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第36話初めてのお友達

 結局三人はこの呪いのような祝福を互いの胸の内に納めることでなかったことにすることにした。


 「そうだよね!誰にも迷惑かけないもん!」


 そこまで言って麗がはっとしたように声を張る。


 「そういえば来月の討伐戦なんだけどぉ、凪ちゃん島の神事に呼ばれてるから帰ってくるの間に合わないって連絡来たんだけどぉ、椿ちゃんどうしようかぁ?」


 「討伐戦?」


 聞きなれない言葉にきょとんとして天結が聞き返すと動きを止めて今度は椿と麗がじっと見つめてくる。


 「な、なに?」


 「天結ちゃん巫女さんなんだよねぇ?」


 「うん。」


 「ってことは魔物と戦えるぅ?」


 「ってか巫女なんだから対魔物最終兵器じゃないの?」


 「ということは戦えるんだよねぇ?」


 「魔物相手なら。まぁ。」


 「人員確保ぉぉ~!」


 言葉と同時に麗が天結にガバリとしがみついた。


 「なに!?だからなに!?」


 「麗~ちゃんと説明しないと助けてもらえるものも助けてもらえないよ~。」


 「はぁ~い。」


 だだっこが母親に叱られたような声を出しながら麗はぶら下がったままに天結を見上げる。


 「来月に春分の日があるでしょぉ?」


 「あ~もうそんな季節なんだ。」


 「そうなのぉ。それでねぇ。その日に殺魔では毎年魔物の反乱がおこるの。」


 「魔物の反乱……もしかして魔窟があるの?」


 「ん~魔窟っていうかどういう原理か知らないけどその日はどこからかやってきた魔物が大量発生するの。」


 「それって秋分の日も?」


 「ご名答ぅ~。」


 「それで?」


 「その時にぃ巫女は魔物退治をしなきゃいけなくてぇ。」


 「つまり私にその魔物退治に参加しろってこと?」


 「まぁ。そんな感じぃ。」


 「手伝うのはいいけどそれって【表】に出なきゃいけないやつじゃないの?」


 「そうだねぇ~その日って不思議なことに山の上から波のように押し寄せてくるからか他の魔物一切出てこないんだよぉ。街に被害が出ないように騎士団総動員ってこともあって山の麓から中腹は逆に安全みたいなところもあって、戦えない人とかが普段は入れないとこで採取とかするんだよ。」


 「それで?」


 「ただの手伝いでも人目につくのは仕方ないんじゃないかなぁ?」


 「う。」


 「それに巫女としてやることあるからこっち来たんなら、隠れるとか無理じゃない?これを機に表に出る覚悟しちゃいなよぉ。」


 「そんなちょっとそこまでお使いにって感じで言われても。」


 だが言われていること自体はあながち間違いではない。巫女としての使命を果たすには今後動くために知られてしまう方が簡単なのだろうか?と天結は考える。


 「ちなみに殺魔って巫女の存在隠してないの?」


 『……隠してないねぇ~』


 「そうなの?」


 「神事とかもあるし。」


 「難しいんじゃない?隠すの。もちろんなんでこんなに血をつないでいるかってことまで知ってるのは氏族の上の人たちくらいのものだけど。」


 「それにぃ。私たち三巫女は役目を背負っているけどぉ、役目もなくて力の弱い巫女ならテルクニの近くの神殿にゴロゴロいるしぃ。他の町にもそういう巫女はいるから特別に何かとかはないよぉ。むしろ街で普通の人に紛れているほうが長いからぁ。巫女だってこと忘れられてそう。」


 「あ~わかるわかる。それこそ毎日のお勤め~みたいなのは神殿の巫女さん任せだし。」


 「私たちがするのってぇ、年二回の魔物退治と神事と使命が迫られた時だけじゃないかなぁ。」


 「ちょっと待って。魔物退治だけじゃなくて何か他にすることがあるの?」


 「あ~。関所あるじゃない?」


 「あるね。」


 「あそこの裏山はシロヤマっていうんだけどそのてっぺんに前文明の遺跡があって、その中にひっそりと神殿があるんだけど、春分と秋分の日だけ開かれて儀式をするとそれに参加した人は強くなるって言われてるんだよ。」


 「ほう。」


 「魔物から身を守るためにもこの儀式は必要なんだよね。」


 「なるほど?」


 「そんなわけだから天結ちゃん助けてぇ。」


 「ようは二人の手伝いして魔物倒すんだよね。儀式はやったことないから手伝えないからね。」


 「それだけで十分だよぉ~ありがとぉぉぉ!」


 いつの間にか紙の断裁が終わったのか先ほどより大分小さくなった紙の束を椿から渡される。


 「無理いってごめんね。でも魔物の数が年々増えててさんにんでもそろそろキツイねって去年話してたんだよ。」


 「そんなに数多くて強いの?」


 「そうだね。」


 「じゃぁ、使う武器は慎重にしっかり用意した方がいいか……。」


 「天結ちゃんは武器って名に使うの?」


 「イチイの木でできた木刀……を描いた絵。二人は?」


 「私は榊だねぇ。」


 「私は金剛石。」


 「そこは自前じゃないんだ?」


 『そりゃぁねぇ。』


 「自作したものはあくまで日常用だからね。」


 「そうなんだ。」


 「自然物の方が親和性がいいんだよぉ。」


 「それは知らなかった。」


 話してみないとわからないことはたくさんあるんだな。と天結は内心独り言ちているとまた何かを思い出したのかごそごそとポシェットを漁って一本のブラシを取り出すとおもむろに髪を梳かし始めた。


 ひとしきり頭のてっぺんから髪の先っぽまで梳かすとブラシを手近な台に乗せる。


 「椿ちゃぁ~ん。油紙一枚もらうねぇ。」


 「はいはい。」


 いうが早いか勝手知ったる他人の工房。麗はすでに工房の全容を把握しているようでどこに何をしまっているのかわかるらしい。


 いそいそと壁際の一角に行って包まれた紙束の中からすぅーっと器用に一枚の油紙を……。


 「あ、二枚取れたぁ!ごめん!もう戻せないぃ! 」


 「一枚も二枚も変わんないからあげるわよ。」


 若干呆れたようにいう椿だがその表情は楽しそうだ。


 「ありがとうぅ。」


 そういうと、とことこ戻ってきてブラシの横に油紙をげてブラシについた髪の毛を落としはめ、ブラシから髪の毛を全部落とすとポシェットに戻し、髪の毛は手寧に集めて油紙で包み込んだ。


 「はい。これ天結ちゃんにあげるぅ。ちょっと絵面が悪くて申し訳ないんだけどぉ。天結ちゃんなら知ってると思うけどぉ私の神通力は植物ととても相性がいいからもし絵の具とか使ってるもので植物が原料なら役に立つと思うぅ。討伐戦の準備に使ってぇ。」


 そこまで言われて受け取れない人がいるだろうか。


 これまでの麗の態度からそれは本当に彼女からの親切であり、今包みを差し出して眉を下げている姿に急な討伐への誘いとそれに伴う困難を心配しているのがわかる。


「ありがとう。大事に使わせてもらうね。」


 これまでの人生でこんなにも誰かと親しくなったことがあったろうか。気兼ねなく自分のことを話して遠慮相手の話も聞くことができて語らうことができる。


 おまけにただ同じ運命を背負っているという共通点だけでこんなにも寄り添ってくれようとする。今まで親にも祖父母にだってされたことはなかったことだ。


 今日1日たったこれだけの出来事でもう天結にとってここは守りたい大切な場所に変わってしまったのである。


 3人によればかしましいとはよく言ったもので……。


 娘達の話は尽きることなく。巫女としての話だけではなく近所の誰それと某が今度結婚するだとか、どこ地域の誰々がやっている甘味の店が絶品だとか。どこ通りにあるあの雑貨屋は可愛いものがあって毎月何日に新作が出て人気だとか。他愛もなくも歳相応の会話は尽きることはなかった。


 気がつけばもう陽が傾こうとしている。


 「すっかり話混んじゃったぁ!椿ちゃんこれ薬包紙のお礼に爪のひび割れ乾燥防止クリームと髪用の保湿剤と全身の洗浄剤ね。この洗浄剤は椿ちゃんの好きな香料使ってるから気に入ってもらえると思う。」


 「本当早速使わせてもらうね!それからこれは追加の連絡蝶。こっちの包は天結にもあげるね。これに要件を描いて半分におって神通力を通したら勝手に私のところに飛んでくるから。」


 2人離れたものなのか貸借長を交わすこともなくその場でさっさと交換していまうと、今度は天結にむかって包を一つ差し出す。


 「え、でも私は交換するようなもの持ってきてないし。」


 「気にしないで。親しい人にはみんな渡してるの出かけたりぢてる時にすれ違うのも面倒じゃない?」


 親しい人……。そうお言われて仲良くなりたいのが自分だけではないということが嬉しくて、思わずはにかんでしまう天結である。


 「じゃぁ、私はこっちを天結ちゃんにあげるね!肉球クリームと全身の洗浄剤と髪の毛につける油。いま手持ちにあるのは桃の香りなんだけど天結ちゃん平気?」


 「むしろ好き〜いいのもらちゃって?」


 「うん。いきなり討伐戦の無茶振りしたのに引き受けてもらっちゃったからぁ。その礼。もし気に入ってくれてまた欲しい時は何かと交換してくれたら嬉しいぃ!」


 「じゃぁ、次は麗に喜んでもらえるものを用意できるように頑張るね。」


 「それじゃぁ椿ちゃん、また討伐戦が近くなったら連絡するねぇ。天結ちゃん帰ろう〜。」


 そう言って差し出された手に思わず手を重ねる。


 「椿、また連絡するね。」


 「はいはい。気を付けてね~。……転ぶなよ~。」


 幼かった遠いあの日。誰も迎えに来てくれることのなかった帰路。近所の子どもたちが仲良く手をつないで駆けていった後ろ姿が思い起こされた。


 あの日、憧れた姿を再現するように傾く夕日を背に少しづつ伸びでゆく影を追いかけるようにそこまでも走っていくのだった。




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