「それにしても、どうして彼はあんなに姫君を回転させたんです?」
「知らないわよ、突然なんか回されたの」
質問に答えながら思い出しておぷっと再び胃に違和感を覚える。
(本当になんでなの)
楽しく、また私を宙ぶらりんにしていることが周りにバレないようにたまに回すまでは良かった。それだけなら何も問題がなかったのだが。
「『まるで子供をあやすパパみたいね、きっといいパパになるわ。楽しみね』って言っただけだったのに」
自分的にはそれなりに褒め言葉のつもりだったのだが、私のその言葉を聞いた瞬間何故か顔を赤らめたオスキャルが回転を増量したのだ。しかも速度アップも追加である。
私としては理由もわからずたまったものではなかったのだが、私のその説明を聞いたミック公爵令息は何かに思い当たったのかふはっと吹き出した。
「何かわかったの」
「あはは。彼はムッツリだということがわかりました」
「は?」
「簡単なことですよ、姫君を抱えながらそんなことを言われたから想像したんでしょう」
「何を」
「貴女に似た子供を」
「え……」
その説明を聞き、私の頬もじわりと熱くなる。
(それ、つまり私との赤ちゃんを想像したってこと?)
確かに高い高いをしているような状態から子供を連想したのは私だし、きっとオスキャルもそう連想したのだろう。だがそれはあくまでも体勢の話であって、とそこまで考え、あ、と気付く。
(私、楽しみね、とか言ってたわ)
言った時はたいして深く考えておらず、ただ子供と遊ぶオスキャルの姿が簡単に想像できたから、ついそんな日が早く来たら微笑ましいな、くらいのつもりだったけれど。
「まるで私がオスキャルとの子供を楽しみにしているみたいに受け取ったってこと!?」
「まぁ、姫君にそんな意図はなかったんだとは思いますけどね。しかも姫君と彼は恋人同士ですし」
「それはっ」
「演技だったとしても、そういう設定で過ごされていたならそことも連想しておかしくはないでしょう」
くすくすと笑いながらそう告げられ、羞恥で思わず俯いてしまう。
確かにミック公爵令息が言うことは正しく、状況的にそう捉えられてもおかしくはない言い回しだった。
もちろんオスキャルも本気でそんなことを思ってはいないだろうが、状況が後押ししてそんな考えが頭を過っていてもおかしくない。……私のように。
「体調が回復したなら、気分転換がてらボクと一曲いかがですか?」
にこりと微笑んだミック公爵令息が私の方へと手を差し出す。その手を取らずに断ろうと口を開くが、すかさず彼が言葉を重ねた。
「まさか、ダンスまでは断られませんよね?」
「……その言い方、ズルくないかしら」
「でも、事実ですから」
ふっと笑う彼に苦笑した私は、一瞬迷ったものの首を左右に振った。
「ごめんなさい。体調がまだ万全ではないの」
「そうですか。それなら仕方ないですね」
私のあからさまな言い訳に嫌な顔をすることなく彼は差し出した手を下ろし、私の隣へ並んで立つ。
「お心が広いようですね」
そう口を開いた彼が見ているのは、真っ赤な顔でオスキャルを見つめながら踊るイェッタと、多分ダンスに必死すぎてそんなイェッタには気付いていないオスキャルだ。
「まさか。本当はこんな命令したくなんてなかったわよ?」
「ですが結果は、この状況ですよ」
「そうね。……ねぇ、あのふたりお似合いだと思わない?」
伯爵令息のオスキャルと同じく伯爵令嬢のイェッタ。ソードマスターであるオスキャルは結婚相手を自国からしか選べないが、イェッタは自国の貴族令嬢で条件だって当てはまっている。
きっと私たちの物語があったのなら、一途に想い続けていたイェッタこそがヒロインで私はふたりの恋を邪魔する当て馬とやらなのだろう。
でも。
「どれだけお似合いでも、オスキャルは譲れないの。だって彼は私の唯一だから」
「そうですか」
まるで全てわかったように頷くミック公爵令息は、そう一言だけ返してそれ以上は何も言わなかった。
ただ私が選んだというだけの護衛騎士。
けれど、私にとってはそれだけじゃない、特別な約束の特別な人。
一曲を終えてイェッタと共に戻ってきたオスキャルは、しれっと私とミック公爵令息との間に割り込む。
そんな些細なことが少しだけ嬉しいのは内緒である。
◇◇◇
目的を達成した私たちは、少し早めに会場を後にした。
借りている宿へと戻る馬車の中で、どこか不安気にオスキャルが口を開く。
「誰とも踊らなくて良かったんですか?」
「あら。オスキャルは他の令嬢とも踊りたかったの?」
「そんなことは言ってません」
「じゃあ誰か目的の令息がいたのかしら」
「エヴァ様!」
私のからかいにムッと唇を曲げたオスキャルに小さく吹き出しながら、私はそっと彼の肩に頭を預けた。
「いいのよ。ダンスなんて楽しくないもの」
「そうなんですか?」
私のその回答を聞き少し驚いたような声がする。その声色を楽しみながら、私は目を閉じていた。
その暗闇に浮かぶのは、幼い時にしたひとつの約束。
『私が必ずどんな時も貴方を一番に選んであげるわ』
『俺を、一番に?』
『そう。貴方は今この瞬間から私の唯一よ』
──あの約束を、私は今も守ってるんだから。
「えぇ。オスキャルが一番。だからオスキャルとじゃないと楽しくないの。オスキャルとはもう踊ったから、他はいらないわ」
「え!?」
「えって何よ。私が必ずどんな時も貴方を一番に選んであげるって約束したじゃない」
「エヴァ様、もしかしてあんな昔のこと覚えてたんですか?」
驚いたように声をあげたオスキャルに一瞬忘れていたのかと機嫌を悪くするが、その言い分は彼も覚えていることを意味していると気付きすぐに機嫌を直す。
彼も覚えているなら、それ以上私から言うことはないから。
「はぁーあ、疲れちゃったからこのまま寝るわ。着いたら起こしてね」
「ちょ、今ここは是非詳しく話し合うとこじゃないですか!?」
「オスキャルも寝たかったら私を支えにして寝ていいからね」
「えっ、お互いに支えてもたれ合って寝るってこと……!? それはそれで捨てがた……ってもう寝てます!?」
なんだか遠くで彼がまたキャンキャンと喚いているような声が聞こえる。
このうるささが、逆に落ち着くようになったのはいつからなのか。
(日常が戻ってきたって感じね)
なんて、そんなことを考えながら私は眠りに落ちたのだった。