「貴方、めちゃくちゃ強い騎士なんでしょ。引きこもりの幽霊姫の側にいるって聞いてたから会えないと思ってたけど、こうやって会えたなら王太子じゃなくて貴方でもいいわ、お願い、助けて欲しいの」
「助けてって、言われましても」
「そうでないと三ヶ月後に、この国は流行り病で大量の犠牲者を出しちゃうわ!」
「流行り病……!?」
それは、聖女から告げられた衝撃の言葉だった。
「ねぇ、納得できないわ」
思わず強い声色で食い下がってしまう。私のそんな反応に一瞬驚いた表情になった聖女は、すぐにその瞼を伏せて詰め寄るように掴んでいたオスキャルの腕から手を離した。
「そう……ね。突然流行り病なんて言われても納得できないわよね。私、偽聖女だし」
俯きながらそんなことを口にする彼女に私は顔を左右に振る。
「確かに予言の力が嘘だと確定した今、未来のことをすぐに信じるなんて無理かもしれないわ。でも、今私が言いたいのはそういうことじゃないの」
「エヴァ様?」
荒げてしまった声色をなるべく落ち着かせ、ゆっくり言い聞かせるように声を出す。
相手を萎縮させては、聞きたい答えなんて聞けないだろう。
(でも、説明してくれなきゃ納得できないもの)
ふぅ、と小さく深呼吸した私は改めて聖女の前に立ち、そして彼女の瞳をしっかり覗き込んだ。
「どうして私じゃなくオスキャルに助けを乞うのよ!」
「……え?」
「……は?」
じっと見つめ、口にした『納得できない』部分。その部分を聞いた聖女もオスキャルも、途端に呆然とした顔になった。そのことに思わずムッとしてしまう。
「何よ、気になるじゃない。いい、私はこれでも一国の姫なの。更にオスキャルの主人でもあるの! それなのに! 主人の私を差し置いてオスキャルに助けを求めるのはおかしくないかしら!?」
「そこですかぁ」
「えぇ……?」
フンッと鼻をならし、一気に疑問を投げつけた私にオスキャルが呆れた顔を向けてきた。不満である。
そしてそんな私たちに戸惑った顔をするのは聖女だ。
「どういうこと?」
「あー。エヴァ様は、自分を先に頼って欲しいって言ってますね」
「えぇ? 体が弱く部屋に引きこもって幽霊のように過ごしてる幽霊姫、なのに?」
「それは仮の姿なの!」
「まぁ、そりゃそうでしょーよ。騎士ヴァルとしてめちゃくちゃ私を口説いてきてたもの」
「それも仮の姿だわ!」
「えぇ、今ネタバラシしたものね。でも……そうね。確かに間違えてたかも」
「でっしょ!?」
うんうんと頷いた聖女に思わず明るい声を出す。そんな私たちを見たオスキャルは相変わらずの呆れ顔だ。
だが、このある意味固定された私たちの表情を崩すような爆弾発言を聖女が投げた。
「姫様ってば、ヤキモチを焼いちゃったのね」
「「ヤ……?」」
ヤキモチ、と言われた私がそろっとオスキャルの方を向くと、何故かオスキャルもそろっとこちへ顔を向ける。一瞬戸惑いのまま沈黙した私たちだが、ふたりともそのまま真顔になった。
「違うわよ。私たちはヤキモチを焼くような間柄じゃないわ」
(だって私は、いつか必ず王族として政略的な結婚をするのだもの)
そしてそれは当然オスキャルも理解しているのだろう、彼もその場で何も言わない。
どうやら私たちが慌てふためくと思っていたのだろう。私たちの反応を見て、聖女が少しつまらなさそうな顔をした。
〝恋愛感情〟を前提にしなければ、ヤキモチと言う聖女の言葉もあながち間違いではないだろう。
オスキャルに対し独占欲を持っていると、そう自覚したのは隣国へ行きイェッタと対峙した時だ。だが、それだけ。彼の主人は私だし、私の専属護衛騎士なのだ。特別な感情を持ってもおかしくはないはずだから。
(だから、この胸にくすぶる気持ちは過ちではないもの)
「ふぅん。姫様は子供なのだと思ったけれど、案外大人だったのね」
「どういう意味?」
「その答えは……そうね。全て解決した時に教えてあげる」
「はぁ?」
「知りたいでしょ? 貴女が目を瞑っているその姿を、私にはどう見えているのか」
「え? 別に」
わざとらしくもったいぶった言い方をする聖女に思わず怪訝な顔をしてしまうが、からかうつもりだというのが彼女の表情から伝わってくるので私はついムスッと唇を尖らせた。
この話に乗ってもきっと損なだけだろう。
(教えられる程度の自己分析、私だってできるもの)
人には教えられないような、自分では気づかない悪癖なんかに気付いた、とかであれば興味が出たかもしれないが、提示されたのはただの彼女の一評価。
それは自分を客観的に見れば出る程度の答えだろう。確かにどこかもったいぶった話口調で興味をそそられはしたが、それだけだ。
ここで相手の口車には乗れば、聖女の思う壺。ならば乗らない、とそう思った私に聖女がニヤリと笑みを深める。その笑みにゾクリと嫌な予感がした。