国王陛下の前で誓いの言葉を述べて、結婚誓約書にサインをして、リベリオが侯爵位を賜る書類にもサインをして、その後の披露宴のパーティーにも出て、結婚式の初日は慌ただしく過ぎて行った。
王都の王宮での結婚式が終わると、白く塗られた美しい馬車に乗ってタウンハウスまで戻って、一度着替えて、着替えを荷物に詰め込み、アマティ公爵領に向かう列車の駅へ行く馬車に乗る。
アマティ公爵領に着いたら家族で少し遅い夕食を取って、順番にお風呂に入って、リベリオはエドアルドの部屋ではなくアマティ公爵家の主人の寝室に向かっていた。
公爵位を譲られた時点からエドアルドはその部屋を使ってもいいはずだったのだが、結婚するまではリベリオと離れなければいけないので、リベリオの隣りの部屋を使い続けていたのだ。
今日からはエドアルドとリベリオは
明日のアマティ公爵家での結婚式もあるので今日初夜を迎えることはないと分かっているが、リベリオは緊張してソファに座ったまま手が白くなるくらいまで膝の上に乗せた拳を握り締めていた。
お風呂から出てきたエドアルドがリベリオの横に腰かける。
僅かに震えているリベリオに気付いたのか、エドアルドがリベリオの手を取った。
流れ込んでくるのは温かな魔力。
魔力の相性が悪いと魔力を受け渡しすると酔ったようになったり、倒れたりするものだが、エドアルドとリベリオは奇跡的に魔力の相性がとてもいいので魔力を受け渡ししても温かく心地いいだけで気持ち悪さはない。
リベリオも魔力を送り返すと、エドアルドがリベリオの頬に手を添えた。
目と閉じれば唇に触れるだけの口付けをされる。
「エド……」
「昔みたい」
「わたしの魔力臓が壊れていて、エドが魔力を注いでくれたのも、魔力臓が治ってから魔力核とのバランスが悪くてエドが魔力を受け取ってくれたのも、全部温かくて心地よかった」
九歳から続けてきたことを思い出させるエドアルドにリベリオは緊張もほぐれて花が咲きこぼれるように笑う。その笑顔に、エドアルドはリベリオの顔中にキスを降らせてきた。
「エド、大好き。愛してる」
「ぼくも、愛してる、リベたん」
「愛してる」という言葉が自然に口から出て来て、エドアルドも自然に返してくれている。幸せでリベリオは泣きそうになっていた。
「リベたん、今日は疲れたね」
「エドも疲れた? わたしはもうくたくたで倒れそうだったけど、エドに魔力をもらってちょっと元気が出た」
国王陛下の前での結婚式はものすごく緊張するものだった。書類にサインする手が震えてしまったし、誓いの言葉を述べる声も震えていただろう。それでもリベリオがやり遂げられたのはエドアルドが隣りにいたからに違いなかった。
「もう寝よう」
「う、うん」
促されて部屋の奥を見れば、ジャンルカも体が大きかったのでそれ相応の広い天蓋付きのベッドが目に入る。アマティ公爵家の主人が変わったのでベッドも新しく作り直されただろうが、長身で大柄なエドアルドと成人男性の平均より少し低いくらいには身長のあるリベリオが眠ってもゆっくりとした広さがありそうだ。
手を引かれてベッドまで連れて行かれると、エドアルドが右側に、リベリオが左側に横になった。夏なので薄い掛け布団はエドアルドとリベリオの分、二枚用意されている。
掛け布団を体にかけながらリベリオは昨夜の夢のことを思い出していた。
「昨日の夜、夢を見たんだ。わたしとエドがベビーベッドを覗き込んでいて、そこにはわたしに似た蜂蜜色の髪に、エドに似た紫を帯びた青い目の赤ん坊がいたんだよ」
「現実になる日が来るかもしれない」
「そうだといいなぁ。エドとわたしに似た赤ちゃん……」
うっとりとかわいい赤ん坊のことを考えていると、エドアルドの逞しい腕に抱き寄せられてリベリオは体を硬くした。じっとしていると、抱き締めたままエドアルドは目を閉じている。そのまま動かずにいたらエドアルドは健やかな寝息を立てていた。
心臓がうるさくて眠れないかと思ったが、エドアルドの寝息を聞いているとリベリオは落ち着いてきて目を閉じればすぐに眠りに落ちた。
翌朝は薬草菜園の世話に行く暇もなかった。
朝食を急いで詰め込んで、結婚衣装に着替えてアマティ公爵領と周辺の領地から来る貴族たちを迎える。
天気は予報通りに晴れで、強い日差しが庭に降り注いでいた。
昨日と同じ衣装だが、相変わらずエドアルドは格好いい。整った顔立ちに表情はないが、長身で体付きも立派で、同じ男性ながら見とれてしまうくらいだった。
その隣りに並ぶのがリベリオで、貧相ではないかと思ってしまうのだが、エドアルドは腕を出してエスコートしてくれる。
庭の薔薇園の前にジャンルカとレーナが待っていてくれて、リベリオとエドアルドは両親の前に歩み出た。
「
ジャンルカの言葉にエドアルドが凛と顔を上げる。
「愛するリベリオと共に、アマティ公爵領を治め、豊かな領地にしていくことを誓います」
「愛するエドアルド様を一番近くで支え、アマティ公爵領が今まで以上に栄えるように尽力することを誓います」
真面目に二人で考えた誓いの言葉を口にすると、ジャンルカが苦笑している。
「夫夫としての言葉はないのかな?」
「エドアルド様?」
「リベリオ」
急に振られてしまったのですぐには思い付かないリベリオだったがエドアルドは落ち着いた様子で口を開く。
「リベリオのことを生涯愛し、どんなときでも支え合い、共に生きることを誓います」
「わ、わたしも、エドアルド様を生涯愛し、死が二人を別つまで共に生きることを誓います!」
先にエドアルドが誓いの言葉を言ってくれたので、リベリオも真似して何とか言うことができた。
「アマティ公爵家の新しい当主夫夫に祝いの拍手をお願いします」
ジャンルカの声に、会場からは拍手が巻き起こった。
結婚式はガーデンパーティー方式で行ったが、夏の暑さが厳しかったので披露宴はお屋敷の大広間で行われることになっていた。
大広間にセッティングされたテーブルと椅子について、料理が運ばれてくるのを待つ。ジャンルカとレーナのときは簡単な結婚式だったので立食パーティー方式だったが、リベリオとエドアルドのときにはそういうわけにはいかないようだ。
一番前の席に座って挨拶を受けるリベリオとエドアルドは椅子に座れないくらい忙しかった。
せっかくの結婚式の御馳走も一口も手を付けられない。
「おめでとう、エドアルド。愛するリベリオとの結婚が叶ってよかったね」
「ありがとう、アルマンド。リベリオには飲ませないで」
「それじゃ、エドアルドに飲んでもらおうかな」
遠慮なくエドアルドのグラスに葡萄酒を注ぐアルマンドに、エドアルドは受け取ってそれを飲み干していた。
こういうときでもエドアルドはリベリオを守ってくれる。成人しているのだし、この国では食事と一緒ならば十六歳から飲酒を許されるのだが、リベリオはお酒に強い方ではなかったので、エドアルドの助けは本当にありがたかった。
披露宴の間中、挨拶を受けていたリベリオは完全に昼食を食べ損ねていた。
それでも緊張のせいかお腹が空いた感覚はないのだが、ずっと立っているので足は痛くなってきていたし、疲れもあった。
披露宴から解放されたのは夕方になってからだった。
リベリオとエドアルドは参列してくださったお客様を見送り、ようやく結婚衣装を脱いで着替えて寛げたのだった。