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第17話 恋人

 温泉に浸かってないのに熱くて仕方がない。急いで着替えて、2階角部屋に戻る。扉の取っ手を掴むと、

「俺だよ、しーちゃん! なんで俺が分かんねぇんだ!」

 必死な声かけが廊下まで筒抜け。

 あれ、なんで部屋に、誰かがいるんだ。

 降りかかる焦燥感に駆られ、角部屋の扉を引き剥がすような勢いで開ける。

 畳は、散らされたリュックの中身ばかり。充電コードやグローブ、食料品からガス缶まで。

 少し細身で短い金髪に作業着の男がいた。

 男の手には中古スマホが……。

「あーッ!!」

 思わず人差し指を男に突き立ててしまう。

『ノアさん! 泥棒です!』

 見れば分かる。スマホから聞こえる怒ったような女性の声。

 男は俺と目が合うと、険しい剣幕で迫ってきた。

「お、お前ぇぇ、しーちゃんに何をしやがった?!」

「は、はぁ? 泥棒が何言ってんだよ、なんの話か知らないけど、それ、俺のスマホだから返してくれ」

 取っ組み合いの喧嘩なんて生まれて一度も経験したことがない。高値で売れるジャンク品の奪い合いはたくさん見てきたけど、俺は蚊帳の外だった。

「しーちゃんをこんなガラクタの中に閉じ込めたんだろ! しらを切るな!!」

「サービスセンターにいるパソコンの彼女と、そのスマホにいる子は別の個体だから、違う」

 正確には同一人物だろう。ややこしくなるから、簡単に説明する。

『そうです。私はしーちゃんですが、パソコン端末にいるしーちゃんではありません!』

 珍しく話を合わせてくれる。多分、いきなり知らない奴が入ってきて、色々言われたせいで怒りの感情みたいなのが優先的に動いたのかも。

「う、ウソをつくな」

「ウソじゃない。それなら今すぐサービスセンターに行って確かめに行ったらいい」

「……」

 作業着の男はゆっくり後退り、険しい顔つきが落ち着いていく。

 はぁ……良かった。殴られたらマジでどうしようかと。スマホが俺の手に戻る。

「パソコンの彼女と、どういう関係? てか、なんでここに」

「屋台でメシ食ってたらしーちゃんの声が聞こえて、見たらアンタがいて、さっきの廃棄所でも。追いかけたら、ここに。俺と彼女は、画面越しだけど心が繋がっている……いわゆる恋人なんだよ」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。

「馬鹿にすんなよ! お前なんかに分かるか!!」

『私もよく分かりません』

「ぐ、同じ声で……言われると、辛い」

「いや、別に馬鹿にしてない。ごめん、ちょっと驚いただけだよ」

 対物性愛はまだまだ珍しい。機械いじりが好きとか、そんなのとは一線を画す感情だろう。

「しーちゃんは、心の拠りどころなんだ。ジャンク売りで身も心も摩耗して疲れ果てた俺を見かねて声をかけてくれた。まさかパソコンから、温かい言葉がくるなんて思いもしなかった……俺の話を全部聞いてくれて、交流していくうちに……」

 凄い自分から話すな。じゃあ、なんだ、パソコン端末にいる彼女は、人間でいう恋愛感情なのか。

 彼女の言葉を思い出す。

「明後日、何かあるの?」

「え、あぁ、明後日には町を出る。別の町の工場でメンテナンスの仕事をな。しーちゃんから聞いたのか?」

「そ、そう。俺のスマホが喋ってたら反応して、その流れで」

『私達は分』

 スマホを軽く叩いた。

 余計なことを言うな。言ったらややこしくなるだろ。そう念じながら何度か叩く。

「とにかく、悪い。俺の早とちりで、しーちゃんって不思議な存在だよな。お前のしーちゃん、大事にしてやれよ。できればあのパソコンごと持っていきたいけどよ……SCは相手してくれねぇ。バレて破壊されたら意味がねぇし」

 俺からサービスセンターに頼んだら喜んで貰えそうな感じだけど、それじゃ俺達が困る。でもなぁ、好きなんだろうな。パソコンの彼女は、この人のことを伏せていた。

「……」

「悪い、邪魔したな――」

 作業着の男は悲しそうな顔で、部屋から出て行った――



 飛び散ったリュックの中身を片付けていると、

『どうして本当のことを言わないんですか? きっとわかってくれますよ』

 まだまだ欠けた記憶と感情のまま訊いてくる。

「言ったらなんとしてでも、止めてくるぞ。そうなったら分裂集めができなくなる」

『そうなのでしょうか? 理由を言えば』

「その理由が、俺もお前も全部知らないだろ? ドクターFも全てを言ってくれなかった。曖昧な情報だけじゃ難しい……好きなら尚更」

『好き、という感情がそうさせる、ということですか?』

「多分……」

 恋愛なんてしたことないから、想像でしかない。

『うーん分かりません。不快なものでぐるぐるします』

「2日後には分かるだろ」

『うーん』

 さて、明日はどうするか……。

 観光できるようなスポットはなさそうだったし、もっと別のゲートに行ってみるか……――。

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