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第三十五話 楽しく踊りましょう

「オスキャル、私に言うことはないかしら?」

「え? えっと、うーん、バラすなら最初からにしていただけると俺の心の平穏がですね」

「は? 何言ってるの、ダンスに誘いなさいって言ってるんだけど」

「そっちかー」

 ムスッとした私の横で天を仰いだオスキャルが、ちらりと私へと視線を移す。

 そして少しぎこちなく、どこか恥ずかしそうにしながらそっと手を差し出した。


「貴女と踊る栄光をいただけますでしょうか?」

「はい。喜んで」

(恥ずかしそうにしていたわりには様になってるじゃない)

 そんな彼に私は満足気に微笑み、そしてダンスを始める。


 少しゆったりとした曲調に合わせ、揺れるようにステップを踏んでいると、そっとオスキャルが顔を私の耳元へ近付けた。


「あの。足を踏むという行為についてなんですが」

「? 流石に安心なさい、ダンス中にわざと踏んだりはしないから」

 何度も彼の足を踏んだからこそそれを心配しているのかと思いそう返事をするが、その返事を聞いてもなお強張ったままの彼を怪訝に思っていると、オスキャルが小さくふっと息を吐く。

 そしてどこか諦めたように微笑みながら言われた言葉に愕然とした。


「俺が、踏む方です」

「全力で回避しなさい、というかオーラなんて纏ってないわよね? オーラを纏ったソードマスターに足を踏まれたら私みたいなか弱く可憐な乙女は折れちゃうからね!? 骨!」

 必死に首を振るが、彼の視線はチラチラと足元へ向けられており、これはダメそうである。

(そういえばマナーに自信ないって言ってたものね!?)


 ひえぇ、と冷や汗を滲ませた私も足元へと視線を向けるが、正直彼の恐々ステップをどう回避すればいいかわからない。

 まさかダンスにこんな落とし穴があるだなんて、と青ざめていると、どこか悟りを開いたようだったオスキャルが急にパっと目を見開いた。


「エヴァ様」

「え、な、何?」

「俺いいことを思いつきました」

「私は今悪い予感に襲われているんだけ……ひゃぁあ!?」


 そして言うが早いか、私の腰をきゅっと抱えたオスキャルが高く掲げその場でくるりと回転する。

 その瞬間、周りからは「きゃあ」と黄色い悲鳴があがった。


「これなら踏みませんよっ」

「あはっ、も、もうっ」

 その場で楽しそうに二回、三回と回転したオスキャル。

 突然視界が高くなって開け、私からも笑みが溢れた。そしてゆっくりと下ろされた私の足が床へ──つかなかった。


「……ちょっと?」

「これで、踏みません」

 ニカッと明るく笑ったオスキャルは絶妙に私を浮かせたままその場でステップを始める。

(く、苦しくはないけど、これは)


 プラーンと宙に浮いた私は、このままではあまりにも不自然だとひとまず彼の腕に自身の腕を添えるが、これはダンスではない。絶対ダンスではない。

 そんな不満を素早く察知したオスキャルは、私が文句を言おうとするたびに高く掲げる。

 これでは完全に赤子をあやすパパではないか。


(でもこれが、私たちらしいのかもしれないわね)

 なんだか呆れを通り越した私は、結局また笑ってしまうのだった。


 ◇◇◇


「……うぷ」

「も、申し訳ございません、エヴァ様……」

 あの後突然ぐるぐると高速で回転されたせいで完全に酔ってしまった私は、結局オスキャルとのダンスを一曲で切り上げホールの端でこっそりと柱にもたれかかる。

 そんな完全にグロッキー状態の私へ、どこから現れたのかミック公爵令息がスッと冷たい水を手渡してくれた。

 ちなみにオスキャルは必死に私の背中を撫でている。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう」

 差し出された水をありがたく受け取りコクリと一口嚥下すると、冷たい水がひんやりと心地よかった。


 冷たい水のお陰で少し落ち着いてきた私がふと顔をあげると、少し離れたところでこそこそとしているイェッタと目が合うが、合った瞬間慌てたように顔を逸らされる。

 その様子を見た私は、すぐにオスキャルの方を見上げた。


「私はもう大丈夫よ。それよりオスキャル、イェッタとダンスを踊ってきなさい」

「えっ」

「私みたいに無理やりくるくる回るんじゃないわよ、足だけは踏まないようにすれば、まぁ一応はステップも合ってたから自信もちなさい」

「ですが俺は!」

「命令よ」

 私の言葉を聞き、不満気に眉をひそめるオスキャル。だが、私がその命令を撤回しないと察したのか、はぁと大きくため息を吐いた。


「姫君のことなら大丈夫さ。ボクがついているからね」

「今もっと不安になりましたけど」

 どこか名残惜しそうにこちらをチラチラと見ながら、けれどイェッタの前まで辿り着いたオスキャルはそこからはもうこちらを見なかった。

(それを寂しいと思うのはあまりにも勝手ね)


 少しぎこちなくダンスを始めるふたりを見つめる。そのぎこちなさは初々しさにも見えて、胸の奥が重くなるのを感じていると、ミック公爵令息が話しかけてきた。

 先ほどオスキャルと約束していたように、彼がいない間私が他の誰かに声をかけられないよう壁になってくれるらしい。


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