたん」と噛むのはよくあることなので、リベリオは指摘しないようにしている。噛んだことを指摘するのはマナーがよくないし、話の流れで通じるのならば噛んだことを指摘して相手に恥をかかせるよりも、そのままの会話を大事にする方がいいとリベリオは習っていた。

 差し出された手に手を重ねてダンスを踊る。女性パートは順番に踊ると決めているので、最初にリベリオが女性パートを踊って、次にエドアルドが女性パートを踊った。社交の場で女性パートをエドアルドに踊らせるのは悪いような気がしているのだが、エドアルドは全く気にしていない様子だった。


 エドアルドが好きで好きでたまらない。

 自分のために女性パートは順番に踊ろうと言ってくれることも、女性パートを踊っても堂々として格好いいことも、エドアルドの全てが愛しくてたまらない。


 毎日気持ちは募るばかりで、リベリオばかりがエドアルドを意識しているのではないかと思ってしまう。

 こんなにエドアルドの仕草や優しさに惹かれていくのは自分だけで、エドアルドはいつも涼しい顔をしている。


「エドアルドお義兄様は……」

「リベリオ?」


 エドアルドは自分のことをどれくらい好きかとか聞かれても、エドアルドは言葉に詰まってしまうだけだろう。言えなかった言葉を飲み込んで、リベリオはお茶会の最後まで過ごした。


 お茶会が終わるとアルマンドとビアンカとジェレミアを見送って、夕食の前にリベリオはエドアルドの部屋に行った。

 ドアをノックすると、エドアルドがわざわざドアのところまできてドアを開けてくれる。


「リベリオ、いらっしゃい」

「エド」


 ドアを閉めてからそっとエドアルドの体に体を寄せるとソファに座って膝の上に抱き上げられる。二人きりのときにはエドアルドはリベリオを膝の上に抱き上げることが多くなっていたが、まだリベリオは慣れない。

 心拍数は上がるし、汗もかいているような気がする。

 それなのに肩口に鼻先を埋めようとするエドアルドにリベリオは抵抗した。


「汗臭いから」

「リベリオはいつもいい匂い」

「エド、やめて、恥ずかしい」


 慌ててしまうリベリオに構わず、エドアルドはリベリオの襟足にかかる髪を掻き上げて、うなじに口付けをする。


「ひゃんっ!?」


 飛び跳ねて逃げようとしたリベリオだがエドアルドにしっかりと抱き締められている。


「もう、わたしばかりがエドのことを好きで……エドは平静で、わたしばかりが慌ててる」


 文句を言えばエドアルドがリベリオの手を取って、振り向かせてエドアルドの逞しい胸に当てさせた。

 エドアルドの心臓が早鐘のように脈打っているのが分かる。


「エド……」

「ぼくの方が」


 自分の方がリベリオを好きで、平静を保てないと言っているようで、リベリオはエドアルドの脈動を手で感じながら耳まで赤くなってしまった。


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