「そんなことないわ、知りたいはずよ。王城で過ごしてわかったことだけど、姫様は家族にも愛されてる。それなのに格下である貴族から幽霊姫と呼ばれて正当な評価を受けていないのは、貴女自身が幽霊姫でいることを望んでいるからよね」
突然図星を指摘され、思わず口ごもってしまう。
侍女が少ないのも、本当は家族から溺愛されるお転婆だとバレないよう口の堅いものを少数しか入れてないから、他の貴族からは侍女すらつけてもらっていないと思われているだけなのだ。流石ナンバーワン娼婦、携える笑みは聖女なのに、完全に獲物を狩る性女だとごくりと唾を呑む。
「それを、監視のためとはいえ内側に入った私からどう見えたのか、知りたくないはずないの」
「別に私は知りたくなんか……」
「本当に? 他でもないこの人間関係のスペシャリストである私の評価を、どこが子供ではなく大人だと思ったのかを、本っ当に知りたくないの?」
笑みを崩さず小首を傾げた彼女にドキリとする。
別に、知らなくても、私は聖女が言っていたように大人。自己分析くらい──
「解決してくれたら、私の見解を教えるわよ。娼館のナンバーワン娼婦である私の意見。特別だと思わない?」
(特別?)
いや、惑わされている場合じゃない。
今私にとって一番重要な事件はそれではない。
それではないけれど、でも。
「知り……たい!」
「じゃあ、解決しなきゃね?」
「尽力するわ!」
「エヴァ様!?」
どうせ解決するなら、そういった特典があってもいいだろう。うん。別にナンバーワンの称号に興味が引かれたわけではないけれど!
「別にどっちももらっとこって思っただけよ」
「それ、ただの言い訳ですから! 攻略されただけですから!」
「失礼ね、攻略なんてされてな──」
「卿もよ。ヤキモチは事実。でも目に見えないのは理由があるから、そこの攻略の手立てを教えてあげてもいいわ」
「なっ、俺はそんな!」
「ちょっと!?」
勝手に攻略しただのするだのの話に巻き込まれていると気付き、思わず声を荒げる。
だが、そんな私をまさに『攻略済み』と判断したからか、聖女がオスキャルへと一歩近付いた。
「じゃあいいの? 貴方……その力、欲しいものがあるから手に入れたって口でしょう」
「くっ、これが預言の聖女!?」
「いいえ! それは嘘の肩書。恋の百戦錬磨! 人間関係のスペシャリスト! ナンバーワンの名は伊達じゃないの、助けてくれるわね!? 彼女のためでもあるのよ!」
「喜んで!!」
「フッ」
あまりにもチョロい反応をしたオスキャルについ鼻で笑ってしまう。
「エヴァ様も同じようなものでしたからね」
「ちょ、オスキャルと一緒にしないでくれるかしら!?」
「あらあら、うふふ。似た者同士ね」
文句を言い合う私たちを、何故か微笑ましそうに聖女が見ながら笑ったのだった。
◇◇◇
(なんだか良いように転がされた気がするわね)
これが百戦錬磨の性女の力なのか。
なんて思いつつふぅ、と小さく息を吐く。
そんな百戦錬磨の聖女を手玉に取った人物がひとり。それが今回の予言の聖女事件の黒幕ということなのだろう。
「聞かせて。オスキャルに──私たちに、助けてと願ったその全貌を」
冷静にそう問う私の声に、さっきまでのからかうような雰囲気を消した彼女が大きく頷いた。
ここは娼館、一夜の夢を与える場所。
そこで彼女に悪夢を与えたのは誰なのか。その答えへ近付くために、聖女が改めて口を開いた。
「……私が娼婦をしているのは、私のライフスタイルと合ってたからよ」
「ラ、ライフスタイル……?」
「あら。欲求には忠実、最高の仕事よ。ちゅうちゅうして差し上げましょうか?」
「いっ、いらないわよ!」
くすりと一瞬笑った彼女は、だがすぐに真顔へと表情を戻した。
「こんなに短時間でお金が稼げる、それは本当にありがたいことだわ。娼婦の仕事は世間から確かにあまりいい印象はないかもしれないけれど、でも、私はそこも含めて受け入れてた。まぁ、楽しかったし私の性格にも合ってたから、天職というやつかもしれないわね」
娼婦という仕事は少なからず自身の体と心をお金で明け渡す仕事になる。そのことを嫌悪し、望んで娼婦の道を歩む女性は少ないだろう。
(でも、聖女に悲壮感は……ない、わね)
だが彼女の表情はむしろどこか晴れやかで、彼女の言う通り本当に〝ライフスタイルに合っている天職〟なのだろう。
誇りを持って仕事をする彼女はキラリと輝き格好いいと思った。そんな彼女に少し心が痛くなる。
いつか来るその日、のために、私はいつまで遊んでいるのだろう。
それを許してくれる環境に甘えているだけなのではないか、と考え、だが今はそこを悩んでいる場合ではないと切り替える。
今私は、何より王族の一員として国のために動く時だから。
「私、弟と妹が合わせて十二人いるの」
「じゅ……?」
思ったより多い姉弟に慄くと、そんな私を見て聖女が楽しそうに笑う。
「残念ながら血は繋がってないわ。孤児院出身なの」
クスクスと笑った彼女に、私は小さく頷いた。
何かの事情で両親を亡くしたり、子供を育てられなくなった場合の救済措置としてある孤児院。我がリンディ国は比較的平和で裕福な国ではあるが、それでも貧富の差が全くないわけではない。
「それは、大変だったわね。……ごめんなさい」
「姫様のせいではないわ。すべてにただ施しを与えれば解決するものではない、これは仕方がないことよ。それに、むしろこの国は恵まれてるほうなんだから」
「でも、私たちが」
「依存されるわよ」
更に口を開こうとした私を、聖女がにこりと微笑んで制する。王族としてできることと、できないことの現実の差を彼女は誰よりも理解しているようだった。