アウローラ・アマティは七歳のときに王太子であるアルマンドと婚約をした。
アルマンドは生まれつき他人の感情を読み取る力があり、貴族社会で嫌な感情に触れてきた。そんな中でアルマンドを「王子様」と慕う純粋なアウローラの心はアルマンドを救ってくれた。
本来ならば学園に入学するころに婚約をするのだが、アルマンドは十五歳になっても婚約もしていないような状態だったから、心配した国王陛下がアルマンドに自分の意思を問い、アルマンドは王弟であるアマティ公爵ジャンルカの養子であるアウローラを婚約者に望んだのだった。
それから五年、二年前の十歳のときに義兄であるエドアルドはアマティ公爵を継いでジャンルカは宰相となり、十二歳になったアウローラは学園に入学した。
学園では入学してきたアウローラに興味津々の生徒が多かった。
アウローラはアルマンドの弟であるジェレミアのお茶会に招かれた。
学園はお茶会までが授業の一環となっている。自分たちが実際にお茶会に招かれたときのことや、お茶会を主催する立場になったときのことを考えて、数人でサロンを借りてお茶会の準備を生徒が全て請け負って行うのだ。
ジェレミアのお茶会には、ジェレミアの婚約者のカロル・ドーミエ公爵令嬢もいた。六年生である兄のリベリオとジェレミアの姉のビアンカも参加しているが、六年生は最高学年なのでお茶会の主催を退いてジェレミアとカロルに引き継いでいる。それに、ジェレミアの学友のサミュエル・ベタンクール侯爵令息もいた。六人のお茶会は、エドアルドとアルマンドがいたころから引き継がれていて、その次はリベリオとビアンカ、そしてジェレミアとカロルに主催は移っていた。
ジェレミアとカロルは三年生だが、お茶の手配もお茶菓子の手配もしっかりとしてくれているようだ。
「本日よりよろしくお願いいたします。アウローラ・アマティです」
「お噂は聞き及んでおりますわ。わたくしはカロル・ドーミエ。ジェレミア殿下の婚約者となりました。アウローラ嬢はアルマンド殿下の婚約者。同じ王子殿下の婚約者同士、仲良くできると嬉しいです」
王太子ではない国王の息子は、領地を分け与えられて公爵となるか、王宮に残って王太子の補佐となるかを決めるのだが、ジェレミアは王宮に残る方を選んでいる。現在の国王の弟であるジャンルカは公爵となって領地を治めることを望んだが、宰相が国の役に立たない人物だったので、国王が望んでジャンルカに宰相になってもらって、ジャンルカは王宮に戻っている。
そのためにアウローラの義兄のエドアルドは十八歳の若さでアマティ公爵を継いだ。
義兄のエドアルドと兄のリベリオに関しては、非常に仲睦まじくアマティ公爵領で過ごしているので、アウローラは心配していない。リベリオはエドアルドの補佐をするためによく学んで学園を今年卒業し、卒業後はしっかりとエドアルドを支えるだろう。
来るべき兄たちの結婚式をアウローラは楽しみにしていた。
「アウローラ様は剣技がお得意と伺いました」
「わたくし、剣技は三歳のときから習っております」
「それは小さなころから習っておいでだったのですね。アウローラ様の武勇伝、わたしも聞き及んでおります」
サミュエルに言われて、アウローラは謙遜などするつもりは全くなかった。アウローラはエドアルドと共にアマティ公爵家を狙う刺客を倒したこともあるし、魔物の大暴走を止めたこともある。前宰相の企みを止めたこともあるのだ。
「わたくし、王太子妃になったら、やりたいことがあります」
アルマンドと結婚するまでにはまだ六年の学園生活があるのだが、アウローラには夢があった。
語り出すと、ジェレミアもカロルもサミュエルもビアンカも耳を傾けてくれる。
「王宮の騎士は、屈強な男性が選ばれることが多いと聞いています。ですが、わたくし、女性でもできると思うのです。わたくしが剣を扱えるように。わたくし、女性だけで構成された騎士団を作りたいと思っています」
これまで誰にも明かしたことのない自分の夢を口にすると、ジェレミアとカロルとサミュエルが驚いているのが分かる。
「女性の騎士団とは斬新ですね」
「わたくし、男性の騎士に護衛をされているのですが、言いにくいことがある場合もあります。そういうときに、護衛の騎士が女性ならばよかったと思ったことがありますわ」
「女性の要人も一定数はいるわけですから、女性の騎士の需要はあるでしょうね」
驚きながらも賛成してくれるジェレミアとカロルとサミュエルに、アウローラは可憐と言われる顔に微笑みを作った。
学園は平等と言われているが、基本的に身分でしっかりと分けられている。王族と公爵家と侯爵家の子息令嬢しか入れないクラスがあるし、食堂も身分によって分かれている。それは安全のためにも絶対に必要なことだった。
アウローラは王族と公爵家と侯爵家の子息令嬢しか入れないクラスに入っているが、食事はお弁当を持ってきているので食堂は利用していなかった。
リベリオもお弁当を持って来ている。
アウローラはリベリオと一緒にお弁当を食べていた。
「リベリオお兄様、週末にはエドアルドお義兄様のところに行くのですか?」
「そのつもりだよ。アウローラはアルマンド殿下と過ごすのかな?」
「はい、わたくしお茶会に誘われています。
王太子妃教育の一環として、アウローラは学園に通うようになってから王宮に呼ばれることが多くなる。休日の宿題は学園の休み時間に済ませてしまって、休日は王太子妃教育に努めなければいけなかった。
それも、アマティ公爵家で厳しく教育されているので、問題はないと義父のジャンルカも母のレーナも太鼓判を押してくれる。
「アルマンド殿下と国王陛下と王妃殿下とお会いするのが楽しみです」
エドアルドと同じ年で二十一歳になっているアルマンドは王太子として国を支えるために国王陛下の手伝いをして働いている。政治の一部はアルマンドに任されているのだから、その有能ぶりはよく分かる。
あの輝かしく美しいアルマンドの隣りに並ぶために努力するのはアウローラも全く苦ではなかった。
お弁当を食べ終わるとアウローラはリベリオに教えてもらいながらその日の宿題を終わらせてしまった。
週末になるとアマティ公爵家の玄関前に王宮から馬車が送り出されて、アウローラを迎えに来る。
失礼にならない程度に美しくはあるが華美ではないドレスを身に纏って、アウローラは馬車に乗った。
馬車に揺られて王宮まで着くと、アルマンドが出迎えてくれる。
「ようこそ、いらっしゃい。ぼくのお姫様」
「わたくしの王子様。お会いできて嬉しいです」
王太子として国を担う仕事を始めてから、アルマンドは忙しくなり、アウローラと会う機会が減った。久しぶりに会ったアルマンドはエドアルドと同じくらい背が高くて、黒髪が艶々と光って、青い目も不思議な光を帯びてとても美しい。
エスコートされて王宮の庭のサンルームに行くと、国王陛下と王妃殿下が席についていた。
「アウローラ・アマティ、参りました。この度は、お招きいただきありがとうございます」
「形式ばらなくていいのだよ、アウローラ。お茶会は私的なものだ。アウローラに珍しい異国の菓子も用意してある」
「アウローラ嬢、陛下ったら、アウローラ嬢が来るから珍しいお菓子を取り寄せて、お茶も最高級のものを取り寄せて、大変だったのですよ」
「光栄です」
「アウローラはこれから厳しい王太子妃教育を受けるのだ。その前にご褒美があってもいいだろう?」
「それにしても甘すぎですわ、陛下」
くすくすと笑う王妃殿下に国王陛下は言い訳をするようにしているが、アウローラを歓迎してくれているのは間違いない。
珍しい異国の菓子をいただき、お茶を飲んでいると、アルマンドがアウローラに問いかける。
「アウローラは夢があるんだって? ジェレミアとビアンカが話していたよ。一番にぼくが聞きたかったな」
「アルマンド殿下にもお聞かせするつもりだったのです」
「ほう、アウローラの夢か。わたしも聞いてみたいものだ」
「わたくしにも教えてくださいませ」
国王陛下と王妃殿下も興味を持ってくれて、アウローラは怖じることなく話し出す。
「女性だけの騎士団を作るのです。国の要人には女性も多くいます。王妃殿下もです。そのような方が、女性しか入れない場所でも警護を任せられる騎士がいれば、安心ではありませんか?」
いくら警護の兵士や騎士と言えども、女性専用の手洗いにまでついていくことは難しい。そういう隙をついて暴漢が襲ってきたり、暗殺事件が起きたりするのだ。
「女性だけの騎士団か。アウローラのように肉体強化の魔法が得意なものを採用するのだね」
「そのつもりです、アルマンド殿下」
「それは素晴らしい。騎士団の団長にはアウローラがなるのか?」
「そうなりたいと思っております」
王太子妃としての仕事は忙しいかもしれないが、騎士団の名前だけの団長としてでもアウローラはその騎士団を盛り立てたい。王太子妃の名前を冠する騎士団ならば、女性だけとはいえ馬鹿にされることもないだろう。
アルマンドの言葉に答え、国王陛下にも答えると、国王陛下は身を乗り出している。
「いいではないか。アウローラ王太子妃の女性騎士団! わたしは応援するぞ!」
「わたくしも応援しますわ。そばにいるのが男性の騎士ばかりでは困ることもありますからね」
国王陛下と王妃殿下に賛成してもらって、アウローラはその夢を強く心に抱いた。
これから六年後、学園を卒業してアウローラが王太子妃となると同時に、女性だけの騎士団が作られることとなる。
「アウローラ騎士団」と名付けられたその騎士団は、魔法で肉体強化をした女性の騎士が活躍し、女性たちの社会進出を助けることとなるのだった。