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――遡れば、ちょうど一年前のこの時期――
改めて、俺の名前は
明るめの亜麻色のストレートな髪に、母と同じ蒼い瞳を持って生まれた。
家は父方の祖父が剣術道場を営んでいるため、俺自身も幼少の頃から剣道に打ち込んでいた。
俺には二つ年の離れた弟が一人おり、やや病弱ながらも今は発作もだいぶ安定している。
母は幼少の頃に他界したと聞いており、父は放浪癖がある上に連絡一つよこさない。最後に会ったのは俺が低学年の頃で、今はどこで何をしてるのか……はたまた存命してるのかすら不明だ。
だから俺は今、祖父と弟とともに三人で慎ましく生活している。
そして俺には、幼なじみの少女がいる。それが
肩まである癖の強い黒髪と、少しだけキツめの印象を与える大きな瞳が特徴な
桔梗の実家は金持ちであり、その上で入試は主席で合格するほどの頭脳の持ち主。
……と、一見、非の打ち所がないように見える。だが実際は、人付き合いが苦手なんてものを通り越し、もはや他人とは全く関わろうとしない。困った幼なじみだ。
この時俺たちは、部活動について話をしていた。
この学園は校則で『必ず部活動に入らねばならない』と決まっている。俺は幼少期から続けていたこと、また実家が剣術の道場ということで剣道部などのスポーツ系の部活動に入ろうかと考えていた。
……思えばあの時、俺は部活動について相談する相手を完全に間違えていたのかもしれない。
桔梗は普段、あまり表情を変えない。そんな桔梗がこの日は、やたらと笑顔だったのだ。
当時の俺は深い意味など考えずに「珍しいこともあるものだ」と思いながら、桔梗に言われるがままうしろをついて行った。
そしてたどり着いたのが、今はほとんど使われていない旧校舎の前だった。
「き、桔梗さん……ここは一体……?」
俺の疑問や質問などはすべて笑顔でスルーされ、気づけば二階にある科学準備室まで連れていかれた。
「それじゃあ優心、『部活動』について話し合おうか」
そう言って桔梗は勢いよくドアを開ける。
開かれたドアの先には、一人の少年がソファーで寝そべっていた。
「お、来たな」
俺たちに気づいた少年は、そう言って立ち上がる。
春だと言っても、まだまだ肌寒い季節。なのに目の前の少年は長袖のシャツを半袖並にまくり上げ、第一ボタンを外して緩めた赤いネクタイを身につけ、腰には黒いセーターを巻いている。
癖のある柔らかな黒髪に、猫のような目元と瞳の美少年。外見やこのどこかラフで自由な感じが、どことなく黒猫をイメージさせた。
少年は俺たち二人に近づくと、笑顔で手を差し出す。
「入学おめでと〜。桔梗、優心♪」
「え、なんで俺の名前……」
「細かいことはいいからさ、二人とも早く中に入ってよ♪」
困惑しながら桔梗を見れば、なんとも可愛らしい笑顔で俺の背を押す。
前方の爽やかな笑顔、後方の可愛い笑顔。
「あ、あぁ……」
……これが悪魔たちの笑みとは知らず、断りきれなかった俺はノコノコと悪魔たちの巣へと入ったのだった。
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「じゃあ、改めて自己紹介。俺の名前は
そう言って猫山先輩は、眩しいくらいの爽やかな笑顔で挨拶する。気のせいだろうか? ︎︎先程から猫山先輩が、チラチラと俺を見ているのは。その瞳はどこか、期待に満ちており――。
「猫山先輩、さっきから視線が五月蝿すぎる。優心が困っているだろう」
俺の心を読んだかのように、桔梗が指摘する。それもそうなのだが……なぜ今日に限って桔梗も桔梗で、満面の笑みで俺の右腕に腕を回して抱きついているのだろうか。顔のいい二人に挟まれて、俺はどうすればいいのか困惑してしまう。
「あぁ〜、やっぱり分かんない感じ? じゃあじゃあ、スペシャルヒント〜! ︎︎俺の旧姓は『来栖千里』だよ!」
「『来栖千里』……? 『来栖千里』って、どこかで……」
ふと俺は、幼なじみである桔梗と、目の前にいる先輩を見比べる。
――――黒い癖のある髪……。
――――どことなく似ている、二人の目元……。
――――そして、旧姓が同じ『来栖』……。
「……あっ!」
長い沈黙の末に、俺はとある人物を思い出す。
「千里……! あぁ! 桔梗の兄貴の、来栖千里か!!」
「ピンポーン、ピンポーン! ︎︎だーいせーいかーい♪」
猫山先輩……もとい、『旧姓:来栖千里』は、桔梗の実の兄である。桔梗の家は少し複雑な家庭環境である。そしてある日突然、実母の家に引っ越すと人伝に聞いて以来、来栖千里とはまったく会っていなかったのだ。
そんな、目の前にいる来栖千里……いや、今は猫山先輩は俺が思い出したことに対して、それはそれは嬉しそうに喜んでいる。実際、俺だって懐かしい人物に再会できて嬉しかった。
「そうか、あれからもう十年も経つのか……!」
「えへへ〜、久しぶりぃ〜♪ ︎︎優心♪」
久々の旧友との再会に、俺は少し……いや、かなり浮かれていたのだろう。
「それでぇ〜、優心に頼みがあるんだ〜♪」
「頼み……? ︎︎俺に出来ることなら」
「そうそう、優心にしか頼めないこと♡」
俺はこの時、何も聞かずにハッキリと断るべきだった。
「『部活動』について……ね♪」
このあと起こる悲劇な未来を、俺は全く想像していなかったのだから。