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第30話 本当の王子様


<お前……同じこと繰り返すつもりか?>


 呆れ返ったツテヴウェの視線を受けつつ、ナディスは平然と答える。


「ねぇ、ツテヴウェ。わたくし思うの」

<あ?>

「前回のわたくしって、とっても世界が狭かったでしょう?」


 いきなり何だ、とツテヴウェは猫に擬態していたのをといて、元の悪魔の姿に戻った。

 あらコイツ、そういえばとってもお顔が整っていたのよね、とナディスは思いつつも絵姿を見てからハン、と鼻で笑うが、何となくツテヴウェはそれが気に食わなかった。


<今すっげぇ馬鹿にされた気がするんだが>

「まぁ賢い」


 おほほ、とナディスは優雅に笑う。

 とはいえナディスの見た目はまだまだ子供なのだが、中身はもう十八歳を軽く超えているのだから、ある意味年相応なのだがツテヴウェはむっとしたまま宙に浮いてナディスの顔をじっと見る。


<何が狙いだ>

「幸せになろう、って思ったの」

<けど>

「そうよね、よく考えてみてくれない? 前回ミハエル様にだけ心を奪われていたけれど……別にお顔が整っている方って、あの人だけではないでしょう?」

<何を今更>

「人のお話に茶々入れてんじゃありませんわよ」


 ナディスは予備動作なしで思いっきりツテヴウェの頬を引っぱたいた。


<いってぇ!?>


 スパン! と結構良い音がしてしまい、ツテヴウェは慌てて頬を押さえるが、子供の力で叩かれたとて別に痛くはないのだ。

 ちょっと、ついうっかりびっくりしてしまったのと。、音にびっくりしてしまった、というだけ。


<何すんだよ姫さん!>

「どこかのお馬鹿さんが茶々入れるからよ」

<……へいへい、大人しく聞きますー>


 ツテヴウェの言葉に『よろしい』と言わんばかりにナディスはにっこり、と音が付きそうなほどに微笑んだ。

 そして遠慮なく言葉を続ける。


「ミハエル様のお顔も整っているけれど、他の人を見ていないのに一目ぼれしたのは早計だったかな、って思ったのよね」


 何を今更……? とは思うが、うっかり言ってまた叩かれたくはない。

 ツテヴウェは反論したいのを必死に堪えて、ナディスの言葉の続きを待った。


「そうしたら、お父さま……というか、おじいさまが縁談を持ってきてくれた、っていう訳なの」

<いやまぁ……それは、お前が貴族令嬢だしな>

「公爵令嬢ですし」

<結構高い身分だろ?>

「勿論」


 ちょっとどや顔のナディスはとってもかわいいのだが、今はそれどころではない。

 というか、ナディスが隙あらば絵姿を見たそうにしているから、早めに話を聞いてあげた方が良いのでは……と、ツテヴウェはとっても空気を読んだ。

 ついでに、別に座らなくても良いのにきちんと正座までしている。


「そして、わたくしが嫁ぐとすれば王家か、あるいはそれに次ぐ家柄でなければなりませんわ。まぁ妥協して伯爵家……?」

<へー>

「ミハエル様を最初に見たときは王子様だと思いましたけど……あんなの、王子様のふりをした単なるゴミですわ、ゴミ」

<ゴミて>


 思わず突っ込んでしまったツテヴウェだが、きっと彼は悪くない。

 悪くないのだが、とんでもない顔で睨みつけてくるナディスは結構怖い。美少女だけに迫力がとんでもないことになっていて、ツテヴウェはだらだらと冷や汗をかいている。


「……反省しているならまぁ良しとして。今度こそ本物の王子様ですわ」


 にま、とナディスは微笑んで……というか令嬢らしからぬ笑みを浮かべて姿絵をじっと見ている。


 そこに描かれているのは隣国の王太子。

 とんでもない軍事力を保有し、ナディスが今住んでいる国とは同盟関係にあるのだが、ナディスの住んでいる国からは魔法技術の提供を、隣国からは軍事力の提供を、と双方にとってちょうどいいからと契約されたものだが、確かそろそろ期間満了がやってくる。

 となれば、どうにかして関係性を維持しなければいけない。


 そうなると手っ取り早いのは、何か。


「……わたくしが、隣国へ輿入れすれば……」

<姫さんが己の価値を示す必要もあるんじゃねぇの?>

「まぁひどいわツテヴウェ、このわたくしが」


 一呼吸おいて、ナディスは妖艶に微笑んだ。


「わたくしそのものが、価値となるように努力すれば良いだけのお話ではなくて?」

<へ?>


 何を言っているんだ、とツテヴウェが慌ててナディスを見ると、自信たっぷりに微笑んでいるナディスとばっちり目が合った。

 ああそうか、そうだった。

 このお嬢様は、欲しいものは絶対に手に入れるし逃すことなんてするわけないのだ。


<なら……尚のこと、普段の護衛は必須だな>

「ええ、勿論」


 ふ、と二人は微笑み合う。

 まるで、物語の黒幕のようにしながら。いうなれば『悪役』そのもの。


「さて、かの国の王太子殿下がどんな人がお好みなのかを知りたいけど……」

<顔合わせするんだろう?>

「ええ。でも念には念を、って言うじゃない」

<なら>


 めき、と奇妙な音がした。

 一体なんだ、とナディスがきょろきょろと周囲を確認しても、特に何もない。


「(聞き間違い……?)」

<ほれよ>

「何よツテヴウェ………………って、きゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 ツテヴウェの手にあったのは、いや、いたのは一匹の鳥、なのだが……。


「ゆ、指! ツテヴウェ、あなた、指!」

<ちょっともいで使い魔をだな>

「せめて指復元させてから普通の状態でわたくしにその可愛い使い魔の鳥さん寄越しなさいよ! 馬っ鹿じゃないの!?」

<すげぇ、息継ぎしてねぇ>

「喧嘩売ってますの!?」


 ぜーはー、と肩で息をしているナディスと、平然としているツテヴウェがとても対照的だった。

 だが、ツテヴウェ自身は悪魔。

 確かにナディスの言う通り、指をちょっともいで使い魔を作ったのであれば、さっさと指を治しておくべきだったなぁ、とちょびっとだけ反省をした。


<これでいいか?>

「最初からそうなさい!! 次やったら遠慮なく魔法で攻撃しますからね!!」

<あんまり怒ると頭に血が上るぜ?>

「わたくしの驚きようを見て冷静に分析してんじゃないわよ!?」


 中身が大人なせいか、そこそこの幼女からほいほいと出てくる罵詈雑言。

 年齢を考えればまぁ普通だが、今のナディスがこれをやるととんでもなく口の達者な幼い令嬢、にしか見れないのだから、外見年齢ってとっても大切なんだな、とツテヴウェはどこまでも冷静に分析していた。


 なお、使い魔は真っ黒な小鳥。

 ぴちち、と可愛らしい声で鳴いているその子が、どうやったらツテヴウェの指をもいで作られるのか。きっと想像できる人なんかいないだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「殿下、新しい婚約者候補のご令嬢の絵姿をどうぞ」

「……次こそ、大丈夫なんだろうな?」

「勿論ですとも、このじいやの伝手を使えば、これまでの失態なぞ」

「最初からそうしていてくれると、とっても助かるんだが」


 遠慮なく『じいや』である年老いた従者に反論し、王太子――ベリエル・レイ・ペツォールト・グロウは呆れたように絵姿を受け取る。

 隣国・カーディフ王国の公爵家令嬢か……とどこか諦めたように絵姿を見てみれば、とても可愛らしい令嬢がいた。いいや、可愛らしいというよりは幼いながらも美しい令嬢。

 目の力がとてもしっかりしていて、どこか挑戦的な笑みを浮かべている彼女――ナディス=フォン=ヴェルヴェディアをじっと見つめる。


「この令嬢が、な……」

「王太子妃候補としての勉強をしつつ、公爵家の跡取り教育までも並行して行っていたとか」

「あくまで噂だろう?」


 困ったようにベリエルは眉を下げ、しかし添えられていた手紙を見て思わず表情が緩んだ。


「……じいや、見てみろ」

「はて、一体どうなさったので……おや」


 とても綺麗なグロウ王国の文字で書かれた手紙は『見事』としか言いようがなかった。

 それに加えて、ベリエルに早く会いたい、という熱烈なラブコールまでしてくれている。これはご期待に添わねば、とベリエルは微笑んで自分のデスクの椅子に腰を下ろした。


「じいや、レターセットを準備してくれ。至急、届けてほしい手紙がある」

「かしこまりました、殿下」


 深々と従者が頭を下げ、言われたものを準備する。


「さて、ナディス嬢はわたしのお好みかな……?」


 ベリエルの好み。

 それは『頭の良い人』である。


 ただ頭が良いのではなく、思慮深く、洞察力に優れた令嬢が良い。そう言ってもグロウ王国にはそんな人、いなかった。揃ってベリエルに色目を使う人たちばかり。


「……まずは、会おう」


 呟かれたベリエルの言葉は、ふわりと空気に溶けて、消えた。


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