リベリオがエドアルドに「リベたん」と呼ぶことを許してくれた。
リベリオが九歳のときから実に九年間、エドアルドは心の中でリベリオのことを「リベたん」と呼び続けていた。何度か口に出てしまったこともあったけれど、それはリベリオは噛んでしまっただけなのだと思っていたようだった。
ついに許されて堂々と「リベたん」と呼べるようになったエドアルドは、感動を噛み締めていた。
(リベたんを「リベたん」と口に出して呼ぶ許可をもらいましたー! 「リベたん」なんてかわいい呼び方、世界で口に出して呼びたい名前第一位に間違いないよね! それをぼくだけが独占する! 二人きりのときの特別な呼び方!)
幸せに浸っていると、リベリオが耳まで真っ赤にして大事なことを話してくれる。
男性同士の行為についてエドアルドも学園で教えられた記憶はないし、リベリオが低俗な本を読むはずがない。知識がないのは当然のことだった。
(大丈夫です、お兄ちゃんに全部任せて! ちゃんとリベたんのことを受け入れられるように勉強しておくし、練習もしておくし、当日は準備もしておくからね! リベたんに恥をかかせるようなことは絶対にしない! ちょっと恥ずかしいけど、ぼくの方が年上なんだし、しっかりリードさせてもらうよ!)
抱かれるための準備をしておくというのは恥ずかしいことこの上ないが、男性同士の行為となるとそれくらいはしておかないとスムーズに事が運ばないのはエドアルドは書物でしっかりと学んでいた。
リベリオとつつがなく初夜を迎えるために、エドアルドは努力を怠らない姿勢だった。
リベリオの卒業式の朝、エドアルドは早起きをして王都のタウンハウスの薬草菜園の世話に参加した。王都のタウンハウスの薬草菜園は、普段はリベリオとアウローラとダリオが世話をしているようだが、しっかりと薬草も育っていて、マンドラゴラの植えてある畝では「びぎゃ」「ぼぎゃ」とマンドラゴラの声が聞こえる。
薬草菜園の世話をしている間、エドアルドとリベリオとアウローラとダリオのマンドラゴラが土を浴びせかけ合って遊んでいた。
「マンドラゴラをもっと」
マンドラゴラの栽培地を広げて、何か起きたときにはすぐ出荷できるようにするのがアマティ公爵領の目標だった。それを口にすれば、リベリオがはっと息を飲む。
「マンドラゴラが必要な未来が見えたんだね、エドアルドお義兄様。マンドラゴラをしっかり育てよう、ダリオ、アウローラ」
「エドアルドお義兄様の先見の目ね!」
「わたしも頑張る!」
先見の目などないのだが、リベリオがそう言っているということは、マンドラゴラが必要な未来が来るのかもしれない。
(ぼくには先見の目はないけど、リベたんにはあるみたいなんだよね。それをうまく伝えられないぼくの口が悔しい! もっと滑らかに言葉が出てくれば! 心に思ってることの十分の一も口に出せないよ!)
誤解をしたまま結婚してしまっていいのかという気持ちもあるが、この誤解は永遠に解けないような気もしている。リベリオこそが先見の目を持っているとどれだけ主張しても、リベリオには伝わらない。
「リベリオ」
「エドアルドお義兄様? あ! そうか。もう結婚するんだから、『お義兄様』って呼ぶのもおかしいかもしれないね。え、エドアルド様?」
突然のリベリオの発言にエドアルドは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
(えぇ!? これからはリベたんが人前では「エドアルド様」、二人きりのときは「エド」って呼んでくれるってこと!? なにそれ! 最高じゃない!? 結婚するって素晴らしい!)
先見の目の誤解を解くことも忘れ、頭の中でウエディングベルが鳴っているエドアルドに、リベリオは恥ずかし気に微笑んでいた。
薬草菜園の世話を終え、朝食を終えると、馬車が用意される。
リベリオの卒業式のために家族全員で学園に行くのだ。
馬車は二台用意されていて、一台目の馬車にはジャンルカとレーナとアウローラとダリオが乗って、二台目の馬車にはエドアルドとリベリオが乗る。
リベリオが制服を着るのも今日が最後かと感慨深く見つめていると、リベリオがそっとエドアルドの手に手を重ねてくる。指を絡めるようにして手を繋ぐと、横に座るリベリオの耳が赤くなっているのが分かる。
十八歳になったリベリオは相変わらず天使のように美しかった。
美人のレーナと美少女のアウローラとよく似ていて、ふわふわの蜂蜜色の髪は柔らかく、大きな蜂蜜色の目は長い睫毛に縁どられ、身長はそこそこ高いのだが、細身で男臭くないのだ。
それに比べてエドアルドは成人男性の中でも頭一つ抜けるような長身で、体付きも厳つく、顔立ちは涼やかだと言われるが表情がなく、怖いイメージしかない。
(こんなぼくが天使のようなリベたんと結婚していいのだろうか!? いや、リベたんは誰にも譲らない! ぼくのもの! リベたんはぼくを怖がっていないもの! きっといい夫夫になれるはず!)
明後日の結婚式を思い描きながら、エドアルドはリベリオの手をずっと握っていた。
卒業式ではビアンカが卒業生代表の挨拶をした。本来ならば学年首席のリベリオがするはずだったのだろうが、ビアンカが王女ということで忖度されたのだろう。
ビアンカが卒業生代表の挨拶を述べている間も、エドアルドはリベリオだけを見詰めていた。
卒業式が終わると一度タウンハウスに戻って、エドアルドとリベリオは着替えてプロムに備える。リベリオは明るい茶色のフロックコートを着て、エドアルドは深い青にストライプの入ったフロックコートを着た。
プロムの時間になると馬車が用意されて学園にまた戻る。
講堂に集まって卒業生がそれぞれのパートナーとダンスを踊るのを見ていると、リベリオがエドアルドに手を差し出した。
「踊ってください、エドアルド様」
「喜んで」
女性パートを交代でやるのはリベリオとの約束になっているので、一曲目はエドアルドが男性パートを踊り、二曲目はエドアルドが女性パートを踊った。
(ダンスに紳士的に誘ってくれるリベたん、格好いい! リベたんはかわいいだけじゃなくて、格好よくもあったんだね! かわいくて格好いいリベたんと結婚できるぼくはなんて幸せ者なんだ!)
心の中でも喜びのダンスを踊るエドアルドにリベリオは白い頬を薔薇色に染めて一緒に踊ってくれていた。
踊って喉が乾いて、講堂の端に行くと、ビアンカも飲み物を飲んで休んでいた。ビアンカは隣国の王子との結婚が決まっている。王子の方が年下なので、成人を待っての結婚ということになっていた。
「モーリッツ殿下、わたくしの従兄弟のエドアルドお兄様と義従兄弟のリベリオ様ですわ。こちら、隣国の王子のモーリッツ・ガイスト殿下です」
「初めまして、リベリオ・アマティです」
「エドアルド・アマティです」
「初めまして、モーリッツ・ガイストです」
ビアンカの婚約者のモーリッツに挨拶をすると、ビアンカがエドアルドとリベリオの関係を説明してくれる。
「エドアルドお兄様とリベリオ様はアマティ公爵家の御子息で、義兄弟なのですが、妹君のアウローラ嬢がわたくしの兄のアルマンドと結婚するので、お父様の頼みで男性同士で結婚することになっているのです」
「男性同士で。この国では珍しくないのですか?」
「公爵家の子息同士が結婚となると珍しいですが、同性での結婚は珍しくありませんわ。子どもを作るための魔法薬も開発されておりますし」
隣国のモーリッツにとっては同性婚は珍しいようだったが、差別するような目では見られなかった。
「おめでとうございます。お二人の未来が明るいことを願っています」
「ありがとうございます。モーリッツ殿下も、成人の暁にはビアンカ殿下とお幸せに」
リベリオが笑顔でお礼を言っているのに、エドアルドは一時期はリベリオは国王陛下の命で無理やりに結婚を了承したのではないかと考えていたことを思い出す。
それも今は気持ちを確かめ合って、リベリオが間違いなくエドアルドを好きだと分かっていたが。
「リベリオ」
「ありがとう、エドアルド様」
アイスティーのグラスをリベリオに渡すと、お礼を言ってリベリオが美味しそうに飲んでいる。
エドアルドもアイスティーのグラスに口を付けた。