結婚式の前夜、お風呂に入ってリベリオはエドアルドの部屋でエドアルドを待っていた。
王都のタウンハウスには家族がいるし、結婚式も前なので何かするわけではなかったが、独身最後の夜をエドアルドと触れ合ってから眠りたいという気持ちがあった。
学園の卒業式もプロムも問題なく終わった。
エドアルドの卒業式のときのように魔物の大暴走を引き起こそうとする者もおらず、平和で楽しい一日だった。
学園生活の半分はアマティ公爵領と王都のタウンハウスを行ったり来たりする日々だったが、それもやっと終わる。
パジャマ姿のエドアルドが部屋に現れて、リベリオはソファから立ち上がってエドアルドを迎えた。エドアルドもリベリオに両腕を広げて抱き締めてくれる。
温まった胸が心地よくリベリオを包み込んでくれる。
「エド、ついに明日だね」
「長かった」
「うん、わたしもずっと待ち遠しかった」
明日結婚式を挙げても、慌ただしくアマティ公爵領に移動して、明後日も結婚式という形になるのだが、その慌ただしさですら今は期待に変わっている。
これからはエドアルドと夫夫としてずっと一緒に暮らすことができる。
「エド、結婚式の練習をもう一回しておきたいんだけど」
緊張した面持ちでリベリオが言えば、エドアルドは静かに頷いてくれる。
ドアの前に立つエドアルドにリベリオがソファの位置から歩み寄っていく。
本番ならば、ジャンルカがリベリオに付き添ってエドアルドの元まで連れて行ってくれるはずだった。
エドアルドと並んで立って、歩み出て窓際まで行く。
「目の前に国王陛下がいると思って」
「伯父上が」
「ここで、誓いの言葉を述べる」
「リベたん、愛してる」
「え、エド。わたしも」
率直に述べられた愛の言葉に顔を赤くしながらもリベリオが答えると、頬に手を添えられて顔を上向けられる。
そのまま口付けをされそうになってリベリオは慌てた。
「ま、待って待って! これは練習だから! 本当にしちゃダメだよ!」
「結婚するのに?」
「で、でも、ダメ」
恥ずかしくて練習が続けられなくなると告げれば、エドアルドはリベリオの頬に軽く口付けてリベリオを解放してくれた。それだけでもリベリオは体中が熱くなって汗が噴き出す。
季節も夏なので室内には快適な温度で過ごせる魔法がかかっていたとしても、多少は暑さを感じるくらいなのだ。
「アマティ公爵領のお屋敷では、義父上と母上の前で誓いの言葉を述べるんだよね」
「そうだよ」
「昼間にガーデンパーティー方式にできてよかった。あまり遅くなるとダリオが眠くなっちゃうもんね」
天気がよければアマティ公爵領での結婚式はガーデンパーティー方式で庭で開かれる。雨が降っていればお屋敷の大広間を使うのだが、天候魔法士の天気予報では晴れという予測が出ている。
「ガーデンパーティーでは、義父上と母上の前に立って、誓いの言葉を述べる」
「リベたん、愛してる」
「わ、わたしも。もう、エド、恥ずかしいから、そういうのは本番だけにして」
顔を押さえて赤くなっているのを隠そうとするリベリオだが、エドアルドはリベリオを抱き締めてしまう。
「エド、わたし、汗かいちゃったから」
「リベたんはいい匂い」
「首筋に顔を埋めないで!? もう、エド!」
じゃれつくように首筋に顔を埋めて来るエドアルドの胸を押して逃れると、エドアルドがどことなく悲し気に見える。もうすぐ結婚する恋人にこんな風に拒まれては悲しくもなるだろう。それでもリベリオはエドアルドに対応するのに必死だった。
「エドは格好いいからみんなの注目を集めちゃうよね」
「リベたんは天使」
「え!? わたし、天使なんていう年齢じゃないよ!?」
アウローラやダリオならば分かるが十八歳にもなったリベリオを天使と言われても、リベリオは戸惑うばかりだ。
「リベたんは天使。天使だよ」
「なんだか恥ずかしいからやめて、エド」
エドアルドとたくさん話せるのは嬉しいが、エドアルドがリベリオを「リベたん」と呼びたかったこととか、エドアルドがリベリオを「天使」だと思っているということとか、知りたくなかったことも知ってしまっている。
いつからエドアルドはそんな風に思っていたのだろう。
「エドは、いつからわたしのこと、好きだった?」
「初めて会ったときから」
「え!? あのときから?」
率直に答えられてリベリオは驚いてしまう。
エドアルドとリベリオが出会ったのはそれぞれ十二歳と九歳のときだった。リベリオは初めは「氷の公子様」と呼ばれていたエドアルドの表情が動かず口数が少ないことを気にして、怖いと思っていたのに、エドアルドはあの時点でリベリオのことが好きだったと言っているのだ。
「多分、一目惚れ」
「そ、そうだったんだ。うわー、嬉しいような、恥ずかしいような……」
十二歳のエドアルドはリベリオに一目惚れをしてくれた。リベリオも最初からエドアルドのことは怖かったが格好いいひとだとは思っていた。
「わたしも、エドのこと格好いいなとは思ってた」
「婚約の話が出たとき、嬉しかった」
「あ! そうか! エドには先見の目があるよね。それで、わたしと結婚することは初めて会ったときに分かっていたんだ!」
そう考えると納得がいく。
エドアルドがリベリオに献身的に尽くしてくれたのも、リベリオの命を救ってくれたのも、先見の目があってこの結婚を予見していたからだと思うと全て説明ができる気がした。
初めて会ったときにエドアルドはリベリオと結婚する未来を感じてくれていた。それを思うと、九年間もの長い間待たせてしまったという実感がわく。
それで口付けも抱擁も拒んでしまったとなると罪悪感があって、リベリオは背伸びしてエドアルドの頬にそっと口付けた。
エドアルドの青い目が紫がかっているのが分かる。
エドアルドは元々青い目なのだが、興奮するとそこに血管の色が混じって紫がかるのをリベリオは知っていた。
高まる気持ちはあるのだが、まだ結婚式を挙げていないし、リベリオは男性同士の行為をどうすればいいのかも分かっていない。全て任せていいとエドアルドに言われているが、男女の行為でも最初は痛いことがあると聞いているので、覚悟はしていた。
「エドは優しいから……」
「ぼく?」
「わたしが痛がっても、エドは絶対にやめないでね?」
約束をするように手を握ると、握り返される。
「痛いことも、怖いことも、何もない」
「うん、エドを信じてる」
怖い思いはあるが愛し合っているのだから乗り越えていけるとリベリオは思っていた。
自分の部屋に戻る前に、リベリオとエドアルドは給仕にアイスティーを持って来てもらってのどを潤した。乾いた喉にアイスティーはしみ込むようで、一気に飲み干してしまった。
「エド、お休みなさい。明日は頑張ろうね!」
「リベたん、お休み」
アイスティーを飲み終わると自分の部屋に戻ってベッドに入ったリベリオだったが、なかなか眠れない。
目を閉じるとエドアルドと出会ってからのことが浮かんできた。
最初は怖かったけれど、魔力を分け与えてくれるようになって少しずつ仲が縮まって行った。一緒に行った両親の新婚旅行では同室で魔力の制御の仕方を習った。レーナの事故のときにはレーナを助けるために癒しの魔法を使ったリベリオが動けなくなったのを、エドアルドが青い花の特効薬で治してくれた。
王都のタウンハウスで一緒に暮らして三年目に国王陛下から命じられてエドアルドとリベリオは婚約をした。そのときにはエドアルドが仕方なく婚約を受けたのだと思っていたが、最初から先見の目でリベリオとの運命を知っていたのだったら、エドアルドもリベリオと同じ気持ちだったのだろう。
エドアルドの卒業式で魔物の大暴走を起こそうとする輩が出現したり、湖畔の別荘に行こうとしたときに襲われたり、アマティ公爵領を最初に流行り病が起きたり、大変なこともたくさんあった。
それも全部エドアルドの先見の目で解決した。
眠りに落ちていくリベリオの夢の中で、エドアルドとリベリオが二人揃ってアマティ公爵領でベビーベッドを覗き込んでいる光景が見えた気がした。
ベビーベッドには蜂蜜色のふわふわの髪に紫を帯びた青い目の赤ん坊が眠っていた。