私に護衛がオスキャルしかいないのは、ソードマスターである彼が一個小隊の力をひとりで有しているからだ。だからこそ王太子であるお兄様には護衛が当然何人も付いており、外に出るときは十人以上が必ず同行する。
もちろんその十人全員がお兄様の隣を歩いているわけではなく、周囲を警戒するものや先を歩き、進行先に何もないかを確認するものなど離れて護衛している者も含まれるが、それでもそれだけの人数がいればひとりふたり増えても目立たないだろう。
だからこそお兄様も許可くださったのだ。
ちなみにお兄様の護衛騎士たちは私が紛れていることは知らないが、一緒に護衛に紛れ込んだオスキャルが私を守り、お兄様の護衛たちは通常通りお兄様を守るので問題もない。
多分。
(ま、そこまで危ない外出があるわけじゃないから許可してくれたってのもあるだろうしね)
流石にお兄様の護衛騎士たちは私の顔を知っているし、私の顔を知らない人がいても、オスキャルの顔は確実に知っている。
隣国へ潜入した時はこのままの見た目で「偶然この色で生まれました」を通したが、王太子の護衛騎士に突如抜擢された護衛が王家と同じ色を持っている上にオスキャルというある意味私より断然有名な人間を連れていれば流石にバレてしまうだろう。
よって私たちの変装は必須。
そしてどうせ必須ならば。
「やっぱりここは、男装よね!?」
「俺に女装という変装を命じられなくてよかったと思うべきか、そもそもこの状況を嘆くべきか……!」
あっはは、とつい高笑いを漏らしながら変装後の姿を鏡で見て満悦している背後で、相変わらず項垂れているオスキャルを鏡越しにみる。
「でも、オスキャルの変装も素敵よ。銀の長髪、頭が賢そうにみえるわ」
「素敵よ、で止めておいてくれたらよかったのに」
ムスッと唇を尖らせるオスキャルについ笑ってしまう。
(素敵ってのも本心なのに)
もちろん後半も本心ではあるが、でもそう見えるという事実を告げただけで彼自身が愚かだなんて思ったこともない。
まぁ、その部分がわからないなら多少は察しが悪いとも言えるのだが。
そんな彼は長い銀の髪を後ろでひとつ結びにし、藍色の瞳は特別な道具で薄めの緑にしている。そしてその色を変えた瞳すら隠すほど前髪も長く、顔半分が隠れた状態だ。ちなみにその髪も、護衛という仕事上簡単に髪が取れてしまわないよう元々の髪としっかり結び準備はばっちり。
「前髪は? 邪魔じゃないかしら」
「銀だからですかね。光も十分透かしてますし、そもそも気配である程度わかります。目を瞑ったり壁の向こうを警戒するより断然楽ですよ」
「流石オスキャルだわ」
顔を隠す目的で前髪も長くしたため、前が見えるかが心配だったがそこはソードマスターということなのだろう。
全く意にも介した様子がない返答で安心すると同時に苦笑も漏らす。
こんなに優秀なのに、どうしていつも私に振り回されているというのが少し可笑しかった。まぁ、振り回していると自覚している私も大概ではあるが。
そして銀髪の長髪という見た目に変わったオスキャルとは対照に、私は王家特有のピンクの長い髪をくるくると内側に巧みに隠し、その隠した髪を隠すように黒色の髪を被っている。短髪……ではあるが、それでもあまり短いと本物の髪を隠し、かつその髪との固定が上手くできないので短いとはいっても僅かにうなじが隠れるくらいの長さはあった。
「ねぇ、瞳もちゃんと隠れてる?」
鏡で確認したので問題はないが、念のためにとオスキャルの方を振り向きそう尋ねると、じっと私の顔を見たオスキャルがこくりと頷いた。
「隠れてますよ、ちゃんとその瞳も焦げ茶色です」
「ならよかった」
私は鏡にもう一度向き直り、問題ないと太鼓判を押してもらった瞳をじっくりと確認した。
(瞳の色を一時的に染めるなんて少し怖かったけど、案外平気ね)
濃い色にしたら見えるもの全てがその色合いになってしまったらどうしよう、なんて心配もしていたがそんなこともなく、最近の技術は素晴らしいと感心してしまう。
「そういえばこの濃い色、普段のオスキャルの髪色と同じね」
「えっ」
「ふふ、お揃いだわ」
「うぐっ、うぐぐ」
ふと気が付いたことをそのまま口にすると、突然オスキャルが自身の胸を押さえその場に蹲った。
その様子にぎょっとし慌てて駆け寄るが、私がオスキャルに触れる寸前でパッと立ち上がりすぐに後ろを向く。
「危険を察知しました、部屋を出ています」
「えっ、王城内で危険!? ここにはそれぞれの護衛騎士だけでなく近衛騎士たちもいるのに!?」
「そうですね、危険はものすごく近いかもしれないといいますか」
「まぁ! 謀反ってこと!?」
「いえ、反対です。反対ですが、とりあえずエヴァ様は気にせず着替えてください。もうすぐ初出勤の時間です」
「え、えぇ。わかったけど……」
一体彼が何を言っているかさっぱりわからない。
そんなに近くに危険があるのなら出勤なんてしている場合ではないが、しかしソードマスターの彼が言うのなら問題はないのだろう、と私はそう納得することにした。
時々オスキャルはちょっと理解しがたい言動をするが、今まで何も問題は起こらなかったのでよしとする。
(それに着替えないといけないことは確かだしね)
オスキャルとは入れ違いで入ってきたメイドたち。
彼女たちの持っている騎士服を見て、私はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、頼むわね。最高に格好よくしてちょうだい!」