リベリオが学園の六年生になって、卒業を前にするまで、週末と長期休みにはアマティ公爵領に帰っていたし、学園がある日には指輪の通信でその日あったことを報告し合っていたが、リベリオの卒業式に合わせてエドアルドは王都のタウンハウスに来てくれることになっていた。
何度も話し合われたことだが、エドアルドとリベリオの結婚式は王都とアマティ公爵領で行われる。
現国王陛下の甥で、王太子の従兄弟であるエドアルドはアマティ公爵として貴族の中でも地位が高い。国王陛下の前で結婚を誓ったのちに、アマティ公爵領で結婚のお披露目をするという形に落ち着いたのだ。
「わたしとカメーリアの結婚式のときもそうだった。父上の御前で結婚を誓い、アマティ公爵領でお披露目を行ったものだよ」
最近はジャンルカはエドアルドの亡き母、カメーリアの話題が出ても悲し気にしなくなった。自然に話ができるように心の傷も癒えてきたのだろう。
ジャンルカとレーナは再婚同士だったのでアマティ公爵領で結婚式を挙げたが、エドアルドとリベリオはそれだけでは済まなかった。
結婚式の衣装も着々と準備されている。
エドアルドの体格がいいので特別製のトルソーに飾られているのは、純白のタキシードに金糸で刺繍を入れた豪華な結婚衣装だった。リベリオのものも、純白のタキシードに金糸で刺繍が入っている。
男性同士の結婚なのでヴェールの準備はないが、リベリオのタキシードは裾が長くなっていた。
卒業式ではエドアルドとプロムで踊ることになっている。
リベリオも成人男性として決して小さい方ではないが、エドアルドと比べると体は細いし、背も低くて、劣等感がないわけではないが、同級生たちもビアンカもジェレミアもこの結婚を祝ってくれているし、リベリオはとても美しいと手放しに褒めてくれる。
鏡を見れば美人だと言われるアウローラやレーナとよく似た顔なので、それなりに整ってはいるのだろうが、美しいかどうかは自分ではよく分からなかった。
毎週末会おうとしていたが、六年生になってから卒業論文の制作も忙しかったし、エドアルドと会えない週末もあった。それでも会える日は時間をお互いに取って、触れ合う機会を増やしてきた。
唇に触れるだけの口付けも、何度もした。エドアルドはリベリオを膝の上に抱き上げるのが好きで、リベリオはエドアルドを膝枕するのが好きで、交代でお互いにし合っていた。
結婚式は卒業式の翌々日になる。
その日を心待ちにしてリベリオはエドアルドとリベリオの部屋に飾られているエドアルドとリベリオの結婚式の衣装を何度も見に行っていた。
卒業式の前夜、リベリオはエドアルドを指輪の魔法で呼んだ。
「エド、今大丈夫?」
『うん』
呼び声に応えて、エドアルドが指輪にかかっている移転の魔法でリベリオの部屋に飛んで来る。思わず抱き着いたリベリオは、エドアルドの大きな体に包み込まれるようにして抱き締められる。
「会いたかった」
「ぼくも」
短く言葉を交わすと、エドアルドの手がリベリオの頬にかかって、触れるだけの口付けをされる。乾いた柔らかい唇がリベリオの唇と触れ合って、リベリオは耳が熱くなって心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
明日でリベリオは学園を卒業し、翌々日にはエドアルドと結婚するのだ。
「エド、ずっとこうしていたいけど、ダリオもアウローラも義父上も母上も待ってるから」
「そうだね」
抱き締め合っていたい。口付けを何度も交わしたい。その気持ちはエドアルドも同じだと信じたいが、エドアルドの到着を待っていたのはリベリオだけではないと理性が告げる。
名残惜しく体を離したリベリオは、エドアルドに手を引かれて部屋から出て食堂に向かっていった。
食堂では夕食のためにダリオもアウローラもジャンルカもレーナも集まっている。
エドアルドの顔を見ると、ダリオが席から身を乗り出す。
「エドアルドお兄様、来られたのですね! 剣術の先生に褒められたのですよ!」
「偉いな」
「わたしは筋がいいそうです」
「ダリオ」
僅かに唇の両端を吊り上げてエドアルドがダリオの頭を撫でる。表情には僅かしか動きがないが、ダリオは他人の感情を少しだけ読めるので、エドアルドが心から称賛していることが伝わってきているだろう。
嬉しそうなダリオにリベリオも笑顔になる。
「エドアルドお義兄様、わたくし、二年生でも首席だったの!」
「すごい」
「剣術も魔法も一位になれたのよ!」
報告する弟妹にエドアルドは嬉しそうな雰囲気を醸し出している。リベリオもその報告に交じりたい気持ちはあったが、子どもっぽいかもしれないとぐっと我慢した。
家族で夕食を取った後、リベリオとエドアルドは順番にお風呂に入って、リベリオがエドアルドの部屋にお邪魔する。
今日は膝枕の気分だったようで、エドアルドはリベリオの膝に頭を乗せていた。
「重くない?」
「重くないよ。エドの髪がさらさらで気持ちいい」
「リベリオ」
「はい」
「お願いが」
どんなことだろうとリベリオが耳を澄ましていると、エドアルドが小さな声で呟く。
「『リベたん』と」
「え?」
時々エドアルドはリベリオのことを「リベたん」と呼ぶことがあった。そういうときにはエドアルドが名前を噛んでしまったのだろうとリベリオは気にしていなかった。噛んだことを指摘するのはマナー違反でもあるし、通じていればある程度の間違いは許容するのが家族というものだ。
それが、今、エドアルドははっきりとリベリオを「リベたん」と呼んだ。
「二人きりのときだけ、『リベたん』と」
二人きりのときにリベリオがエドアルドを「エド」と呼ぶように、エドアルドはリベリオを「リベたん」と呼びたがっている。理解できたが、いくつか疑問が残る。
「もしかして、エドはわたしのこと『リベたん』って呼んでいたのは、噛んだわけじゃなかったの?」
「ずっと呼んでた」
「心の中では、わたしはずっと『リベたん』だったの!?」
そんな風に愛称で呼ばれていたとは気付いていなかったので、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちがリベリオの胸に生まれる。
口数が少なく、表情もほとんど動かないエドアルドにはまだまだリベリオが分かっていないことがありそうだ。
「二人きりのときだけならいいよ。エドがそう呼びたいなら」
「リベたん!」
がばっと膝から起き上がったエドアルドに抱き締められてリベリオは慌てる。お風呂には入ったが、それだけにお互い夏向けのパジャマ姿という薄着で、抱き締められると、今は夜だし、どうしても考えてしまう。
「え、エド……あの、わたし、よく分からないから……」
何がと具体的に口にするのが恥ずかしくてぼかしてしまうが、リベリオは初夜のことを話しておきたかった。リベリオには男性同士の性交の知識がない。男女の知識ならば学園の性教育である程度習ったのだが、こういうことは女性側になると「旦那様にお任せしなさい」となるわけで、エドアルドはアマティ公爵でリベリオよりも体格がいいので当然男性役をするとして、リベリオは女性役をどうすればいいのか全く分かっていなかった。
「リベたん、任せて」
「うん。エド、わたしに教えてね」
男性同士とはいえ
女性の場合は最初は痛いことがあるので配慮して、できるだけ優しくしなければいけないと教えられていたが、リベリオは女性側をやるはずなので、痛いことがあるかもしれない。
「エドなら平気」
例え痛いことをされるとしても、エドアルド相手ならば我慢できる。平気だとリベリオは決意した目をしていた。