「うわ」
「うわって何よ!? 失礼ね!」
私の姿を見たオスキャルがそんな声を漏らし、私はムスッと唇を尖らせた。
「他に何かないの」
「え!? あ、その……ひ、姫君に、見えます」
「今まで私のことをなんだと思ってたわけ!? 姫よ、紛れもなく末の王女よ!」
「だからその、えぇっと、う、美しい、です」
「そうよね」
若干無理やりだったもののオスキャルからその一言を引き出して機嫌が直った私は、満足気に鏡に映った自身の姿を確認する。
もちろん髪色も目の色もそのままだった。
今日の装いは髪色が栄えるように淡いレモンイエローのドレスで、袖には少しボリュームをもたせたデザインだ。袖や裾には少し濃い赤みがかったオレンジ色で花柄の刺繍がされており、その色と同色の細めのリボンで装飾されている。
対してオスキャルは彼の瞳の色と同じ藍色で全身を彩り、ウエストコートの首元には私と同じ刺繍が白色で施されている。飾り緒は私と同様の少し濃い赤みがかったオレンジ色が使われていた。
「準備はいいわね? 乗り込むわよ」
「夜会に行くセリフじゃないんだよなぁ」
「あら。社交界ってのは女の戦場なんだから」
「サボり倒せる戦場がどこにあるんですか」
そんな軽口を叩きながら、私は彼の差し出して腕に自身の腕を絡める。そして並んで部屋を出たのだった。
イェッタから招待された夜会──正確にはミック公爵令息からの招待なのだが、オスキャルだけではなくちゃんと私へも個別に送ってくれており、その辺の気遣いは流石公爵家だと思う。
ちなみにあて名はちゃんと『エヴァリン』になっており、『まさか本当にバレてないのか?』とオスキャルが首を傾げたので足を踏んでおいた。
オスキャルクイズの時に場所を提供して貰った関係で彼の家に行くのは三度目だが、今回は夜会ということで門兵に招待状を見せ庭園ではなく邸宅のホールへと向かう。
(庭園も素晴らしかったけど、流石に邸宅内はもっと豪華ね)
自然の花々で彩られた庭園とは違い、廊下には大きな絵画のかけられていた。その絵画の額縁だけでもまるで何かの芸術品かと見間違うほどのこだわりで彩られており、ふかふかの絨毯もあいまって豪華絢爛といった感じだ。
その廊下を進んだ先、一際大きな扉が今回の会場への入り口となっているようである。
「っ」
緊張した面持ちのオスキャルが息を呑む。護衛としてではなく招待客として来たからこその緊張があるのだろう。
そんな彼の腕を優しくポンと叩くと、ハッとしたような彼と目が合った。
「大丈夫よ」
そしてにこりと微笑む。艶やかに、華やかに。私がここにいるのだと、そう印象付け安心させるように。
だって、リンディ国の〝エーヴァファリン〟が貴方の隣にいるのだから。
「私がいるわ」
「──、はい。エヴァ様」
私たちの様子を放心するように眺めていた侍従へと視線を向けると、少し慌てた様子で扉を開いてくれる。
さぁ、イェッタ。
勝負よ。
(私が選び、彼が受けたの。そんな私たちが、紡いできたこの時間と絆が。私の想いが、負けるはずなんてないんだから)
カツン、と存在を示すように小さく音を響かせて、私たちはホールへと足を踏み入れたのだった。
◇◇◇
ホールへと登場した途端、辺りがシンと静まり返る。
注目を一斉に浴びたことで一瞬オスキャルがピクリと体を強張らせたが、そんな彼に少しだけ体重をかけ見上げると、すぐに彼の表情が緩んだ。
オスキャルの緊張が解れたのを感じ、今回の主催者である公爵夫妻を探す。
幸いなことに人だかりができていたのですぐに見つけられ、彼らの方へとまっすぐに向かうと自然と目の前が開いた。挨拶を終えた人々が道を開けてくれたのだ。
そんな彼らへにこりと微笑みを返すと、こぞって息を呑む気配を感じた。
「本日はお招きくださり誠にありがとうございます。ハッケルト公爵、公爵夫人」
にこやかに声をかけると、ぱっと振り向いた彼らがすぐに頭を下げた。
「まさか殿下に来ていただけるとは」
「あら。私が誰だかわかるのかしら。私は兄や姉たちとは違いまだ公の場に姿を出したことはないのだけれど」
もちろんこの物言いでは私の正体を決定づけるようだが、別にそれで構わなかった。幽霊姫が妖精姫へと変換された理由を知って目標を達成したからではない。
私の中の最も大切なものを守るのに、有効だったからである。
(まぁ元々たいして隠してなかったしね)
「もちろんでございます。その髪色にその瞳、何よりその気品がまさしく隣国王家のものですから」
「そういっていただけて光栄だわ」
「どうぞお楽しみいただけますように」
「えぇ」
主賓として呼んでもいない、しかも公爵夫人ではなくその息子からの招待状だ。平民だと思っていたのだから、夫人が私へ招待状を送らなかったのは当然だし、その対応は決して間違ってはいない。
(そもそもお忍びで来たのは私だしね)
だが突然隣国の王女が来たせいで顔色を悪くしてしまった夫人が倒れでもしたら困る。そう思った私は、彼らの元を早々に去った。