「すぐには体調の異変に気付かなかったのだけど、あのときわたし、肺炎を起こしかけてたのよ。ハードスケジュールだったとはいえ……それまで病気ひとつしなかったのに、驚いたわ」
「それで……その『絵』は?」
額を押さえながら、ラウルが訊いた。
『ターゲット』を示す『絵』に関しては、何度目の質問なのかも分からない。
「わたしが意識を取り戻したときには消えていた。三日間の眠りから醒めたわたしは真っ先に絵のことを尋ねたのだけど、マネージャーもその行先を知らないと言っていたわ」
「そう……ですか」
「だから、思いが募ることになったの。あの場は……病み上がりで調子が出なかったから、そこで引き下がったわ。でもね、わたしには家族はいない。だから、思う存分追い求めても構わないんだって思い直したの」
「その『絵』を……ですか?」
少しばかり意識が
ロジエは苦笑した。
「違うわよ。もちろん『絵』の所在も気になったのだけど、わたしにとって、なにより大事なのは、それを描いたあの人だったから」
――また、遠ざかったな……。
結論に至るまでいったいいつまで掛かるのかと時計を見遣ると、話を聞きはじめてから二時間が経過していた。
「でもね、よく考えてみれば――あの絵が価値を持ち、飾られるまでになったってことは、あの人が画家として成功していることを示していると思ったの。だったら、捜して会わない手はないって」
――結局、地位や名誉に踊らされているだけか……。
純愛話を語っているのかと思いきや、しっかり相手のステータスに左右されている彼女の様子に呆れ、ラウルはそっと嘆息した。
その反応に気づかなかったロジエは、遠い目をする。
「でもね……いくら捜しても会うことは叶わなかった……」
◇◇◇
「――亡くなった? いつ?」
神妙な表情をした美術館の職員を前に、わたしは愕然とした。
「随分前のようですよ。彼のアトリエで倒れていたところを、近所の方に発見されて、病院に運ばれたそうですが……まもなく息を引き取ったと」
あの絵に再会してからわずか10日で、わたしは現実を知ることとなった。
「信じ……られない……」
彼はシャルルから渡された手切れ金を持って、あの街から家出同然で都会へ飛び出した。
画家に弟子入りしたり地道に活動したりして、数年の下積み期間を経た頃、とある資産家の目に留まったというのだ。
そこから先はその資産家や知人の紹介で仕事を得て、風景画や静物画などの絵を描き、順調に知名度を上げていった。
晩年、彼の絵には驚くほどの高値が付いたそうだ。
「生きているうちに評価された、という点では非常に幸運でしたね。いくら才能があっても生前はパッとせず、亡くなってから世に認められるというパターンの先人が多いというのに。人に恵まれたということもあるのかもしれませんが」
「人に……」
「気のいい人物でしたからね。多くの人に慕われていました」
「やっぱりそうよね。だから、わたしも惹かれた……」
「人たらしの才能もあったのでしょう」
その一言が余計だと感じたけれど、確かにそうなのかもしれない。
彼なりのやり方で、上り詰めていったのだと……。
「数十年前に出会った女神に導かれた、とも語っていたようです。それが行動を起こすきっかけになったと」
女神? それって……
言うまでもないわ、わたしのことね。
わたしが彼の成功の足掛かりを作ったということで、間違いないんだわ。
やはり、『あの絵』はわたしの手元に置くべきだと、強く思った。
「あの、一時期ホールに飾られていた『絵』の在処を知りたいのだけど……」
「それは――どういった……?」
「いま話題に上がった女神の肖像画よ」
◇◇◇