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第16話 お風呂

「あぁ!?」

 重たく潰れる音が響きわたった。

「お前なにやってんだよ! 貴重なジャンクを落とすなっての」

「あぁいやっ今、なんか声がしたんだって!」

「声だって? どこから――」

 俺は猛ダッシュでジャンクの山から離れた。

 宿に向かってひたすら走り、勢いよく扉を開ければ、カウンターで寛ぐ店員と目が合う。

「おかえりなさーい、そんな慌ててどうしたの?」

 頬杖をついてる。

「ど、ども、なんでもないです」

 手にあるスマホに視線を動かし、

「そう? ここら辺ジャンク売り多いから、気を付けなよ。その古いスマホも一部のパーツは貴重品だからね」

 親切に教えてくれた。

「は、はい」

 2階角部屋に戻り、心が休まるニオイに、ふぅ、と息が漏れた。

 そして、俺はスマホを強めに握って画面を睨んだ。

「なんであんな大声だしたんだよ。黙ってろって言ったのにいちいち喋って。お前のことを訊かれる身にもなれって」

『あの自動販売機は企業処理が義務化されているものです。あの方々は違法な行為をしているんですから注意しないと』

「ジャンク売りにも色々あんの」

『ですが、罰せられる前に普通に働いた方が』

 そんなことができたら俺もとっくに働いている。俺は深く息を吐き出して、肩をすくめた。

「あのな、それが無理だからジャンク売りやってんだよ。お前は分からないだろうけど……仕事するのにも、生まれた地位とか、優れた能力がある奴らじゃなきゃできないんだ」

『……』

「学校すらまともに行かせてもらえない。子供にジャンク売りさせて、金をたかる親だっている。クソみたいな生活で、夢も希望もない。それがこの国だ」

 あんな地獄のような生活から抜け出したくて、必死に金を貯めた。

『ノアさんも、ジャンク売りだったんですか?』

「ニュータウンにいた時は、そうだった。今は、落ち着ける場所を探してる」

『私たちの依頼はノアさんにとって希望ということですね』

「そうだよ、だからお互いのために大人しくしててくれ」

『とはいえ、犯罪は犯罪です』

 本当にヒトなのか、こいつらは。

「はぁ……」

「お客さーん」

 突然部屋の扉をノックする音と、店員の声が聞こえてきた。

「は、はい!」

 返事をすると扉が開く。

「お風呂沸かせてあるんだけど、9時まで入浴できるからねぇ」

「お風呂、あるんですか?」

「泊まるところなんだからあるよ。ずっと野宿してたの? そりゃ汗臭いわけだ」

「うっ?!」

 思わず袖の周りを嗅いでしまう。体拭くぐらいだから……風呂なんか、入ったことないな。

 ニュータウンでも上層区から流れ来た水か、時々降ってくる雨で浴びるぐらいだった。

「あはは、ごめんごめん。1階の奥にお風呂あるからね」

 店員は悪気ない笑顔で、戻っていく。

 汗臭い、そりゃなんとなく自覚はしてるけど、直接言われるのは結構ショックだ。

「風呂、入ろう……」

『お風呂見てみたいです』

「いやいや防水じゃないし、無理。留守番してろ」

 また不満を言われる前にスマホをリュックの奥にしまいこんだ。

 1階に下りると、店員はカウンターで暇そうにタブレット端末を眺めている。

 案内標識を頼りに、奥のお風呂場へ。

 脱衣場には、服を入れるカゴと、何故か骨董品中の骨董品である体重計が置いてある。分厚い台の伸びた先にある丸い盤には、目盛りと、差す針があった。

 床は濡れてもすぐに吸収して乾くマットが敷かれている。

 服を脱ぎながらついつい周りを観察してしまう。

 鏡と洗面台もあるけど、何に使うんだ? よく見れば俺の体ほっそ……栄養が足りてない、骨が少し浮いて見えるぐらい。こんな身体でよく旅してるよ。バイクがこけたら起こせるか不安になる。

 大小のタオルがカゴに重ねて置いてあり、ご自由に使ってください、と張り紙。

 お言葉に甘えてタオルを借りよう。

 カラカラ、と乾いた音を響かせながら、俺は気持ちぎこちなく体を硬直させて半透明の扉をスライドさせた。 

 湯気が充満していて、脱衣場へ抜けていく。

 皮膚に絡みつく湿度からほんのり温かさが伝わってくる。

 小さな四角い木製の湯舟にお湯が並々入っていて、2人がちょうど収まるぐらいの広さ。

 シャワーと座れる小さいイスみたいなのもある。シャンプーとボディソープ……まぁなんとなく分かるな。

『もー入ったぁ?』

 反響する声が、俺以外の女性の声が勢いよく開いた扉と共に聞こえ、俺は全身に焦りを覚えた。

「わぁ!! な、ぁあにがうぃぅえっ!?」

 急いでタオルで腰回りを隠し、半そで短パンの店員に舌が回らない。

「サービスで背中流そうかと思って、なんでそんな焦ってるの?」

「い、い、いらないです! 結構です!」

「えー久し振りのお客さんだからさぁ、私も暇だし、サービス満点だって口コミしといてほしいし」

 呑気に笑ってる……。

「大丈夫です!」

「まぁまぁ、ほらほらそこに座った座った」

 肩をグイっと押し込まれ、小さなイスに無理やり座らされる。

 なんだこの状況、あれだ、サービスとか言って高い金を取られるとかそういう。

「あ、ぁあああの! 俺、か、かね!」

「大丈夫だっての、サービスだから追加料金ないない。シャワーかけるよ」

 勢いよく温かいシャワーがかかり、頭や体が濡れる。

「お客さんどっから来たの?」

 シャンプーをつけた両手で頭をゴシゴシ洗われる。

 店員の質問に、緊張でビクッとなる。

「にゅ……ニュータウンから」

「えっ! ニュータウン? なんで、もったいない!」

「まぁ、いろいろと、あって」

 またシャワーをかけられる。

 洗剤を流した後はタオルで髪を拭いてもらう……なんだこれ。

「色々ねぇ。うちのおじいちゃんもニュータウン出身だったんだぁ。なんか全国、他にも海外も旅して結局ここで宿を開いた感じ」

「へ、へぇー」

 ボディソープをつけたタオルで背中を擦られる。

 でも、海外か……行ってみたいよな。船にバイクを乗せて旅するなんて、いいよなぁ。

「うちの親はこんなボロ宿儲かるわけないってニュータウンに行っちゃってさ、それっきり」

「え、と、君は」

「私? 私はおじいちゃん子だったしね。おじいちゃんはいつもニュータウンに行ったって夢も希望もない、とかぼやいてた」

 その通り。彼女のおじいちゃんは正しいこと言ってる。

「あれ、そういえばお客さんスマホとか貴重品はどうしてんの?」

「え、部屋に置いてあるけど」

「ここら辺物騒だよー、結構平気で入ってくる奴いるから気を付けな、一応防水のパックあるし」

 最初に言ってくれ。

「あの、外でセキュリティ張ってるのに、なんで物騒なの?」

「外部にはね、でも結局中に入っちゃえば、何でもあり。市長は外敵ばかりに気を取られてるからさ、内側にまで気が回ってないんだよ」

 そう言われると、なんか不安になってきた。風呂は別に浸からなくてもいいか。

「ど、ども、あとは洗うんで」

「えぇー前洗ってないけど」

「いいい、いいぃです! じ、じじ、自分で洗えるから!!」

 しばらく店員との押し問答が続き、やっとのことで追い出すことができた……――。

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