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第七十三話 手紙を読んで

(私の声、震えてなかったかしら)


 例え震えていたとしても、彼女の気持ちが彼に届いていればいいなとそう思いながら、私は静かにその部屋から出る。

 扉の外にはオスキャルと聖女が待っていてくれていた。


「オスキャル、体の調子は?」

「俺は問題ありません。それよりエヴァ様こそ……ッ」

「私も問題ないのよね。もしかしてあの薬、少量でも効果があるのかしら」

 ちらりと聖女の方へ視線を向けると高速で顔を左右に振っている。

 どうやら彼女にもわからないらしい。


 暫くすると部屋からエルフが出てくる。

 さっきまであんなに泣いていたとは思えないほど平然とした表情で現れた彼だが、充血した目が泣いたことを証明していた。

 そのことを見て見ぬふりをした私は、改めてエルフとまっすぐに向き合う。


「もう一度言うわ。貴方が望む罰を、このリンディ国第三王女、エーヴァファリン・リンディが受けましょう。だからお願い、未来の罪なき命を守るための力を貸して」

「……具体的には?」

「いつかはわからないけれど、必ず流行り病は我が国も襲うでしょう。だからその時のために薬を作って欲しい。毒草を自生させるわけにはいかないから──そうね、王城離れの裏庭か、どこかに専用のスペースを用意してそこで育てるわ」

 三か月後、という決まった日の災厄はきっともう来ないだろう。それでも徐々にこの病が国をいつか襲うことが目に見えていた。


「ここだ」

「?」

「この家の裏庭で育てる。ここまで深く誰かが入ってくるとは思えないが、私の魔力で防御壁を張り迷い込んだものが触らないように注意しよう」

「えぇ。それでいいわ」

 彼の提案に私が頷くと少し驚いたように目が見開かれる。


「いいのか?」

「頼んでいるのはこちら側よ。条件を飲むのは当然のこと。でもエルフの力を疑っているわけではないけれど、一応防御壁は定期的に確認させてもらうけど」

「わかった」

 素直にそう約束して貰えたことに安堵した。ホッと胸をなでおろしていると、少し怪訝そうな視線が向けられる。


「私は構わないが、お前の一存で決めていいのか?」

「私も王族だから──って言いたいところだけど、これ」

 そう言いながら私が一枚の紙を取り出す。その用紙には、この土地の権限を一次的に私が代行するということが書かれていた。


「ちゃんと事前に許可は貰ってきていたのよ。断られることも想定していたから」

「まさか昨日準備って言ってたのって!」

「そ。お兄様とお父様に許可を貰う時間が必要だったの」

 驚きの声をあげる聖女にそう答えると、何故か呆れたような顔を向けられる。心外だ。


「それで、罰はどうする?」

「エヴァ様!」

「約束したのは私よ。だから黙っていて、オスキャル」

「罰、か。ならばお前の力で私の罪を帳消しにしてもらおう」

「……あら。そんなことでいいの? というかそもそも貴方に罪を問うつもりなんてなかったけど」

 王族を謀り、偽物の聖女を仕立てて潜り込ませたのだ。国家への反逆行為といっても過言ではないが、結果を見れば彼は国のために今後働くことになる。

 病原菌の入った瓶が割れたことで私が感染したことも、王族へ危害を加えたと受け取られれば大逆罪になるが、逆にその瓶が割れたことで彼が〝病原菌を作った〟という証拠がなくなったのだ。


 病の研究で管理していたものを誤って落とし、うっかり感染してしまった私を治療したと言えばそれで済む。


「それでいい」

「そう。わかったわ」

 だが彼がそう言うのならば、と私はそのまま彼の提案を受け入れた。

 その様子にオスキャルがホッとした表情をする。


「お墓、手配しましょうか」

 余計なお世話かと思ったが、そう提案する。見た限り彼女の墓などはなさそうだったからなのだが、けれど私の提案はあっさりと断られた。『彼女は自由な人だから』ということらしい。


(そういう関係も素敵ね)


 こうして、この偽聖女事件と兄の結婚話は終幕を迎えたのだった。


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