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第三十四話 私は私として

 他の客たちは一定の距離を保ち様々な目で私たちを見ている。

 私の色と、公爵夫妻の対応で確信を持ち驚いている者。それでもなお疑惑の目を向ける者。突然のこの出来事に好奇の目を向ける者。

 そんな彼らには目もくれず、次に向かったのはイェッタの元だ。


「ごきげんよう、イェッタ。ミック公爵令息も、本日はお招きありがとう」

「こちらこそ、来ていただけて光栄です。やはり妖精姫の噂は本物だったようですね」

「ふふ、そういってもらえて嬉しいわ。あまり驚いてないようだけど、気付いていたのかしら?」

 愕然とした表情で固まるイェッタとは対照に物腰柔らかく微笑み頭を下げるミック公爵令息へそう聞くと、彼が少し苦笑しながら首を左右に振った。


「もちろん、と言えればよかったのですが。殿下の見目はこの間の庭園の時と何も変わっていないのに、お恥ずかしながら気付けませんでした」

(ま、姿を現したことのない末の姫が、自国ではなく突然隣国へ現れるなんてありえないものね)

 普通ならば多少変装をするところだが、堂々とそのままの色で現れただけでなく平民と偽りながらソードマスターの恋人を名乗る。

 どれをとっても王族としてあり得ないことだろう。


 仮の身分を偽るなら色は変えるべきだし、もしバレても構わないと思っているのならば彼女の唯一の騎士であるオスキャルの恋人なんて名乗るべきではないのだから。


「ず、ずるいですわ、こんな、こんな……」

 一拍遅れて口を開いたイェッタが、小刻みに震えながら後退る。

「ずるい? 何がかしら」

「だってそんな、こんなの、あり得ない、だって引きこもりって」

「えぇ。姫としてはずっと引きこもっていたの」

「権力で国の宝であるソードマスターを縛り付けるような、そんな」

「傲慢で怠惰な幽霊に取られて悔しい?」

「ッ」


 彼女が口にしにくいだろうことをハッキリと口にすると、イェッタが顔色を悪くして俯いてしまう。

(そんな顔、させたいわけじゃないんだけどな)


 傲慢で怠惰。引きこもりで公務をサボる私は嘲笑を込めて幽霊と呼ばれているけれど。


「確かに護衛騎士にオスキャルを選んだのは私よ。そして王族から指名されれば大抵の騎士は断れない。もちろん拒否権はあるけれど、拒否してしまってはその先の未来は不敬罪で消えてしまうものね」

 もちろんそんなことはないのだが、世間から見ればそれが事実だろう。

 そしてそれは、ソードマスターでも同じだ。


「エヴァさ……」

 私の言葉を聞いたオスキャルがすかさず口を開くが、それを片手をあげて制止する。

「大丈夫よ」

 そう言うと、少し不満そうに彼が口を閉じた。そんな様子が少し嬉しい。


「いつか、私の元をオスキャルは去るわ。彼からか、それとも私が先にどこかの国に嫁ぐのが早いかはわからないけれど。でも、その日が来るまで私はオスキャルが仕えるにふさわしい主人でいるつもりよ」

「そんなの、口では」

「いくらでも言えるけど。でもね、イェッタ。それが、彼を選んだ私の義務であり、権利なの」

 断言すると、一瞬何かを言おうとしたイェッタがすぐに口を閉じる。少しだけ彼女が話し出すのを待つがその気配は無かった。


「改めて自己紹介するわ。私はエーヴァファリン・リンディ。リンディ国第三王女であり、末の姫。私の剣であり盾としてオスキャル・スワルドンを選んだのは私だけど、応えてくれた彼にふさわしくあるためにこれからも私は私で居続けるわ」

 そして震える彼女の手をそっと両手で握る。

「知らないなら知っていけばいい。その時間を得るために私はこれからも努力すると誓いましょう」

 優しく包むように、でも力強く断言する。私のその宣言を聞いたイェッタは、一瞬だけ顔をあげて、そしてすぐにまた俯いた。


「……やっぱり、ずるいですわ。ただの一令嬢の戯言なんて無視だってできたしどうとでもできたでしょうに」

「しないわよ。だって貴女は私のはじめてのライバルじゃない」

「ッ、本当に、ずるい。こんな、こんなの、──認める、って言うしかないじゃないの……」

 そう言った彼女の声はやはり震えていたけれど、握った彼女の手の震えは止まっていたのだった。


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