思わぬ桃色の会話ですっかりと本来の目的を忘れてしまっていたが、大きな作業台の上に一枚の紙。
「えぇ、すごぉい。キラキラの紙だぁ!」
畳一枚分はあろうかという大きさ。その紙の表面がキラキラと輝いている。まるで真珠の粉でもまぶしたかのような美しさ。
「こんな紙初めて見た……。」
光の加減で艶めくその紙はちょっとだけ表面がざらざらしていた。
「だよねぇ~かくいう私も紙漉は長くやってるけど初めてだよ。」
紙を前にして奇麗だかわいいとはしゃぐ天結と麗の様子を腕組しながら器用に肩をすくめるのは椿である。
「え?いつもこうじゃないの?」
「いつもこうならこの紙ちょっとした特産品になってると思うよ。」
「そんなに?」
「うん。ほら、私が自分で漉いた紙は普通だもの。オニゴロシを混ぜたから他の紙に比べて乳白色が抜けてはいるけど、天結が漉いたものみたいには輝いたり艶はでてない。」
そう言って真珠のような光沢をもつ紙の角に手を当てて曲げないように気遣いながらそっと一枚、二枚めくって比べられるように上の紙を横に滑らせた。
指摘されれば一番下の紙は乳白色でところどころ紙に使った植物の繊維と思われるものが糸くずのようにくっついている。
その横は抜きんでた白さが際立っていて、色身の白さだけなら天結が漉いた紙よりも一段も二段も白い。
「比べると違いがはっきりするねぇ。」
「驚きの白さ……恐るべしオニゴロシ。」
「オニゴロシが発動して紙が白くなるって紙の中には黄色い鬼でもいるのぉ?」
「んなわけないでしょ。」
「え~でもさぁ?オニゴロシが紙の中の鬼殺したから他の紙より白いんじゃないのぉ?」
「は?」
「え?」
まさかの夢見る発言に天結と椿は目が点になってしまう。言われてつい紙漉用の水槽を見つめる。
白濁した繊維の水溶液に混ざって黄色いミクロな鬼がふよふよ浮かんでいる中に白いラッパ型の花が頭になった生き物が「わぁ~」と、複数で鬼を取り囲んで滅多打ちのフルボッコにしては次の鬼を取り囲む。なんならその生き物に恐怖した鬼が裸足で逃げ出して追いかけられるところまで想像できた。
「もう変なこと言わないでよ。想像しちゃったじゃん。」
「それはそれで面白い。」
「でしょでしょぉ?考えるだけなら自由だもんねぇ!」
「もう、天結のせないでよ~。麗すぐ調子乗るんだから!」
「えぇ~私調子に乗ってることなんかないよぉ~。」
「無自覚なのが怖いっての。」
「え~ひどいぃ。」
「まぁ、麗のお花畑はいつものこととして。」
「なによぉお花畑ってぇ~。」
真ん中にある白い紙と艶めく紙とでは艶の分なのかそちらが少し灰身かかっているのが比べるとわかる。
「この製造の違いがはっきりしないと次にまた同じものが欲しいってなったときに再現不可能では困るだろうし、この紙が何か特別な効果がないかの検証も必要だと思うけど。天結はどう思う?」
「まぁ、使うのは私だけだからそのあたりはぼちぼち検証していけばいいかなって思うけど実験するにしても同じ紙がいくつかないと結果検証する段階にまで行きつかないかもしれないよね。」
「それな~。」
「そうなんだぁ。でもさぁ?それって悪い事じゃないんでしょ?」
『それはまぁ確かに。』
「なら、それは嬉しいハプニングだよねぇ~。」
さすがは超前向き思考の麗である。ちょっとこれどうしたもんか的な空気を「嬉しいハプニング」でかっさらった上にあんまりにもあっけらかんと朗らかにいうものだから、なんかわからんけどまぁいいか。って気になるのだから不思議なものである。
「私は仲間が増えただけで嬉しいからその辺はいいんだけどさぁ?でも二人はまたできないと困るんだよねぇ?単純に作った時の状況とか材料の違いってないのぉ?」
「あの時は確か……先に椿が手本を一回見せてくれて、そのあと材料少なくて失敗できないからって私が練習やって意外と手馴れてるからいけるかもっていって……。」
「紙漉舟に材料投入して漉いたよね。」
「あ。」
『なになに?』
椿が話したのを聞いて天結が何かを思い出したように上を見るものだから残りの二人が何ごとかと天結を見る。
「練習終わって本番やるぞってなったときに椿が厠に立ったでしょ?」
「そう……だった気もする。」
「あの時に自分の髪の毛何本か入れた。」
「をい!なにやっとんじゃい。」
「たぶんそれくらいしか思い浮かばないかな~。そういえば水槽のに浸かってる水は殺魔の温泉?」
「そうよ。この街じゃ珍しくないしコストかからないからね。」
「私の能力って温泉との親和性が強いからそのあたりがちょっと関わってるかもしれないかな。とは思ったりした。」
「温泉との親和性か……。」
「っていうか、天結ちゃんも髪の毛使うんだねぇ。私と椿ちゃんも使うんだよぉ。」
「そうなの?」
「まぁ、髪の毛なんて神通力の貯蔵庫だもんねぇ。」
「もしかして二人の能力発動も髪の毛が触媒になってる?
「たしかに私の折り紙や連絡蝶には自分の髪の毛漉きこんでるなぁ。」
何か考えるように椿がいう。
「二人もっていうことは天結ちゃんも髪の毛があの動く絵の触媒になってるのぉ?」
「うん。私の絵で動くやつは全部そうなんだけど、紙にも絵の具にも髪の毛が入ってる。逆に言うと髪の毛入ってない物は神通力をどんなに通しても何も起きない。」
「ってか逆にそれだけで誰でも能力の恩恵にあずかれるのも凄いよね。」
「まぁ、確かに。」
「違ったらあれなんだけど、もしかして触媒に使った髪の毛って溶けてなくなっちゃうのも同じなの?」
「ああ、確かにそうだね。わたしは紙漉の植物を溶かしてる水槽そのものに混ぜてるんだけど、髪の毛が紙に残っていたことも水槽に浮いていたこともない……かも?」
「そぉ~言われると確かに私も薬に混ぜた時に残っているのって見たことないなぁ?あれ?何でだろう?髪の毛洗ってるときは溶けたりしないもんねぇ?」
「髪の毛洗って解けるってなによ。怖すぎるから。そんなの獣人として終わってる。巫女とか以前に生き物としてやばいやつじゃん!」
「え?巫女ってスライムなのぉ?」
「やぁめぇてぇ~!私は獣人!私は獣人!!」
「そんなに必死にならなくてもぉ~。」
「だぁれ~のせいだと思ってるんじゃい。」
「えぇ~私じゃないよぉ。スライムな髪の毛な椿ちゃんだよぉ。」
「私の性じゃないしスライで無でもないから。」
麗の両肩をつかんだ椿はがっくんがっくんと揺らしている。
「紙が溶ける理屈?はひとまず置いとくとして薬師なのに異物混入とか大丈夫なのそれ?」
「あ~天結ちゃんひどい!異物混入じゃないよぉ切り離したらそれはもう一つの素材だもん!椿ちゃ~ん、天結ちゃんがいじめるぅ~!」
「え、あ、いや私も異物混入はちょっと……。」
「ひどぉぉぉぉぉ~い!!」
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ほぼ初対面であるにも関わらず、椿と麗と共に過ごす時間が心地いい。ポンポンとテンポよく進む会話も聞いていても愉快だし、その輪に加われるととても楽しい。
こんなこと人生で初めてだな。と胸の中があたたかな気持ちになってなんとなくその場所を抑えてみる。喧嘩とは違う二人の言いあう姿を見ていた。
「ひどぉぉぉぉぉ~い!!」
「や、でも一人でやってるときは髪の毛を素材の一つ。ぐらいの認識でやってたけど、こうして同じ立場で話して、相手のやってる光景思い浮かべるとやばいよね?」
「私たちはまだ物だけど、麗に至っては【薬に髪の毛混入】とかもう字面がひどすぎる。」
「衝撃の言葉すぎる。」
「二人だってやってるくせにぃぃぃぃ!」
ポカポカとこぶしを握った手で麗が椿を叩くが、椿は特に痛がるそぶりもなく笑う。
「確かに髪の毛入れた方が肉球クリームも爪の保湿クリームだって毛皮の乾燥防止艶だし剤だって効果が高くて評判いいけどぉ、さすがに私も衛生的なこととか考慮したら飲み薬にまでは入れてないんだからねぇ。命にかかわるのもいがいぃ。」
「吉葛の巫女が作る肉球クリーム!?」
「乾燥防止艶だし剤!?」
「そんなに言うなら二人はいらないよねぇ。ちらっ。」
『いる!いります麗さま!くださいぃぃぃぃ!』
桃色の可愛い洋服に合わせるように斜めに下げられた麗のポシェット。手を入れてごそごそと何かを取り出して鞄から出すでもなくちらちらと出したり入れたりを繰り返してニマニマしていた。
「ところで飲み薬は命に関わる物だけってなんで?」
「そもそも神去りしてから300年たって物語りみたいな聖女様の治癒能力とかないじゃない?頼れるのは基本薬しかないんだけど、師匠からの秘伝の薬で蘇生薬に近い極秘のやつがあるんだけど。」
「待って。この子ナチュラルに極秘を漏らそうとしてるわよ。」
「それ聞いちゃって大丈夫なやつ!?」
「作り方を言ってるわけじゃないから路大丈夫じゃないかなぁ?まぁ、いいやぁ続けるねぇ。」
「続けるんかい。」
「その薬あるんだけど蘇生は当たり前に無理でぇ。」
「なんちゃって蘇生か。」
「それなら聞いても大丈夫そう。」
「でもそのレシピに私の髪の毛入れたら死んだ人はやっぱり生き返らないけど、虫の息は何とかなるっていうのができちゃったからぁ。いざって時のために持ってるぅ。」
「まぁ、いざって時の構えは大事だけどね。」
「それって虫の息の人だけ?病気とかケガには関係なく?寿命延命とかは?」
「ん~。たぶん寿命延命は無理っぽい。一番効くのはケガでぇ、たぶん寿命がどれくらい残っているかとかも関係するのかなぁ?わかんないけどぉ。」
「あ、すでにいろいろ試したの?」
「私じゃなくて師匠がねぇ。作るのはいいけどお前は治験はするなって釘刺されてたからぁ。」
『そうなんだぁ~。』
何とも言えない二人が返事をし、話題を変えるように椿が口を開く。
「とりあえず紙は切る?」
「うん。お願いします。大きさはこれくらいで。」
そう言いながら紙の上でこれくらいの大きさと身振り手振りでいうと、椿は溝がある台に紙を持って移動し、その動きを残された二人は視線で追いかける。
「二人ともあたかも他人事のように私のこと言ってるけど私からしたら二人の者もたいがいだからねぇ。髪の毛は言ってる物の時点で呪いの人形とか呪物といい勝負なんだからっ!」
『うぐっ!』
それはまさに巨大ブーメラン。
「や、でも私たちのは誰も呪ってなんかいないからね!」
「自己満足で無害だから呪いではない。」
「そんなこと言っても行程は同じことですぅ。」
しばらく三人見つめ合い互いの動きを伺う。呪物とは言いえて妙で工程や使う者はある意味同じだと気づき何とも言えない表情になる。
「これはあれだ。」
「知らなかったことにしようぅ?」
「私たちは何も知らない。」
「何も見ていない。聞いてない。そしてそれにはもう言及すまい。」
「そうだよね!誰にも迷惑かけないもん!」