草木も眠る丑三つ時。
昼間とは打って変わって静まり返った広い校舎の中を、小さな
「お、おい……あまりくっつくなって」
「べ、べべべ別にくっついてなんかいないべ?」
「いやいや、声裏返ってるし。言葉もおかしくなってるから」
「………………」
ここは、私立
通常、夜の学園への立ち入りは禁止されている。
そんな夜の学園に何故、一般生徒がいるのか?
「……ってか、誰だよ肝試ししようなんて言ったヤツ」
「ホント、それな。マジ許さん」
そう。それはこの生徒たちの仲間内で行われた、肝試しのためであった。
「なぁ……なんかさっきから寒くない?」
「まぁ、いうて春先だしな」
「それにしても寒すぎるって……」
まるで彼らの心細さを体現するかのように小さな灯りに、三つの影がゆらりと揺れる。
「……怖いなら手、繋いであげようか?」
そう言って、そっと手を差し出す。
「な、なんだよ急に優しくして……気色悪いぞ」
口ではそう言いつつも、心細かった生徒は差し出された手を握る。
「……? お前の手、スゲー冷たいな。冷え性か?」
「はぁ? 何言ってんだよ。俺はずっとカイロ握ってるから、あったけーっての」
「えっ、でも……」
生徒がふと、違和感を覚えた時だった――――!
「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
教室側の窓から、逆さまの状態でぶら下がる人間が現れた!
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
「でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!」
「あっははははははっ! ドッキリだいせーこー♪」
ぶら下がって現れた人物は、生徒たちの反応に満足そうに笑う。ひとしきり笑った人物は、引っ掛けていた足を離して生徒たちの目の前に立った。
「ありゃ? 驚きのあまり腰抜かしたか?」
生徒たちの前に現れた人物は「ほら、手ぇ貸してやるよ♪」と、生徒たちの腕を引いてひょいっと立たせる。
「ったく、こんなとこまで一般生徒入れるなんて……さては
目の前の人物が、ぶつくさと何かを言っている。それを遮ったのは、生徒たちの方だった。
「えっと、
「三年生の……」
「おっ? お前ら、俺のこと知ってんの? 俺も有名になったなぁ♪」
目の前の人物……猫山千里は、照れくさそうに首の後ろをかく。
「噂はかねがね……」
「変人とかって……」
「あー、そっちね☆」
猫山千里なる人物は、生徒たちの失礼な言葉を特に気にすることなく「あははっ!」と笑い飛ばす。
「それでぇ? お前らはなんでこんな
「えっ、えっとそれは……」
「肝試しのためで……」
その言葉を聞いた千里は、生徒たちに軽くデコピンをする。
「あたっ!」
「いてっ!」
「こらー、夜の学園は立ち入り禁止だぞ☆」
「いや、それは先輩も一緒……」
「だから俺は『部活動中』だってば♪」
そう言って再度、デコピンを食らわせる。
「あたっ!」
「いてっ!」
「後輩たちよ、先輩の言うことは素直に聞くもんだぜー? じゃないと……」
先程まで明るく爽やかだった、千里の笑顔が一瞬で消える。
「
千里のかかと落としが、生徒の握られていた手をめがけて叩き落とされる。
いや――――正確には、
千里は直ぐに体勢を整えると、思いっきり
「せ、せせせ、先輩っ!?」
「いきなり何を……!?」
「自分の手、見てみな♪」
「えっ……?」
生徒の一人が、先程まで握っていた手を見る。
その手は氷のように冷たく、握られていた手の形に合わせて赤黒い
「う、うわあああぁぁぁぁぁああっ!?」
「お、おい!? その手、大丈夫か!?」
「安心しろって♪ すーぐに優しい先生が治してくれるからさ♪」
『手……手、繋ィ、デ……ァゲ……アゲ、ル……』
生徒のフリをした何かが、顔を上げる。
本来は眼球があるべき場所が、深く
その姿を、一言で例えるなら《化け物》。
そして生徒たちを一色に染めあげた、感情の名は『恐怖』。
「お前ら、まだ生きて帰りたいだろ? だったらこの廊下を真っ直ぐ走って階段を降りると、イケメンと美少女が居るから。その二人を呼んだら、すぐに宿直室に行け。サボり魔の教師か、優しい先生が居るはずだから保護してもらえ!」
「は、はい……っ!」
「分かりました……!」
生徒たちは千里が指示した通り、廊下を走り出す。
生徒たちが階段を降りたのを確認すると、千里は《化け物》に向き直る。
『ィデ……手……手、繋、イデ……アゲ……ル……』
「握手会はもうちょっと待ってな。すぐにイケメンが来るからさ♪」
『手ヲ、繋ィデ……ァゲル!!』
《化け物》が、千里に向かって腕を伸ばす。
千里へと腕が届く瞬間――――!!
――――キィーン……!
金属音が廊下に鳴り響く。
腕が千里に届く一歩手前、突然現れた人物によって受け止められた。
「先輩っ! 大丈夫ですか!?」
「うんうん♪
千里は自身の無事を、指ハートを作ってアピールする。
「なんかスゲームカつくけど、無事なら良かったです!」
「んじゃ、ちゃちゃっと片付けようか♪」
▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁
「それじゃあ、説明してもらおうか」
宿直室に呼ばれた生徒は、正座をしながら仁王立ちした少女に見下ろされていた。
「すみません、
「ほう? 私のことを知ってるのか?」
「噂はかねがね……」
「奇人として……」
来栖桔梗と呼ばれる少女は、最後の言葉にピクリと眉を動かす。それに気づいた生徒はすぐに土下座の体勢をとる。
「仲間内で肝試しをすることになったんです……!」
「それで先行して俺たち二人がやることになって……!」
「ウチの学園は夜間は立ち入り禁止というの知っていたか?」
「い、一応……」
「説明程度には……」
「つまり知ってて、ノコノコとやって来たと?」
「「スミマセン……」」
桔梗は虫けらでも見るかのような冷ややかな視線のまま、軽くため息をつく。
「どこぞのサボり魔教師のせいとはいえ、今日は運が良かったな。
「
「お前たちには関係のないことだ」
「「はい……」」
生徒たちがションボリするころ、宿直室のドアがガラッと音を立てて開かれた。
「その辺にしてやれ、桔梗。見るからにこの間、入ったばかりの一年生だろ? この時期はよくあることじゃないか」
「
「えっと、俺のこと知ってるの?」
「噂はかねがね……」
「常識人として……」
「あ、あぁ……なるほど、な……」
宇辻優心と呼ばれる青年は、戸惑い気味にだが納得したように頷いた。
「それじゃあ、俺たちの部活も知ってるよな?」
「一応……」
「変な名前の部活動として」
「うん……間違ってない……間違ってない、かな……」
猫山千里、来栖桔梗、宇辻優心。
この三人には様々な共通点がある。
その一つが部活動である。
「じゃあ話が早いな♪ この時間は俺たち『イカれた奴等の集まる部』、通称『イカ部』の活動時間だぜ♪」
そう言って千里はしゃがみこむと、生徒の一人の手を掴む。
「うんうん、ちゃんと治してもらったみたいだな。良かったなお前ら♪」
「あ、あの……さっきの《化け物》は……?」
「そ、それに、先輩たちは一体……」
質問をしようと口を開いた生徒たちを、千里が人差し指を立てて制止する。
「ここからは部内秘密だ。知りたいなら我が『イカ部』に入部してもらう必要がある……最低入部条件は――――」
『普通の人間厳禁!』
『イカれた奴以外は立ち入り禁止!』
『ヘタレもいらん!』
『口が軽い奴もいらん!』
『冷やかしは帰りやがれ!!』
千里はそう言って、上記の淡々と最低入部条件を口にする。
「でもお前らは学園のルールを破った時点で、入部する資格はない。よって守秘義務のため、お前らの記憶を消させてもらう」
「き、記憶を!?」
「消す……っ!?」
「もちろん♪ 拒否権はないぞ☆」
怯える生徒に、優心が安心させるように生徒たちと視線を合わせる。
「大丈夫、怖い思いをしたことを忘れるだけだ。だから安心してくれ」
「それじゃあ♪ さっきのことは全部忘れて、今度こそ下校時間だぜ♪」
その後、宿直室から小さな悲鳴が上がった。が、その声に同情するものも、この日起きた出来事を口外したものは、誰一人としていなかった。