押し寄せる波はとどめることを知らずさすがに、そろそろ騎士はもちろん巫女にも疲弊の色が見えてきた。
いつもは元気な麗も口数が減っていることが心配になるものの、その手を手を止めることはできずこの膠着した状況をどうしたものかと考える。
これが殺魔の最大戦力と考えるなら、これ以上は厳しいのかもしれない。巫女たちに何か奥の手があるのかと様子を見てきたが、何度か出していた技のような神通力が巫女としての能力であるのなら、連発はそれそろきついだろうと思うし、ここまで疲弊してなお手を打たないのならば現状がベストという考えなのだろう。
守っている余裕がなく正直お偉いさん達に被害が行かないよう前線を守るので手一杯に見える。そこで副隊長である小犬丸から撤退を促す声が上がるも巫女たちは頷かない。
「もう全然減らないなぁ~。毎回こんなに多かったけぇ?」
「ん~。さすがに凪の欠席はきつかったかぁ?」
「天結ちゃんごめんねぇ。こんな面倒なのにまきこんじゃって。」
「もうちょっと余裕あると思ってたんだけどこれ頭まで戦線維持できるかな?」
一軍は魔物を倒しながらもじりじりと山を登っている。おそらく山頂にボスがいるのだろう。半ば弱音を吐きながらも2人は天結に詫びを入れる。やはり水の巫女である龍氏族の凪がいないのは戦力として厳しいらしい。
が!しかし。
実力を発揮していない天結にとって周囲の嘆きはたいした問題ではなかった。
最初で早く討伐を終わらせる事に問題がないかの確認をしたら何ら問題ないと言っていたのでここら辺で戦線を維持ではなく押し上げる方向に舵を切ろうと密かに決断する。
内心この初めてで居心地のいい環境に浸っていた。人生で初めて日々を楽しいと思えた。でもこの巫女としての力を使うことで畏怖され忌避されるのではないかという懸念が頭をよぎったが、このまま全滅するよりはマシだろうと考える。
まだ頭と呼ばれる 魔物親玉である最後の強敵も残っている。ここで持久戦をしているのは得策とは思えない。
「二人とも下がって。」
「え?」
「天結ちゃん?」
同時に振り返る二人の間後方で、天結は持っていた矛を地面に突き立てた。
「戦線を押し上げる。前にいるて巻き添え食らうとケガじゃすまないからから下がってもらえるとありがたい。騎士も引いて。」
巫女たちに危険だから下がるように声をかけ前に出る。
天結はいつものカバンから矛と鏡の絵を取り出し、いつものように神通力をを込めると光の柱が天から降り注ぐ。金色の衣をまとった鏡を聖なる光を纏った矛が貫き その柄まで一気に押し込む。
光がほのかに周囲を照らし天結の手には金印が乗っていた。その金印を新たに出した絵に押し込めるとバチバチと閃光が走った。
淡い花紺青が瞳から光を失いやがてそこに金色の光が宿る。
「あ……。」
「うそでしょぉ!?」
その動作に周囲は息をのむ。一体いくつの絵を顕現させているのか。けた外れの力に騎士とお偉方の一団はある意味恐怖を覚えた。
なぜなら天結がすでに5つ以上の絵を顕現し、それをどれ一つ消えることなく維持し続けているからである。それだけ力の強さと集中力があることを示している。とてもではないが自分たちにそれはできないと実力の差を見せつけられた瞬間であった。
しかし、現状を正面から見つめ正しく理解していた巫女二人の魂は打ち震えていた。
すると雲一つない晴れ渡った空に幾筋もの稲光が走り始める。急な雷鳴に自然と皆の視線をあげて目を見開く。
蒼き閃光が天を割いた。 瞬きの間に刻まれる、神々の筆跡に轟くは天の咆哮、
雷鳴は運命を告げる鼓動。世界は一瞬、白炎に包まれる。
それは天の怒りか、あるいは祝福か……。
ただ雷は語らず刹那の輝きを残し、一筋の落雷が天結を打ち抜いた。
あまりの出来事に誰一人として動くことも、声を発することもできなくなった獣人と魔物の静かな戦場にアルトの声が明瞭に響く。
「なんだぁ?久しぶりに呼ばれたと思ったらスタンピードやってんじゃん。」
それは確かに天結の姿形、声だというのに纏う空気がガラリと変わった。それは獣人の本能が訴えかける圧倒的強者の威圧。空気が張りつめ指先に走る緊張はしびれを伴っていた。確かに雷に打たれたのは天結であるはずなのに、その衝撃に何が起こっているのに理解することができない。
ひれ伏したくなるその存在にどうにか膝に力をれて、その存在が何であるかを確かめるように目を見開いた。
「天結……。」
「天結ちゃん……。」
巫女たちの呼びかけにまるで初めてそこに人がいると気づいたような天結はただにぃぃっと不敵に 笑った。
これまで彼女のそんな表情なんて一度も見たことがない。浅いながらも彼女と付き合いのある者たちはその不気味さに息み飲む事しかできない。魔物たちもそれが危険な者であると判断したのかじりじりと様子をうかがい囲むだけで距離を詰めるかどうかすらも考えあぐねている。……考える思考があればだが。
足元の矛を引き抜いた天結は片手で何かを確かめるようにブンブンと振る。すると首だけで麗の方を振り向いた。
「次は俺の十束を用意しておけと天結に伝えとけ。」
自分の口で自分に伝言を伝えるという異常な発言と粗雑な言葉に周囲は今彼女が彼女であってそうではないのだと確信せざる得なかった。
振り向かれた麗は腰を抜かさないようにするのが精一杯で返事もできずにいたが、そんな様子に気を悪くするどころかを歯牙にもかけることのない彼女に泣きたくなる。
「なんだ雑魚ばかりじゃないか。」
赤黒い毛を逆立てる魔狼、巨体を持つ岩の獣、そして空を舞う翼の魔物たち。
「……囲んだつもりか?」
少女は低く笑う。
次の瞬間。
バッ!!
雷が閃いた。
少女の姿が消えた。否、音よりも速く疾駆し、槍の刃が一閃する。
ズバァァッ!!
魔狼の一体が、その場で爆ぜるように四散し光に消えた。残る魔狼たちが反応する間もなく、少女の槍が再び唸る。
「遅いな。」
槍の柄を回転させ、地面を蹴る。矢のごとき速度で飛び込み、槍を突き出す。
バチィィンッ!!
雷撃が奔り、魔物の巨体を貫いた。
次の瞬間、空から影が襲いかかる。翼の魔物が鋭い爪を振り下ろした……が、
「……視えているぞ。」
槍を天に掲げ、少女が叫ぶ。
「——雷鳴穿(らいめいせん)!!」
ゴロゴロゴロ……ドォォォン!!
天が答えた。落雷が直撃し、魔物の翼が焼き尽くされる。断末魔を上げる間もなく、黒焦げとなったそれが地に落ちる間もなく。光の塵へと消えた。
雷光が閃くたびに、魔物が倒れていく。
残ったのは、巨体の岩獣。鈍重な腕を振り上げ、少女を叩き潰そうとする。だが——
「雷は、すべてを貫く。」
少女は槍を逆手に持ち、身を沈める。雷の魔力が槍に収束し、嵐のような光が放たれる。
「雷槍・轟穿(ごうせん)!!」
ズバァァァァン!!!
雷槍が閃き、次の瞬間、岩獣の胸に巨大な貫通孔が開いた。稲妻が内部を走り、爆発のように砕け散る。