サンサンと降り注ぐ太陽の光を受け、コバルトブルーの水面が一面を輝かせていた。
真っ白の砂浜とのコントラストも見事だ。
「これが……プライベートビーチ?」
個人が所有するにはあまりに広大な場所に案内されたことで、ナディアが驚嘆した。
プライベートビーチの仕切りである両サイドの建物の距離がかなり遠い。
海岸の長さは三キロくらいあるのではないだろうか。
「すごいですね……さすが、ピカン・シティのドンですね」
「そうねー。これだけ広いとゆっくり泳げそう」
海の色に似た色合いの、シックなサマードレスを纏ったナディアが周囲を見回した。
遠浅で澄んだ水の美しい海だ。
あまりに綺麗すぎるところが、人工的と思えなくもないが……。
「やはり、泳がれるわけですか……」
「当然でしょ? なんのために水着を買ったと思ってるのよ」
ナディアが肩をすくめた。
ラウルがおそるおそる、背後に立つマリーに視線を遣った。
ラウルの執事ルックと同様に、メイド服からエプロンを省いたような暑っ苦しい扮装である。
ナディアから「お付きの者はラウルだけで充分よ」と言われたにもかかわらず、強引にくっついてきていた。
「淑女が人前で肌を
そのうえ、ずっとぶつくさと独り言をつぶやいている。
悪目立ちしそうで怖い。
「しかし、集まってきている方々は泳がれるつもりのようですよ」
プライベートビーチに誘われた人物のほとんどが水着を着用している。
「おお、ナディア嬢、来てくれたのネ~。嬉しいネ。ダメ元でお誘いしたんだけどネ」
と、現れたのはハワイアンなシャツを身に着け、金のネックレスをしているハン会長だった。
彼女の参加は強制だったということを、ラウルは知っている。
「お招きいただき、光栄ですわ。素敵なビーチですね」
恭しく礼をすると、ナディアは微笑んだ。
「手は掛かってるからネ。綺麗なのは当然ネ。パーティーとはいっても、自由に遊んでもらっていいネ。食事のときだけ集まるような、フランクな会にしたいからネ。そうネ、うちのせがれを紹介するネ。バロン」
ハン会長が手招きすると、甘いマスクの長身の青年が姿を現した。
「―――!」
ハン会長の三男坊、バロン・ハン――
四男のアガルトには以前、『盗み』に入ったことで姿を拝んだことがあったが、三男のバロンという男も似た風貌をしている。
が、彼の身長は高く、顔立ちも整っている。
言葉は悪いが見た目だけなら、アガルトの上位互換というふうに見えてしまう。
それでどこか引っ掛かってしまう自分がいやだと、ラウルは思った。
「どうも、バロンといいます」
長身の鍛えられた身体にシャツを引っかけ、下は水着という……完全に泳ぐつもりの格好だった。
「はじめまして、ナディア・ピオーネ・ルオと申します。お招きいただき、感謝いたします」
「お美しいお嬢さんとお近づきになれて、光栄ですよ。早速ですが、ビーチを案内しましょう」
「え……お願い致しますわ」
一瞬躊躇うも、手を取られたナディアはラウルに一瞥くれると、バロンに従って歩いていった。
「あ……」
「ちょっと、何をぼーっとなさってるのです⁉ 行かれてしまいましたわよ?」
「張り付いているべきでしょうか……私が?」
確かに気にはなるが、バロンの意図も分かるために、気の利かない従者だと悪印象を持たれないかという懸念があった。
「当然でしょう! お嬢様のお付きはあなたですのよ」
言ってから、マリーは声を落とした。
「し、しかし――」
――正直、お嬢様がハン会長のご子息と親しくすることは、旦那様がよく思われないかと……。
――え? そうなんですか?
このあたりを牛耳っている長の息子となれば、それほど悪い相手ではない気がするが……。
――こういってはなんですが、スマイル・ハン・カンパニーだってあまりまっとうな会社とは言えないわけです。お嬢様がこちらへ生活拠点を移されるとき、旦那様はその辺りも懸念されていらっしゃいました。
――はあ……。
とはいえ、ジオットの情報によると、ルオ家だって一代で財を成したような叩き上げの富豪である。
――名家というわけでもないようなんだが……。
なんぞと言えるはずもないが、ナディアの父親がバロンをよく思わないであろうという憶測のおかげで心に余裕が出来たラウルは表情を緩めた。
「でしたら、マリーさんが付いててさしあげるのが――」
「ボクが参りましょう!」
「⁉」
聞き覚えのある声に振り替えると、ラッシュガードとバミューダタイプの水着を着たアフロヘアの男が立っていた。
「リー刑事? なぜ……?」
「まあ、これでボクもピカン・シティ界隈にはコネがあるからねぇ。ハン会長のぱーりぃーにお招きいただいたんだよ」
「コネ?」
「ちょっと、映画業界に知り合いがいてね」
髪をかき上げるような仕草で、アフロヘアがふわりと揺れた。
「ああ……」
――つまり、映画撮影の件を黙認する代わりに、令嬢に絡むイベントに参加するコネを取り付けたということか……。
春節の折り、無許可で映画撮影をしていた連中とそんな交渉をしたのだろう。
警察ならではの強みがあるのかもしれない。
「っと、こうしている場合じゃない。ボクはナディアさんをお守りするためにここに来たんだ。責任をもって、悪い虫――いや、危険からナディアさんの身を守りますっ!」
敬礼をすると、くるりと身体の向きを変え「ナディアさーん」と叫びながら走って行った。
砂浜らしく、もうもうと砂煙を上げながら。
「もう少しあの方を見習っていただきたいとは思いますが……」
マリーに軽く睨まれ、ラウルは苦笑した。
「しかし、ハンのご子息ですが――いくらナディアさまのお相手の候補には挙げられないとはいえ、我々が悪印象を持たれるのはいいことじゃないでしょう? それに、ナディアさまがバロンさまをお気に召さないとも限りません」
「……お嬢様があの方を? 一ミリもそう思ってらっしゃらないのは伝わってきますわ。でも、万が一ということもありますわよねえ。わたくし、どう責任を取ればよろしいのです?」
どうもなにか『煽っている』ような意図を感じ、ラウルは「リー刑事が付いていますし、私がでしゃばることもないでしょう」と応えた。
「ここまで言われて、行動を起こす気はないと?」
「……行って参ります」
マリーの迫力に気圧され、ラウルはナディアたちの元へと走った。