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第37話 幸せへの第一歩


 今度こそ、絶対に幸せになるんだと心に強く誓った。

 ナディス自身は、結果として幸せへの道を着実に歩んでいる。このまま何も問題なければ、ナディスはグロウ王国の王太子妃として迎え入れられるだろうが、婚約の締結式を行い、グロウ王国の王太子妃教育を開始するまで油断はできない。

 なお、ヴェルヴェディア公爵邸にベリエルは引き続き滞在しているし、ベリエルはナディスをとんでもなく溺愛している。まだ十三歳なのにも関わらず、遠慮なくナディスを溺愛する様子は年齢不相応だ、と公爵家使用人談である。


<ナディス、生きてるか?>

「死ぬ」


 毎回毎回とんでもない溺愛を受け、ナディスは一人時間を過ごす間、部屋にあるお気に入りのソファーに座ってぼんやりと天井を見上げている。


「何ですのあのお方……とんでもないですわ……」

<それってあのベリエルって奴に対しての誉め言葉で合ってるか?>

「理解が早くて助かるわ」


 あー……、と気の抜けた今のナディスは、うっかりすると公爵令嬢に見えないくらいにだらけている。誰かの気配を感じると、途端にしゃきっとなっていつもの完璧な公爵令嬢になるのだから、その点は流石というか何というか。


<ベリエル殿下、いつ帰国するんだ?>

「今日」

<見送りは>

「しますわよ?」

<んで、そのベリエル殿下は?>

「今日は王宮に行っているわ。さすがに一国の王太子がずっと当家にいて、ランチの時間は基本的にわたくしと居てくれるんだから、さすがに国王陛下が『是非とも我が国の王太子と交流を』とかなんとか要請が入ったんですって」

<王太子……>


 ベリエルはミハエルを思い出そうとするが、どうにも興味がなさすぎて思い出せないらしい。

 うんうんと猫の姿で唸っているが、単に猫がうにゃうにゃいっているだけなので、ナディス以外の人が見れば『あら可愛い猫ちゃん』としか思えないのだが、ツテヴウェは気付いていないが、ナディスはちらりと視線を向けただけで特に我関せず。


「ツテヴウェ、王宮の様子って見れるかしら」

<おう>

「負け犬の様子が見たくて」


 にっこり、と擬音が付きそうなほどに楽しそうに微笑んでいるナディスを見て、ツテヴウェはベッドの上からひょいと降りてきてナディスの膝に乗っかる。


<まぁ、確かに負け犬だよな。えーっと……>

「ミハエル殿下ね」

<それそれ>


 器用に前足を動かして、ツテヴウェは空中にぱっと映像を映し出した。

 鮮明に映し出されたそれは、とても綺麗に映し出せているし何を言っているのかもクリアに聞こえる。


「……どうしてわたくし、あの男が好きだったのかしら」

<顔面じゃね?>

「……顔面……」


 ナディスはじっとミハエルの顔を見るが、はて、と首を傾げる。


「……これの、顔面?」

<これって>


 おい、とツッコミを入れるツテヴウェだったが、ナディスはいたって平然としている。

 前回の人生で、ナディスはミハエルを一目見て『王子様だ!』と目を輝かせ、そのまま一目ぼれ。ただひたすらにミハエルに対して献身的に尽くしてきただけなのだが……ミハエルに対しての感情を綺麗さっぱり消しているから、今回は気を向けるなど一切ない、というだけ。


「ミハエル殿下の顔面……は、まぁ整っているけれどね」


 ぽつ、と呟いて、ツテヴウェを見てからナディスは画面を指さした。


「ベリエル殿下の方がかっこいいでしょう?」


 とっても真顔でしれっと問いかけたナディスの台詞に、ツテヴウェは思いきりふき出してしまい、猫の姿のままげらげら笑っている。


<あっはははははははは!! これは傑作だ!!>

「何が」

<ここまで見事だとはな! お前、本当にあいつに関する感情の全てを寄越したんだな!>

「そういう契約でしょうが」


 呆れたような目を向けるナディスだったが、自分で言っておいて改めてミハエルとベリエルを見比べる。

 顔面偏差値に関しては問答無用でベリエルが、ナディスのことを愛してくれている感情の大きさに関してもベリエルが圧倒的勝利。ミハエルに勝ち目があるか、と問われれば答えは簡単、『No』だった。


「うーん……何だかもめているみたいだけれど……何なのかしらね。ツテヴウェ、声も聞こえるようにしてくれる?」

<はいはい>


 前足を動かしてツテヴウェは操作し、画面から音声が聞こえるようになるが、聞こえ始めた瞬間にナディスもツテヴウェも大笑いすることになるのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 だん! とミハエルは机を勢いよく叩く。

 大きな音を立てているが、ベリエルは平然としていて、机を叩いたことによって真っ赤になっているミハエルの手をちらりと見た。


「それ、結構痛いのでは?」

「ぐ、っ」

「そもそも、ナディスを返せ……とは、一体どういう神経をしているのか、伺っても?」


 にっこりと微笑んでいるが、ベリエルの目の奥は一切笑っていない。むしろ底冷えするような冷たさ、怒りの大きさを感じている。


「ナディスは、俺の婚約者になる予定で……」

「ヴェルヴェディア公爵家に無理強いをして、ナディス本人の意思確認がほぼなく王太子妃候補になった、と聞いているが」

「そ、それはだな」

「既に王太子妃候補がいるというのに、どうしてナディスを?」


 至極まっとうなツッコミを受け、ミハエルは愕然とする。

 確かに王太子妃候補はいるし、ロベリアとは婚約もしているし、このままいけば王太子妃になるであろう未来は見えているから、別にナディスにこだわる必要はないはずなのだ。

 加えて、ナディスはミハエルがとっても不快なので物理的に距離を取ろうとしているから、祖父から提案されたグロウ王国との縁を結ぶための婚姻を迷うことなく選んだ。ベリエルの顔の良さもしっかりと考慮したうえで、だが。


「そもそも、彼女はわたしと婚約するんだから、いつまでもナディスのことを呼び捨てにするのはやめてくれないか?」


 にこりと迫力のある笑みで念を押すと、ミハエルはいよいよ何も言えなくなってしまった。

 正論で思いっきり殴り飛ばされているので、どうにかして応戦しようとも反論してもそれを完膚なきまでに叩き潰す準備はしっかりできている。


「それに、学校でもナディスに付きまとおうとしていた、と聞いたけれど……」

「ぐっ」

「やめてくれ、本当に。大切な婚約者なんだ、彼女は」


 ベリエルが断言したことで、ミハエルはようやく大人しくなったのだが、ベリエルを睨みつけることはやめていない。どうにかして勝ち目がないのか、と考えているようだが、そんなもの最初からあるわけない。


「まるで……」


 ベリエルはミハエルに対して、見下しきった冷たい眼差しを向けて、こう告げた。


「おもちゃを取られて嫌だ、と駄々をこねているお子様のようだ」

「…………な!?」


 顔を真っ赤にして反論りようとしたミハエルだったが、従者に『これ以上はお願いだからやめてくれ』と止められてしまって動けなくなった。ベリエルはこんなことを話すために呼ばれたのか、と呆れつつ立ち上がれば、慌てて国王であるウッディがすっ飛んできた。


「ベリエル殿下、申し訳ございません!!」

「おや、国王陛下」


 扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたウッディは、部屋に入ってきた途端に状況を察し、真っ青になって震えている。


「あ、あの、ミハエルが殿下と交流を深めたいと……あの……」

「人の婚約者を何故だか名前で未だに呼び捨てにしてくれていたので、ちょっとだけお灸をすえさせていただいたまでです」


 あっはっは、と笑ってベリエルが移動すべく歩き始めると、ウッディも慌てて歩き始めた。

 あっという間に二人が退出すると、ミハエルは父親に見向きもされなかったことに愕然としたが、自分のやらかしにここで気づいたのか何なのか、床にへたり込んだのだった。


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