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第10話

 キッチンの傍らにあるスタッフ用の食堂で、恰幅のいい初老のコック・エアトンが、にこにこと満面の笑みを張り付かせて自分が食事をする様子を観察していた。


――いつもこうなのですか? 少々落ち着かないというか……


 と、隣の席のマリーに小声で尋ねると「業務を放り出し、お嬢様とデートなさったペナルティですわ。少々落ち着かないくらい、大した罰ではない筈ですけど」と何食わぬ様子で応えた。

 さほど好き嫌いが激しいわけではないが、この日はラウルが究極に苦手とするパイナップル入りの酢豚が、数ある料理と並び、目の前の大皿に取り分けてあったのだ。


――よ、よりによって……しかも、パイナップルの含有率が異様に高い。豚肉なんて、その三分の一だろう。


 ピーマンと豚肉、タマネギよりも存在感のある――大きめに刻んである、イチョウの葉を立体的にしたような形状の果実の姿を目の当たりにし、ラウルの額から汗が滴り落ちた。


「ああ、このパイナップルはカシュー島から取り寄せた、特産品でしてね。なかなか手に入らないほどの高級品なんです。新しくいらしたラウルさんにぜひ、食べていただきたいと。多めによそわせていただきました」


――……謀ったな……?


 そう言えば執事となる契約を結ぶときにマリーに何気なく苦手な食べ物はあるかと問われた気がするが、単なる雑談のつもりでいたが……まさかこういう使い方をされてしまうとは。


――こんなことになるんだったら、正直に答えるんじゃなかったな。


「あの……私はもう、満腹で」


 饅頭を二団、アヒルの丸焼きを数切れ、卵スープは平らげた。

 まだ物足りないといえば物足りないが、苦手なものを無理に食すことはないだろう。

 が……


――な、なんだ……このプレッシャーは……⁉


 目の前で微動だにしない、初老のコック。

 笑顔なのに、こめかみに青筋が立っている。

 ゴゴゴゴゴ……という効果音でも聞こえてきそうな迫力だ。


「そうおっしゃらず……自信作ですので、どうぞ」

「……あ、しかし……」


 ちらりとマリーの方を一瞥すると、食事をしながら「丹精込めて食事を作っていただいたのに、その方の前で残すなんてマナー違反ですわ。敬意を表し、すべていただくのが礼儀というものでしょう」と、彼女に冷たく言い放たれた。


 実に正論で、ぐうの音も出ない。


――万事休す、か……。


 覚悟を決めたラウルは、すべての神経を足元に集中し、できるだけ味覚や嗅覚を殺すように努め、ぱくりと口に入れた。


――うっ……


 主菜の塩味に加え、フルーツ独特のさわやかな甘い酸味が口の中に広がっていく――


――だ、ダメだ。腕がよかろうが食材が高級だろうが、この組み合わせは最悪……


 丸飲みしようにも喉を通らず、結局長いこと咀嚼しながら地獄を味わうこととなった。


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