――思った以上に揺れるな……。
荷室の奥の方でラウルは身を顰めるよう、大きな木箱に寄り掛かっていた。
少々海が荒れているのだろうか。
確かに、そんな大きな客船というほどではなかったが、こうもダイレクトに揺れを感じるほど、心許ない船だとは思っていなかった。
窓がなく、差し込む光がない。
暗闇の中に居ると、より感覚が研ぎ澄まされるため、揺れも実際より大きく感じるのかも知れなかった。
がちゃ、と音がして扉が開く――空気の流れを感じた。
――マズいな……。
足音が聞こえるため、誰かが入ってきたことを悟り、息をひそめた。
見つかったら、アマナ島で身柄を拘束されてしまうだろう。
そうなってしまっては、バンプフ島に辿り着くことは困難を極める。
身柄を拘束され――逃亡するところからのスタートと考えると、期限内にアポイタイトを持ち帰ることが出来る可能性は低くなってしまう。
「――オレだよ。起きてるか?」
聞き覚えのある声に安堵したラウルは「……ええ」と短く返事をした。
「よかった。たたき起こさなきゃなんなくなったら、厄介だな~って」
男――ラウルをここへ案内してくれた船員は、近づいてくるとそう言った。
「あの、どうしたんですか?」
もしかしたら、誰かに自分がここに隠れていることを察知されてしまったのではないだろうか……。
冷や汗をかくラウルとは対照的に、船乗りの調子は明るい。
「そろそろ、バンプフ島の近くだろ。行くぞ」
「え? もう……」
「まあ、少し早いかも知れねえが。いまが脱出のチャンスなんだよ。ちょうど、オレに交代したばっかだから、甲板の後方はガラ空きなんだ」
手招きすると彼は慌てた様子で荷室の出入り口へと移動した。
ラウルも忍び足で急ぎつつ、船員に従った。
夜のとばりに包まれた海上は、風が強かった。
甲板に出たとき、吹き飛ばされそうな気がして思わず身構えた。
――こっちだ、こっち……
甲板の船尾のほうに移動した船員に手招きされ、ラウルは風にあおられながらそちらへ向かう。
「ちょっとな、まだバンプフ島まではかなり距離がある状況だが、いまを逃したら降りるタイミングを失っちまう。だから、こいつを使え」
ボートデッキにあった大人二人乗れるくらいの大きさの簡易小型ボートを指し、船員が言った。
「いいんですか?」
「いいもなにも、泳いでいくなんて無謀なこと言うなよ? 漂流どころか、こんな寒空の下じゃ、凍え死ぬかもな」
「ちなみに、バンプフ島の方向はどちらになるんですか?」
言われて船員は双眼鏡を覗きつつ、微妙に身体の向きを変えた。
肉眼では到底見えないものも、器具を使えば確認は可能な程度近づいているらしい。
「――いや、もう少し東寄りになるか……北北東ってとこだ。ってことで、誰か来ないうちに、早く!」
そう言って、ラウルに乗るよう促すと、船員が綱のついた小型ボートを海にゆっくりと下ろした。
そっと着水させたつもりだったようだが、微かに水しぶきが立ち――思わず船員は周囲を警戒するような仕草をした。
が、誰かが現れる様子もなく、一応は杞憂に終わった。
甲板からライトを照らしながらこちらを覗き込む船員が、縄とボートをつなぐフックを外すように、仕草で指示を出した。
大声を出すわけにはいかないので、ジェスチャーのみで表現している。
「……こいつか」
船員の意図を読んだラウルは、交差している金具は簡単に外すことができた。
縄が船側に戻り、船との繋がりが絶たれたボートは、海上を進む船と距離が離れていった。
手を振る船員の姿もすぐに見えなくなっていた。
「さて……」
夜空の星から方角を探ると、およそ北北東を目指すよう、ボートに付属してあったオールを動かした。