「あらまぁ、そんなことが」
「そうなんだ」
あっはっは、と笑うベリエルを少し驚いたように見ているナディスだが、実はツテヴウェの魔法で全部見ていました、などとは決して言わずに驚いたように聞いている。策士かよ、とツテヴウェが呟いているのを聞きつつもナディスはしれっと言葉を続けた。
「ベリエル様にご負担をかけてしまったのですね……」
いやだわどうしましょう、と続けたナディスだったが、無駄にミハエルに絡まれてしまったことは事実。
実際、ベリエルの手を煩わせてしまったこともあって、しょんぼりとした様子を取り繕いつつ更に言葉を紡いでいく。
「ミハエル殿下は一体何をお考えになっているのかしら……浅慮にもほどがあります」
「ナディスが気にすることではないよ」
「でも……」
むぅ、と唇を尖らせるナディスも可愛いなぁ、とにこにこしているベリエルを見ているナディスは、うっかり気を抜くと『あああああイケメン! 好き!』と叫んでしまいそうになっているのを必死に堪えているために震えているのだが、ちょっと見方を変えれば『困り切って泣きそうになって震えている』とも見えてしまう。
ナディスはいい感じにそれをフル活用しつつ、おずおずとベリエルに手を伸ばして服の裾をつん、と引っ張れば、ベリエルにとってとんでもない攻撃力を発揮した。
「どう、したんだい?」
「……嫌いに、なりません?」
どうしたら嫌いになるというんだこの子!! と、ベリエルの心の声が駄々洩れになっていたのは、ツテヴウェだけがこっそり把握していた。
というか、この両想いな二人、お互いがお互いに抱いている恋心はきちんと把握できていないらしい。こんなにもラブラブ感満載なのに何で分かってねぇんだ!? とツテヴウェが内心絶叫していたがナディスからは『やかましくてよ』と叱られる始末。
「なるわけないだろう! ナディス、わたしは君のことが大好きなんだ!」
「ふぇ……?」
双方真っ赤になりながらぽかんとする。
ナディスは、まさかこんなことを言われるなんて、という気持ち。
ベリエルは、ナディスに自分の気持ちが伝わっていなかっただなんて、という信じられないという気持ち。
二人は互いに顔を見合わせて、真っ赤なままで少しの間見つめ合う。
「あ、の」
「……うん」
「ベリエル様は……わ、わたくしを?」
「好きだ」
<……あ、姫さん>
ぼん、とほんのり赤かった顔が真っ赤通り越してゆでだこのようになったナディスは、そのまま後ろに綺麗に卒倒した。
「な、ナディス!?!?!?」
<キャパオーバーしちまったかぁ……>
だろうなぁ、とツテヴウェは内心呟いて、卒倒したナディスの元に駆け寄ろうかと思ったが今は猫の姿を貫き通している。
姿を変えれば公爵家の人間が騒いでしまうかもしれないし、と考え、ナディスの専属侍女のところへとさっさと走っていった。
「あら、あなたナディス様の……って、どうしたの? え、ちょっと!」
「にゃあ!」
早く来い、と言わんばかりに飛びついてから走り出したら、予想通りこちらを追いかけてきてくれている。そのまま来い、と言わんばかりに時々振り返りながら卒倒したナディスのところまで行くと、ベリエルも一応人を呼んでいたようで、執事が駆けつけていた。
「ナディス様!?!?」
「ごめん……ナディスに告白したら卒倒してしまって……」
「あー…………」
ベリエルの台詞に何かを悟ったらしい執事と専属侍女は、双方ふっと視線を逸らして頭を抱えた。
そうだ、忘れてはいけない。
自分たちが仕えているこの公爵家のご令嬢は、大変な面食いでイケメン大好きなのだった。
そしてベリエルは、ナディスの好みど真ん中。ほんの少し前だったら、ミハエルに対してきゃあきゃあ言っていたナディスだったが、どういう風の吹き回しなのか、あっという間に飽きました、と言わんばかりにけろりとしていた。
「ど、どうしよう、そんなに嫌だったのだろうか……」
逆です、その逆。
使用人の心の声は綺麗に一致する。
ナディスは告白があまりにも嬉しくて、色々なものがキャパオーバーしてしまった結果、綺麗にぶっ倒れてしまったというわけなのだから。
「殿下、落ち着いてくださいませ。ナディス様は嫌などではありません。その逆ですが……ナディス様が起きてから改めてまた、お話をすればよろしいかと存じます」
「そう、かな」
「はい!」
力いっぱい肯定され、ベリエルは少しだけきょとんとするがすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「……良かった。ナディスに嫌われたりしていなくて」
<嫌いになるとかありえねぇだろうなぁ>
そう呟いたツテヴウェ。
うっかり猫のままだったので、『んにゃぁ』と鳴いただけにとどまったのだが、ふとベリエルと視線が合った。
「そうか、お前がナディスのことを助けてくれる人を呼んできたんだな。ありがとう、礼を言う……って、猫に言ってもわからないかな」
「……にゃー」
「おや」
「ベリエル殿下、この子はナディス様が大好きなんです。たまに会話をしているように見えるほど……。ですから、というのもおかしな話になりますが、私たちの言葉が理解できているのかもしれません」
「へぇ……賢いんだな」
「はい」
よいしょ、と専属侍女がナディスを抱き上げて部屋へと向かおうとすると、勿論ながらツテヴウェもその後をついていく。
御前を失礼いたします、という声と共に歩いて行った使用人と一緒にとことこと歩いていく猫の姿を見送って、ミハエルはほっと息を吐いた。
「……うん、やはりわたしの……いいや、俺の妃には、ナディスでないと駄目だ」
その呟きは、ツテヴウェにも拾われることなく、ふわりと空中に溶けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「う、ん……」
<姫さん、起きたか>
「……ここは」
<姫さんの部屋>
のそりと起き上がったナディスは、まだどこかぼんやりとしていた。
ぱちぱち、と何回か瞬きをして、そしてゆっくりと体を伸ばしてからようやく頭がはっきりしてきたのか、ツテヴウェに視線をやった。
「わたくし、どうしたの?」
<姫さん、あの王子様に告白されて卒倒したんだよ>
「…………」
<おーい姫さん>
「夢じゃなかったの!?」
<夢なわけないだろうが!!>
ツテヴウェの叫びに『夢じゃ……ない?』と呆然と呟いたナディスは、いきなりぼろぼろと涙をこぼし始める。
<姫さん!?>
慌てたようにツテヴウェはナディスの膝の上に飛び乗って、前足を伸ばし、頬にむにむにと触れてやると、ナディスからぎゅうっとツテヴウェを抱き締めたのだ。
<おい、どうした?>
「わたくし……今度こそ、信じようと思うわ」
<……おう>
「必死に……抗って良かった」
泣きながら弱弱しく呟いているナディスを慰めようと、ツテヴウェは一度人間の体になろうと思ったがすぐさま他の人がこの部屋にやってきている気配を感じ取り、猫のままでいようと思いなおした。
「わたくし……全力で幸せになるわ。その隣にベリエル殿下が居てくれることを、それを幸せだと思って……生きていくわ」
<……ナディス、感動しているところ悪いが、誰か来る>
「……え?」
ずび、と鼻をすすったナディスは一度ツテヴウェをそっと離した。
「誰かしら……」
ナディスの部屋の扉が、遠慮がちにノックされる。
「は、はい」
「失礼するよ、ナディス」
「殿下!?」
部屋に入ってきたベリエルを見て、ナディスの顔はまた真っ赤になったのは、言うまでもない、